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割れた床を跳び回る。爪に刃が振り下ろされるその度に、床は砕けて隆起して身体の一部が切り裂ける。傷を受け、手足が取れて身体に穴が開く度に魔法で治す。
武器は全て失った。金属杖は二つに折れて、ナイフは切れた四肢と共に転がっている。短剣は瓦礫の下へと消え失せて、片手剣は天井と床に刺さっていた。
タクトは腰を低く落とす。両手は軽く握ったまま魔族の竜と対峙する。武器の代わりの石の一つさえ拾う事も許されず、頭を下げて横払いを何とか避ける。外套が切れ宙に舞う。バランスを取るため無意識的に開いた腕を爪が裂き、翼がタクトを打ちつけた。
片腕、そして胴体の半分近くを失って壁に叩きつけられる。頭を強く打ちつけて、朦朧とする意識の中で、意図から離れた生存本能により彼女の身体は治癒されていく。
さすがのタクトにも限界が近づいていた。いつ終わるとも知れない戦いに身を晒し、武器も防具も失った。シャツとパンツは酷く破れて千切れ泥と血にだらけになっている。身体に傷はついてない。だが髪は、手や足も全て赤く染まって照り輝いた。
突風が彼女を壁に縛り付ける。風は彼女の胸を押し、呼吸さえも困難にする。指先の一つも動かせず。細く開けた視界の中で、竜はゆっくりとした足取りで彼女へ迫り額へと輝く刃を突きつけた。
結局、傷の一つさえつけられなかった。いくら竜は強いと言え、紫ランクが聞いて呆れる。でも、だけど。時間稼ぎにはなったかな。
竜は刃を少しだけ引く。必要最低限の勢いで、刃はタクトの頭を貫いた。
カンテラの灯がついに消え去ってから一秒、二秒、三秒と経つ。竜はタクトを眺めていたがやがて興味を失って、武器の先で割れた床に触れる。金属と岩の擦れる音がする。手にした武器を魔力に還し再び闇の中へ戻りかけた時だった。通路の奥から足音がする。鋭敏な耳で聞きとって、竜は再び武器を取る。暗がりの奥へと目を細めると、おもむろに盾を構えて強く足を突っ張った。
黒い炎が盾にぶつかり四方へ飛び散る。金属製の重たい盾は炎に当てられ融解していく。不意に炎は人型となり、炎の剣で盾を切り裂く。重たい音が二度響き、割れた盾が落下した。
ソードはタクトだったものへと近づいて魔法をかける。頭の深い傷は塞がって、心臓はまた動き出す。開いたままのタクトの瞼が瞬いて、やがてソードに顔を上げた。
「遅かったじゃん」
赤い剣を引き抜いて、タクトに背を向け外套を翻す。魔神と竜が組み合う中へと一直線に走り込み、実体化した魔神の背中を駆け上る。黒い巨人の頭を強く踏みつけ高く跳ぶ。空中で赤い剣を両手で持つと、竜の頭を一刀の下に切り伏せた。