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すれ違った人々は何も変わらず笑い合う。道中、彼らに何度も何度も話しかけられた。男も女も老人も、子どもにさえも、彼らは決まって同じ質問をする。その度にソードは大丈夫だと、繰り返し伝えて彼らを払う。払えど払えど彼らは次から次へと近寄って、嫌味な程にまた同じ問いを投げかける。
思わず幼い子どもを怒鳴りつける。気分はまさしく最悪だった。静まり返った通りの中で、ソードは外套のフードを被る。外套の内側から手で前を抑えながら、足早に通りを抜けた。
夜の闇が心地よい。静かでそれで人の目も無い。誰にも邪魔をされる事無く自分一人だけになれる。光の及ばぬ宵闇こそが唯一無二の癒しだった。通りを照らす篝火が火の粉を上げて霧の中に溶けていく。
「ちょっと待った。置いて行かないで」
メイスを無視してソードは進む。歩く速度を緩めずに、むしろを速めて闇の中に紛れようとする。小走りでソードを追ってメイスは彼女の隣に並ぶ。ソードは無言を貫いてひたすら前に足を運び続ける。
「どこへ行くつもり? せっかく助けてあげたのに、置いていくなんて言わないよね」
帝都の活気は既に後方に消え、篝火だけが街道を示す。背の低い植物達の花畑の中で、赤い剣を引き抜くとメイスに先を突きつけた。
「邪魔するならアンタだって」
「しません」
一音一音、間を開けて、ため息交じりにメイスは言った。
「びっくりしたよ。私がいると思ったら、アンタいきなり切りかかるんだもん。なにが、あったの?」
花畑に強い風が吹き、花弁を一気に舞い上げる。ソードはメイスから目を逸らす。やや間を置いた後に彼女は口を開いた。
「本物の私だった。正真正銘、本物の私がそこにいた。なくしたはずのレナームの笛を持っていたから間違いない」
「そういう事ね」
何もかもを切り裂きそうなソードの視線を真正面から受け止めて、その顔に少しだけの笑みを浮かべる。
「アンタは私の敵か、それとも味方か。どっち」
剣の先がメイスの喉に傷を付けた。浅く小さな傷だった。
「私に助けてもらっておいて、いまさらそんな事を聞く?」
メイスは剣を手で押しやってソードに一歩近づいた。顏に笑みを浮かべたまま彼女の肩に手を乗せる。
「大丈夫。私はアンタから生まれたから、アンタの気持ちはよくわかる。なにをしようと必ず味方でいるから、教えて。これからどうするつもり?」
赤い刃の剣を下ろす。花びらが舞い風がフードを引き下ろし、茶色の瞳に篝火の炎が映り込む。
「私はアイツを許せない。許したくもない。私の為に私を殺す。だから、その為に、まずは」
炎はやけに明るく赤く、飛び込む花弁を焼き尽くす。顔を上げてメイスの奥の帝都を見据えると、一言だけ明確な口調でハッキリ言った。
「旧都へ」