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レインは一度避けてから外套の首元を掴み地に叩きつける。衝撃が頭を揺らし視界に激しい閃光をもたらす。体勢を立て直すほどの隙も無い。レインは新たなミツキの首を捕まえて、種族故の重量を生かし押さえつける。
人工肌の下を流れる赤色をした冷却液が暖かみを帯びミツキの頬に垂れ落ちる。雨は静かに霧の中から降り注ぐ。激しさは無く穏やかに、点々とした水玉模様を描き上げる。春先に降る雨のような優しさでレインとミツキを、そして帝都を包んでいた。
「そんな魔法の使い方があっただなんて」
霧を裂いて両手剣がレインへ迫り、ソードが二人の前に立つ。ワザとやった極度に大きな振り味で、避けられるだけの隙を与える。払い退けた刃を返して追撃すると、長い刃の剣先をレインに向けた。
「姿も動きもミツキと一緒。アナタはミツキ？ それとも私の知らない誰か？」
「私だよ。レインさん、私だって」
レインは全く無防備で、構えるようなそぶりも無い。メイスがクロス達を助け起こすのも気づかずに、両手剣をゆっくり下す。雨の雫が剣に落ちて、刃を伝い剣先へと滑る。そして徐々に膨らんでいき、風も無いのに細かく揺れる。霧は一層濃くなって、ソードとレインだけとなった。
「戦い方を教わった。一緒に世界を見て回った。まさか忘れたなんて言わないよね」
「もちろん。全部覚えている。少しも忘れた事はない」
雫の揺れが止まり上下左右反転された世界が映る。清らかで澄んだ世界は白い霧に渦巻いて、光を捻じ曲げレインの姿を大きく伸ばす。
「だったら」
「でもそれはミツキとの記憶でアナタじゃない。本当のミツキは長く一緒にいたから分かる」
ソードの言葉を遮ってレインは言った。雫は大きく震え出す。
「アナタはミツキじゃないけれど、ミツキにとてもよく似てる。だからアナタを助けたい。アナタを死なせたくはない」
雨が更に刃に当たる。自らの重さに耐えきれず、ついに雫は剣から離れ落ちて行く。
「見逃してあげる。だから消えて。そして二度と姿を現さないで。それがお互いに幸せになれる唯一の道」
不定形で不安定に雫の世界は形を変えて、重力に導かれるまま加速していく。やがて石畳へと、ぶつかり弾けて飛び散り消える。
ソードは剣を握り締め、下ろした刃を持ち上げる。教わった通りに腰を低く落として、いつでも動けるように構え直す。霧は一層濃くなって二人の周囲を渦巻く。雨が剣に当たると今度は二つに分かれて落ちた。
渦巻く霧の上空から大きな何かの羽音が響く。特徴的な三連符、今でも耳に残っている。青白い光を帯びながら霧を乱して現れたのは、六枚羽の竜だった。
竜の割に遅い速度で渦の中を旋回する。四つの脚を折りたたみ、六つの羽を順に動かして、八つの瞳でソードを捉えると、レインの背後に降り立ち叫びをあげる。全身の鱗が開き辺りに電気を撒き散らす。さながら小さな雷で、細かな雷鳴さえももたらしていた。
あまりにも分が悪すぎる。もちろんレナームは着いていない。具現も時空も雷をも躱し、ミツキに刃を立てるなど今のソードにできる見込みは欠片も無かった。
剣を下ろし構えを解いて背に戻す。止むを得ないが引くしかない。
「レインさん、私は絶対に戻ってくる。何があろうと。絶対に」
ソードは静かに言い放ち、答えぬレインに背を向ける。外套を風にはためかせると白い霧の中へと消えた。
「私、間違えたかな？」
霧の中に残されたレインは竜を見上げて呟いた。放電の止まった竜は小さく鳴いて鼻を近づける。二度、三度、彼女は優しく片手で撫でてから、小さく一度手を叩く。軽やかな音が響くと共に霧が全て雨へと変わる。澄み切ったグラデーションの紺の空には、星の代わりに無人機の群れが赤い光を放っていた。
