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本のページを捲る音が響く。ソードだった物はもう、指先一つ動かない。
具現の勇者は暫く銃を向けていたが動かないと確信し銃を背後に投げ捨てる。銃はゆっくり回転しながら綺麗な放物線を描き、床に当たると共に消え去った。
「まだ外に二匹」
具現の勇者は窓から外の馬車を示す。そこには慌てて顔を引っ込める、二人のミツキの姿があった。
「待って、ここは私が行く。手を出さないで」
レインがミツキの手を離し彼女の肩に手を乗せる。ミツキはここで待っていてと静かに告げると、レインは扉に手を掛けた。
「ヤバい。見つかった。メイス逃げるよ」
一部始終を外から見ていたメイスとクロスはソードの分の荷物も含めてかき集める。持てる分だけ引っ掴み、馬車の影から飛び出していく。空に一気に雲が広がり、白い霧となり重くのしかかる。二人は通りに躍り出ると、真逆の方角へと走り始めた。
「ちょっとメイス、どこ行くの!」
中途半端にクロスボウを肩に下げ、振り向きながら声を荒げる。そんなクロスの言葉を無視して、メイスは目立つ通りの中を一目散に駆けだした。
「アンタは先に行って! あっちに弾が飛んでいくのが見えた!」
「なに馬鹿なこと言ってんの! もう!」
霧は瞬く間に濃くなって、細く冷たい雨が降り始める。クロスは咄嗟に反転すると、離れ行くクロスを追った。
ギルドから出て来たレインが二人を捉える。彼女は防具も武器も身に着けていない。着の身着のまま、普段着のままで剣さえ持っていなかった。一歩、一歩とレインが踏み出す。腕から赤い液を滴らせたまま霧を全身に纏っている。メイスは石造りの壁に取りつくと、銃痕に向けてナイフを引き抜き突き立てた。
「くっそ。思ったより深い!」
刃を何度も振り下ろす。その度石片が飛び散って、メイスの頬を傷つける。弾丸はあまりに深く、ねじ込む指さえ届かない。急かすクロスを怒鳴りつけてナイフを何度も叩きつけた。
「そんな物放っておいて早く逃げるよ!」
「そんな物じゃないでしょ! これには私の、ソードの血が付いている。私が私を助けないで誰が私を助けるの!」
叩きつけたナイフが折れる。メイスは新たにナイフを引き抜くとまた、刃の先を叩きつける。
「わかった。私が足止めしてくる。でも急いでよ? あの人相手に長くは持たないから」
クロスは荷物を下ろして、肩から斜めに下げた二つのクロスボウを確認する。それぞれに矢を据えて、外套の下で両手に構える。通りの向こうで立ち止まるレインに向き直ると、矢の先を彼女に向けた。