77
あの日あの時旧都の空でとっくに死んだと思っていた。それがなぜ今ここに生きていて、自分に代わって笑っているのか。砂漠で死にかける程苦労したのに、お構いなしにそこにいる。自分が居るはずの場所なのに、なんでお前が、ミツキがそこに立っているんだ!
赤い日差しが差し込む中を低い姿勢で走り込む。叫び声を上げながら剣を抜き、彼女目がけて切りかかる。ソードの動きに呼応してミツキは抜剣術で迎え撃つ。二つの刃の輝きが軌跡を残して互いに迫る。刃がぶつかるその直前に二人の間にレインが割って入り込んだ。
渾身の力を込めた一撃により激しい金属音が響き渡る。ソードの刃はレインの腕で防がれて、肌を切り裂き生暖かな赤い液が伝っていく。レインは片手で向こうのミツキの手を抑え、人形のような顔でソードを見据えていた。
水樽が落ちて壊れ溢れ出す。絨毯が水を吸うも吸いきれず、零れた水は三人の足元を湿らせていく。欠けた刃のヒビが広がる。
「どいてレインさん」
彼女は無言で首を横に振る。無表情のまま、人形のような顔立ちで眉の一つも動かさず、ソードの瞳をのぞき込む。レインの瞳は淡く澄んだ色をしていた。記憶に残る瞳の色と何も変わらない。にもかかわらず彼女はソードに立ちはだかっているのだ。
「お願い。邪魔だ、どけ!」
剣を何度も何度も振り上げて、彼女に対して打ちつける。その度に彼女の肌は引き裂かれ金属の骨格が露出して、刃のヒビは深くなる。
私の敵はアナタじゃない。アナタは私の味方のはず。なのにどうして邪魔をする?
短剣を両手で持って叩きつける。気づかぬうちに叫びながら、レインの腕に振り下ろす。刃は終に限界を迎え、嫌な音を立て折れ飛んだ。
折れた刃で突きを放つも、難なく素手で受け掴まれる。彼女の強い力によって手は微動だにもできない。ソードはレインの手を振りほどこうとして、初めて自分が酷く息切れしている事に気が付いた。
レインの向こうのミツキの胸で小さな笛が揺れている。なくしたはずの鳥笛だった。
ドラムの音が低く響き、頭の横で撃鉄が起こる音がする。具現の勇者がスマホを片手に小さな銃を突きつける。ソードもレインもミツキでさえも、動く間もなく引き金を引いた。
撃鉄が雷管を叩き発火する。火薬に火が付き膨張し、弾頭を回転させながら押し出していく。熱を帯びたガスと共に弾丸は銃口を飛び出し、ソードのこめかみを直撃する。すり鉢状の窪みが付いた弾丸は小さいながらも頭を貫き、窓を割って飛び出した。
「いくら不老不死でもタマぶち抜きゃ、さすがに死ぬっしょ」
銃口から白い煙が細く立ち上る。ソードの身体は大きく傾き、膝が崩れ、頭から床に叩きつけられた。