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沈む太陽と昇る月  作者: あいあむ
両方の敵
75/112

75

 勇者証を提示して第二の城壁を抜ける。中心街は背の高い建築物が多く並ぶ。主に四つのエリアに区分分けされる。外縁から順に、貴族や王宮に従事する本当の意味での上流層が住む高級街区、百貨店や工房が集う経済行動が最も盛んな商工区、研究および教育に関する機関の集う大学区、そして治世に関する公共機関の中央が集まる政教区だ。

 太陽が山の峰に消えかけた頃、馬車は徐々に速度を落としやがて止まる。政教区内、降りたままの跳ね橋の前、すなわち皇帝城の面前だ。

 世界最高戦力の為に帝都が建てた勇者ギルドは、帝都内にありながら庭まで付いた絢爛明媚な屋敷であった。ギルドマスターは元より使用人までも抱え込み、彼ら彼女らが五人の勇者の世話をしている。紫ランク以上に限り利用可能な最高級のギルドであって、例え依頼主だろうとも特別な理由が無い限り、立ち入りは禁じられていた。

 原則として勇者は依頼を受けてから動く。普通の勇者は能動的に動きはしない。だが自分自身に危機が迫れば話は別だ。帝国の中の最重要施設の傍にわざわざ勇者ギルドを建てたのも、有事を見越しての事だろう。もっとも、世界最高戦力が帝都に揃っている段階で、敵勢力への牽制にもなる。皇帝が勇者ギルドに莫大な金をかけさせたのも、実は後者の理由の方が強かったのかもしれない。

「先に行って二人の事話してくる。少し待ってて」

 有無を言わさずソードは適当な剣を一本だけ掴んで馬車を飛び出す。手にした剣は短剣だった。砂の残り香りが付いてまわる刃の欠けた短剣だ。革の鞘には戦斧で負った深い傷が修復できずにまだ残っている。彼女は剣を手に持ったまま、ギルドの扉を開け放った。

「ただいま」

 深紅の日差しが斜めに差し込むサロンには、厚手の絨毯が敷かれ余計に静けさを増す。ゼンマイ仕掛けのアナログ時計の針が音が響く中、呟くような彼女の声が部屋に小さく木霊する。

「早かったな」

 カウンターに腰かける時空の勇者が口を開いた。彼女は手にしたワイングラスを傾けると、静かにテーブルに置いた。

「レインさんは?」

 ソードは彼女へと歩み寄る。サロンには他に二人の影があった。

 一人は具現の勇者だった。彼女は音漏れのするヘッドホンを装着しスマホを片手で弄っている。彼女は一瞬ソードに目を向けただけでまたすぐに手元の画面に視線を戻す。

 少し離れたテーブルにブーツを乗せる少女がいた。椅子を斜めに傾けながら本を読む。特徴的な銀の髪。自分だけの世界に無言で沈む彼女こそが、世界最高峰の雷の勇者その人だった。

「さっき水汲みに行っただろう?」

 本の名は白鯨だった。それも生前の世界から持ち込まれたものだ。上巻はテーブルに、下巻をその手に持っていた。約五秒置きに手が動く。本が傷んでしまわぬように捲るその手は優しくて、丁寧でかつ繊細だった。

「何か飲むか? マスターはさっき出掛けて行ったところだ。代わりに私が用意してやろう」

「いいよ。アンタ料理できないでしょ」

「なにを言うか。私はマスターにギルドを任されたのだぞ。それに料理くらいレシピを見れば誰にでもできる。さぁ、遠慮するな」

「結構です」

「そう言うな。義務を果たして無いようで私が落ち着かんのだ」

 彼女の瞳が覗きこむ。竜人とはまた異なる色の、赤く滾るような炎の瞳だ。竜人よりも竜に近い種族であるのに、尾も角も鱗も生えていない。赤い瞳さえ隠してしまえばまさに人間そのものだった。

 ソードは少しのため息をつく。のぞき込む赤い瞳は明るく光り輝く。無言の圧に押し負けて渋々水を彼女に頼んだ。

「水だな! よし任せろ」

 時空の勇者は席を立つ。カウンターに回り込むと、磨き抜かれたグラスを取った。

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