74
馬を預けた三人は金貨をやって馬車を雇う。帝都は一つの街でありながら最大級の国とも呼べる。徒歩で周るには少々広い。
世界中の各都市、各国をも凌駕する圧倒的な人口と、山あいとは思えない広大な土地により世界で最も発展した街となった。経済的にも活発でひっきりなしに商人、行商人たちが入れ替わり立ち代わり各国の品を持ちこんでくる。例えば近くの露店には、見た事の無い小粒の果実から、トマト、ジャガイモ、トウモロコシまで知った食材が多く並んでいた。
転生前の世界を入れても珍しい都市だろう。生前、大文明には河川が必要だと学んだが、帝都を見れば間違いだと理解できる。もちろん小さな川はあるものの、名前すら無い小さな流れで、ナイル川や、インダス川のような大河川など、帝都に一つも流れていない。
四季は一応、存在するが大して気温は変わらない。夏は半袖、冬は長袖のシャツ一枚で充分快適に過ごせる。空気の薄さだけが欠点ではあるが、差し置いてみても一年中が春のこの地は大層暮らしやすい気候であった。
雑多な市場を抜けて外周の城壁に着く。馬車の中でソードは身に着けていた剣を立てかける。三人分の荷物は極めて多く、大型の馬車でありながら車内は大層窮屈だった。
クロスは頬杖を付いて外を眺める。城壁を越えると街並みは急激に変化した。敷かれた石畳には隙間一つなく、もちろんゴミも落ちてなどない。市街は区画整理が行き届いており、霞む空気の向こう側に内側の城壁が見える。道行く人々の衣服にしても皆揃って小奇麗で、女の子たちが道の隅で談笑していた。
蝶ネクタイに黒いジャケットを着たハーフリングの幼い少年が、走る足を止めクロスを見上げる。クロスは彼が手を振っているのに気が付くと、軽く彼に手を挙げた。たちまちの内に彼の顔に笑顔が宿る。彼は一層強く、更に大きく手を振ると母親らしき人に飛びついた。
城壁の一つ内側は、一般に市街区と呼称される。少しばかり金のある人々、どこぞの国の紳士淑女に伯爵子爵、騎士の称号を持つ者などが自然とここで暮らしている。近衛兵の数も外より多く、治安も極めて良好だ。故に帝国外からも数多の移民が訪れる。金のある者は内側へ、そうでなければ外側へ、それが自然に生まれた法則だった。
馬車は勇者ギルドを過ぎていく。広い帝都内において、勇者ギルドはいくつもあった。ミツキ等三人が目指すギルドはもっと内側にある。クロスは身体を寄り掛からせながら、馬車の行く手を眺めていた。