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街道に沿って馬を進める。
帝都が直接管理する山間を縫う街道はよく整備され、綺麗に整えられている。それでも山道には変わりない。急勾配を昇り降りし、山肌に沿い右へ左へとうねっていた。
馬は自らの判断で街道に沿い進んで行く。常に揺れる鞍の上で癖の付いた羊皮紙をメイスは頻りに読みふけっていた。
「最新の戦果速報。やっと砂漠を越えて来たみたい。見る?」
日付はひと月も前の物だった。丁度、旧都へ飛んだ日だ。砂漠を越えた位置にある共和国へ、更に東の連合国が大艦隊を派遣した。戦艦、航空母艦に巡洋艦、駆逐艦に揚陸艇、非戦闘の工作船に貨物船から商船まで、大小多くの船が集まり三百隻にも上ったらしい。
対する共和国はわずか数隻、片手の指で数えられるほどの少数だ。誰が見ても一目でわかる戦力差だがこの手の話によくあるように、勝利したのは共和国だった。
海域中に激しく降った雷の雨、たった一度の雷ながら六十秒間光り続けた。ありとあらゆる船を滅ぼし、無差別にすべてを焼き払ったのだ。陸から一部始終を見ていた者は、世界の終わりのようであったと記者の取材に答えている。
もちろん人為的なものであり、決して天災なんかではない。世界最高戦力の、雷の勇者その人だった。
海戦による共和国の損害は無い。一方で連合国は壊滅的だ。大破した船舶一つ一つの名前だけでページを一つ埋めつくす。死者、重軽傷者は五桁をも超え、それぞれ数字だけが記載されていた。
称賛も、批判も無い。事実だけが記されている。世界の中立を謳う勇者ギルドだからこそ、ありのままを伝えるのだ。
十分な金銭さえ支払われるなら、きっと帝都も潰すだろう。たまたま連合国が迫ったために、そちらへ裂かれただけの事であり帝国も共和国とは仲が悪い。危ういバランスの上で経済力が拮抗しているからこそ、もたらされた一つの平和の形であった。
話にはまだ続きがある。戦闘の後、海水面が五センチ下降したらしい。十中八九、雷による副作用だろう。
大量の水が蒸気となって大気に戻る。季節風も相まって、かつてない程の雨雲が共和国全土を覆い尽くした。ただでさえ夏の時期は雨の多い国に、豪雨が毎日のように降ったらしい。被害の全容は不明だが学者の寄稿によれば、戦争で与えた損害以上の被害を被ったとのことだった。
ソードは戦果速報をメイスに返す。勇者への批判、特に紫以上には表立って行われない。人族の蛮族に対する要であるのに加え、自らの国の軍事力に繋がるからだ。内心勇者に不満があっても基本的には漏らさない。それが世界における暗黙の中の常識だった。