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水を入れた木桶に比較的清潔な布を浸す。二、三度程、浸け入れると、少女は少女なりの全力で布を固く絞り上げた。
「待て。触るな」
少女の腕を固く握る。細くか細い彼女の腕は、ソードのグローブの手の中で振りほどこうともがく。だがソードの力は充分以上に強く、微動だにすらしなかった。
「貸しなさい。私がやる」
布を受け取りソードが改めて固く絞る。少女が絞った筈なのに、多くの水が布から溢れ出す。額の汗を軽く押さえて拭い取り、そのまま彼の額に乗せる。猫の額、なんて言葉があるが、今、目の前の少年は全く逆で、むしろ広い方だった。
「治せそう。ですか?」
「私の魔法なら、おそらくは」
少年の寝顔が少しばかり穏やかになる。のぞき込む少女はゆっくり息を吐き出し、良かったと、小さく呟く。そんな彼女にソードは少年から目を離さずに、ナイフをゆっくり引き抜くと、刃を持って少女にそれを突き出した。
「殺せ」
「え?」
「アンタ自身の手で、息の根を止めなさい」
ソードはナイフを受け取ったかも確認せずに手を離す。ナイフは落下し冷たい石の上にぶつかって、弾み回って横たわる。ソードは少年の両手を片手で押さえつけると、少女に目もくれずに口を開いた。
「知っていると思うけど、魔法は魂によって定められ、感情によって隆起し、意思の力で制御する。だから意志ある者の体内で、他者が魔法が炸裂するようなことは無い。それはその者自身の無意識によって外部の魔法から守っているから。聞いたことくらいあるでしょ? 私の不老不死の魔法だって例外じゃない」
「でも、殺すなんて」
「死体になれば意識は消滅する。つまり魔法の対象として扱うことができるようになる。逆に言えば、死体にならなければ魔法の効力を与えることができない」
隙間から射し込む光に刃は輝き反射して、少女を照らす。彼女は光に目を細め、俯いたまま黙り込む。両膝に置いた両手は、固く握られ細かく震えている。
「何があっても私の言うことは必ず聞くって、約束したでしょ?」
俯く少女の膝に綺麗で透明な雫が落ちる。彼女は頷く事も無く。ただ時折鼻を啜っては、澄んだ雫を垂らしていた。
暫く時間が必要そうだ。ソードがため息をついた時だった。不意に外から金属や布の擦れる音に混ざり、重たい物を置く音がする。静かにするよう手で制すると、ソードの耳に蛮族語でのやり取りが聞こえて来た。