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焚火を挟んだ身振り手振りで、ものの数時間で簡単な会話をこなせるようになった。文法自体が極めて日本語にも近く、日本や桜等の、一部名詞はそのままでも十分に伝わった。
レイン曰く、ミツキは確かに死んだらしい。だが自身の肉体は完全で心臓も正しく動いている。そうレインに尋ねると、死んだ後、日本とは違うこの世界で二度目の生を受けたのだと言った。
この事を彼女は転生と呼んだ。知らないうちに遠くへ来たくらいの感覚だったミツキにとって、そもそも死に対して復活の概念がなかった彼女にとって、異世界と転生の言葉を理解するのにだけはどうしても時間がかかってしまった。
「レインはここで何を?」
「友人を探しに」
「友人?」
「そう、友人。この辺りにいると思ったんだけど」
レインは火の消えかけた焚火を軽くかき回す。燃え残った木の枝が灰の中から顔を見せる。白くなった枝は微かな空気の流れさえも耐えきれず、灰を散らせて静かに折れる。折れた枝の断面は仄かに輝く赤い光を内に宿すも、それもすぐに冷め消えて他と同じ灰に変わった。
「一度帝都に戻ろうと思う。この辺りには蛮族が出ることもあるから」
帝都、そして蛮族の言葉の二つをミツキには理解できなかった。だがさっさと少ない荷物を纏め始めたレインに素直に従った。
焚火跡に砂をかける。日差しは既に傾き始めてはいたが気にもせず、レインは木々の合間を縫っていく。慣れた調子で一人先に進んで行く、レインに対してミツキはと言えば木の根や草、抱える程の石や岩などに何度も足を取られた。遠ざかる彼女の姿を見失わないように、意地でも黙って追いかけ続けていたが不意に何かに躓き転んだ。
かすり傷をそのままに急いで立ち上がる。レインの姿はもう見当たらない。彼女が向かった方角へ記憶を頼りに歩き出した時、すぐ背後から軋みを上げて木が倒れ倒れる音が伝わった。
荒い鼻息と、巨大な影が彼女を包む。木漏れ日の中に落ちるそれは両手足に加えて頭があったが、ただの人では無さそうだ。影だけでも分かる。ミツキの何倍もの大きな体格をしている。息を殺しながら振り返ると、そこには武器を手にした巨人がいた。
ミツキは思わず後ずさるも、すぐに踵が木の根にぶつかった。逃げ場も無くし立ちすくむ。そんな彼女を巨人は暫く眺めていたが、やがて何もしてこないと理解すると片手で彼女に掴み掛った。