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「名前は?」
少女が言った。だけどミツキに伝わらず、無言の時間が暫く流れる。彼女の様子を知りたくて、だが自分の気持ちは悟られてくなくて、ミツキは顔を背けたままに、気づかれないよう視界で端に時折少女の姿を見やる。少女の方は返事を待っているのか無言でミツキを見つめたままで、そのことに気づいたミツキは更に顔を遠くに向けた。
「レイン」
彼女は自分で自分を指し示し、たった一言そう言った。彼女に顔を向ける事無く、レインとミツキは繰り返す。わずか一語だけではあったものの、彼女の名前がミツキにとって初めて覚えた共通語だった。
「レイン。名前は?」
自分を示し、ミツキを示して最初の言葉を繰り返す。なんとなく意味を解したミツキは小さな声で自分の名前を呟いた。
魚から脂が染み出し焚火の中へと滴り落ちる。小さな炎は脂を受けて、ほんの少し勢いを増す。魚の焼ける独特の匂いを嗅ぎとって、腹の虫が激しい自己主張を繰り返した。
レインは魚を取り差し出す。ミツキは無視を決め込むも意志に反して腹が鳴る。渋々と遠慮がちに手を伸ばすと、彼女からひったくるようにして魚を取った。
皮の上から喰らいつき、口で剥いで吐き捨てる。焦げた鱗と多少の泥を取り去って剥き出た白いその身へと、ひと思いにかぶりつく。
煙とそして焦げた匂い。そして熱々の脂が口の中で弾け飛ぶ。焼けるような熱さに、涙を両目に浮かべながらやっとの事で飲みこんだ。
「慌てなくてもいい。誰も取ったりしない」
味は決して美味とは言えない。ただ焼いただけ。見たままで、食べたままの感想だった。それでもミツキは魚を綺麗に平らげて、頭と骨と内臓だけが残された。
「ありがとう」
ミツキは言った。相も変わらず目を背けたままで、伝わったかも分からない。だが少なくともミツキ自身の心の中では感謝の気持ちでいっぱいだった。レインは少しだけ微笑むと、焚火の炎に目を向けた。