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鳥の声に穏やかな日差し、そして火の爆ぜる音が聞こえる。長いこと、眠ってしまっていたのかもしれなかった。陽は既に高く、すぐ近くの焚火が青空に向かって薄く煙を立ち昇らせる。霞む視界に映る限りは辺りに誰かいるような気配を感じられず、ミツキはゆっくり身体を起こした。
身体に掛けられた外套が腰元に落ちる。一枚で敷布団にも掛け布団にもなっていたそれは、吸い込んだ水でまだやや冷たい。完全に濡れていたはずの彼女の衣服はすっかり乾ききっていた。
痛みはもちろん、怪我の一つも残っていない。石にぶつけた頭でさえも、それらしき痕跡の一つも残らず血の跡だって残っていない。擦り傷、切傷、痣にしても同様で、調べた限りは何もなかった。
冷える風に晒されて彼女は焚火に手をかざす。火から射す熱は一直線にミツキのかざした手に届き、肌から内へと入り込む。時折、指を交互に揉んでは、冷たい膝や耳に触れた。
「無事でよかった」
ミツキは咄嗟に振り返る。聞いた事も無い言語を発したのは、少女の姿をしたそれだった。相も変わらず腰には剣を下げてはいたが身に着けていた外套は無い。きっとミツキが今敷いているこれがそれであるのだろう。急いで立ち上がろうとするミツキを、彼女は手を上げ制止した。
「食料を獲ってきた。人間でも食べられると思うけど。水はいる?」
彼女は一匹の川魚を手に持って、焚火を挟んで真正面に腰を下ろす。水筒らしいボトルの蓋を片手で開けると、中身を全てぶちまけた。
差し出されたボトルを受け取り驚いた。水のような液体が並々注ぎ足されていたのだった。補充する素振りは全く無かったはずだ。ミツキは少女に一度目を向けると、おそるおそるその液体を口にした。
正真正銘、水だった。そうと分かれば怖れる事は何もない。無味無臭の液体を喉を鳴らし、口の端から零しながら一気に飲み干す。最後の一滴まで飲み切ると、手の甲で口を拭う。
一気に気持ちが和らいでいく。一息ついた気の緩みから、ミツキの腹が大きく鳴った。ミツキは慌てて腹を抑えるも構わずに、更に大きな音を上げる。急いで顔を背けるも、驚く少女の表情があまりに辛く、本当に顔から火が出ているようだった。
少女の顔は直ぐに緩んだ。そして適度な棒に魚を刺すと、焚火の炎であぶり始めた。