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沈む太陽と昇る月  作者: あいあむ
傍にいる者達の王
48/112

48

 空高く舞い上がる砂の中を突っ切って、剣のミツキは砂地へと叩きつけられる。両手で頭を抱え込み、全身をぶつけながら防具の破片を撒き散らす。蛇の石が降り注ぐ中、砂丘の斜面を転がり落ちて麓にぶつかりようやく止まる。

 行き絶え絶えに天頂の月を見上げていた。折れた骨を接合し、傷を全て癒していく。呼吸が落ち着くのも待たず、剣のミツキはおぼつかない足取りで立ち上がる。風に背を押され、足を何度も砂に捕らわれながら砂丘の斜面を登っていく。

 顔半分を覆う血は熱と乾いた空気によって張り付いて、赤くて黒い仮面のようになっていた。

 やっとの思いで砂の丘の頂上に至る。砂丘だと思っていた場所は、今しがたまで無かったはずの砂のクレーターの縁だった。蛇の鱗を成していた巨岩がいくつも転がっている。すり鉢状の穴の底ではメイスのミツキの影が動いていた。

 岩の間を真直ぐ滑り降りる。月の光は穴の底まで差し込んで、岩に刺さった赤い刃の剣を示す。岩に刺さった剣を抜き血も払わずに、倒れた老婆に近づいた。

 誰がどう見ても、死んだと判断できるほど無残な状態となっていた。周囲に散乱する石の武器は数知れず、大半が折れ欠けている。老婆の身体を調べていたメイスのミツキを押し退ける。彼女は抗議の声を上げたが剣のミツキは気にしなかった。

 幸福そうな死に顔だった。死後の世界が安寧であるかのように、自ら死を受け入れたのかのように、目を閉じ、口には笑みを湛えている。長年培ってきた努力が報われたかのような表情が激情の炎を掻きたてる。

 ミツキは老婆の死体に意識を向ける。やや間を置いて、指が痙攣し瞼が開く。力無く顔を傾けると、ミツキに目を向け口を開いた。

「なにをした。儂は死んで、そして」

 それ以上の言葉は出なかった。赤い剣が老婆の喉を貫いて、血が砂に吸われ染み込んでいく。大きく見開かれた老婆の目には、月と星の光が宿っていた。ブーツをあてがい剣を抜く。やがて流れ落ちる血は止まり、心臓の停止を告げる。ミツキが死体を見下ろすと、喉の傷が癒えだした。

「あの世とこの世の魂が混ざり合い交差することの美しきことよ。儂の魂は今どこに」

 剣を振り下ろす。溢れるものは勢いを増し、感情の火は身を焦がす。

「個にして全、全にして個。全ての魂は溶けあい、そして」

 刺青の蛇の首が落ちる。砂漠の砂は赤色の泥となり広がっていく。

「玉虫色。闇の色。鍵だ。鍵が要る。あの世とこの世を結ぶ鍵」

 首を切って落とす度にみすぼらしく、しわがれていく。支離滅裂な言葉を発し、ろれつも回らなくなっていた。

「殺せ。殺してくれ。こんな地獄で一人にしないで」

 幼い子供のように涙を流す。懇願する老婆を何度も何度も切り裂いた。燃え盛る炎はやがて収束し、落ち着きと冷静さを取り戻す。息一つ乱すことも無く、ミツキは老婆を蘇らせた。

 剣に付いた血を払い、鞘に納める。泣きじゃくり嗚咽を漏らし、老婆はミツキの顔を見上げる。懇願するかのような表情にミツキは何も与えなかった。

「おとうさん、おかあさん。今、行くよ」

 最後の力を振り絞り、石のナイフを創りだす。空中を滑るように、自らの心臓に突きつける。月と星の輝きを見ながら、ひと思いに突き刺した。

 見開かれた瞳には月と星の光が宿っている。石のナイフを引き抜くと、心臓を治し傷を塞いだ。ミツキは老婆に背を向けて、遠くに石のナイフを捨て去った。そんな彼女から目を逸らし、天を見上げる老婆の目からは全ての光が消え失せて、ただ胸を上下させるだけの塊と化していた。

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