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沈む太陽と昇る月  作者: あいあむ
傍にいる者達の王
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 数分が数十時間にも拡大された。頭から胸に腹そして腿までを徹底的に打ち据えられる。無意識にある自己防衛の本能が殴られるたびに発動し、傷付く先から修復されていく。

 痛みは全く感じない。殴られているのは自分なのに、自分ではないのかのようだった。身体は重く動かず抗う気力も失せかけ、殴打する音に耳を傾けながら、されるがままになっていた。重たくも乱雑な一撃は皮膚を裂き、痣を残し、骨を打ち砕く。自然治癒より速い速度で、だが遅々とした速さで骨は一つに、痣は小さく、裂傷は端から繋がっていった。

 ゴブリンがミツキの髪を掴み起こす。潰えかかった意識がまだ残っていると確認し、メイスを持つ手で頬を殴り飛ばした。口内が切れ、大量の血で満たされる。受け身を取る力も残っておらず、倒れた拍子に吐き出した。白かった服は幾重にも赤く染めあげられて、黒みを帯びて照っている。ゴブリンは手にしたメイスを頭上に掲げると、ミツキに向かって振り下ろした。

 学校のチャイムが鳴り響く。それはどこか近くのようで、耳鳴りがするほどの大音響だ。小さな窓から射し込んだ深紅の光が目を眩ませる。

 ピントの合わない視界の中で、誰かが両膝を付き微笑んでいる。細くしなやかな白い指で、血に染まった頬へと触れる。暖かく、優しい手であった。手は頬から離れ、ミツキの手を取り包み込む。穏やかで、どこか懐かしい。誰かさんは部屋の扉を一度見やると、耳元に顔を近づけ囁いた。

 赤い日差しは白へと変わり、一層強く光り輝く。薄れゆく誰かさんは名残惜しそうに、ミツキの手を引きながら光の中へと溶け込んだ。

 振り下ろされるメイスを受け止め掴む。超高速で傷を再生させながら、床に手を付き身体を起こす。掴んだメイスを離さずに、二本の足で立ち上がる。

「おい、クソババァ。散々好き勝手やってくれたな」

 ミツキの目に光が戻った。視界を覆う黒い霧は晴れていき、意識は徐々に明瞭となる。重たい頭をわずかにもたげ、垂れた髪の間からエルフの老婆に目を向けた。

「紫ランクに喧嘩吹っかけたこと、後悔すらできなくしてやる!」

 金属の扉が激しい音を立て開き、部屋の外にいたゴブリンが宙を舞う。飛び蹴りを決めた何者かが、空中でメイスをひっつかむ。着地と同時に膝を曲げ、両手でバランスを取りながら、ゴブリンの頭を踏みつけ滑る。勢いを殺しながら砂埃が舞いあがり、部屋を満たした。

 やや間を置いて、我に返ったゴブリンがメイスを振り上げ向かって行く。果敢に挑む勇気も虚しく、横払いの一撃がゴブリンを打ち砂埃を払う。ゴブリンは壁に酷く叩きつけられて気絶した。

 メイスを振り切る勢いのまま、逆の手に持つクロスボウを老婆に向ける。弦が戻る音がして、矢が空を裂き頭へとまっすぐ飛んでいく。すんでのところで小石が矢の射線に入り、矢じりは二つに割れ落ちた。

 メイスを逆手に持ち変えて、室内戦用の構えに移行する。彼女はクロスボウを捨て去ると、老婆に向かって走り出す。飛来する小岩を次々打ち砕き、勢いのまま殴りつける。守りの為に展開した岩が砕け散り、鋭い破片が老婆の額を傷つけた。

 エルフは岩で部屋の壁を破壊し、熱砂の中へと逃げ出していく。そんな老婆を見送って、メイスの彼女は口を開いた。

「待たせたね」

 ミツキは唖然としたままのゴブリンに回し蹴りを入れる。避ける様なそぶりも見せず、たった一度で地に伏せた。

「遅すぎる」

 倒れたゴブリンを跨ぎ越し、新たな侵入者と対面する。よく見る茶色の瞳に、喜怒哀楽の乏しい表情、彼女は大きく膨らんだポーチを下ろして投げてよこすと、両腕のロープをナイフで切った。

「捕まる方が悪い」

 身長も、髪型も、顔立ちも、目も、何もかもが同じであった。ミツキ自身が産み出したもう一人のミツキ。戦闘力も扱う魔法も、おそらく彼女が持つ記憶さえも何もかもが全く同じ。違いがあるとするならば、鹵獲したであろう装備の数々だ。

 ゴブリンと同じやや小さめのアーマーに、砂漠用の布製の靴、フードの付いた一般的な外套に、滑り止め付きのグローブをしている。錆びかけのナイフを腕の鞘へと納め、空になった矢筒を外す。彼女は手にしたメイスを、腰のベルトに差し込んだ。

「腹立つ」

 ポーチから装備を取り出し身に着ける。酷く傷ついたアーマーを付け、刃の欠けた短剣を腰に差す。サンダルを元のブーツに履き替えると、使い潰した外套を纏った。

 ミツキは最後に片手剣を身に着ける。片手で鞘を、片手で柄を持ち引き抜く。剣は容易く抜かれ、陽を受けて、曇った赤い刃が鮮やかな赤へと変化した。

 半分沈んだ太陽の中、そして登りつつある半月の下、武装したゴブリン達が詰めかける。二人のミツキは剣を、そしてメイスを構えると、敵集団の真只中へと飛び出した。

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