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「ここからならば、まだ距離はある。そうだな。順調に行ってざっと三週間と言ったところだ」
頭が痛くなって来るようだった。まだ三週間分もの距離がある。いや、あと三週間で済むと考えるべきか。
「そんな渋い顔をするでない。ここは数ある中継地点の中でも最西端に位置する場所だ。帝都を目指すお主にとっては、砂漠の終着点の一つ前となる訳だ。どうだ、吉報であろう」
小さく鼻を鳴らす。心なしか嬉しそうに見える老婆の態度が気に入らなかった。
「長らく眠っておったが、どんな夢を見ていたのだ? 帝都か、それとも電気羊か?」
「覚えてない」
「欠片も?」
返答しないミツキを蛇の目が見据える。
「夢は儚い。だがあれほどうなされておって、何もないは無かろうよ」
「うなされていた? 私が?」
老婆は深く頷く。
「あんまりにも泣き叫び暴れまわるもんで、お主を縛って閉じ込めておく必要があった。儂のゴブリン達なんぞ眠っているお前さんにやられて、何人やられてしまった事か」
呆れたように老婆は背後を見やる。後ろに並んだゴブリン達は、きまり悪そうに顔を背けた。
「前世の死に際の記憶、だったと思う。どうでもいいから、この縄外してよ。寝てないからいいでしょ」
「はぐらかすでない。儂はこう見えても先祖代々から続く呪術師でな。夢を分析することで無意識下における心理を見いだしてきた。お主が儂を信頼するのであれば、些かなりとも苦痛を取り除く手伝いをしよう」
「断る。私の問題は私自身で解決する。誰の手だって借りる気はない」
赤みがかったはずの色彩が、緑色に変化している。老婆の顔を這う蛇は、動き出して頭をもたげた。
「闇も光も、太陽も月も、人族も蛮族も。対極する二つのものは対立しているようでありながら、左右の足のように、互いに協力しあっているのだ。助けを拒む必要はない。どうだね、良薬であろう」
「なにを、入れた?」
「薬草に、幻覚作用のある植物を組み合わせたものだ。無意識下で眠る記憶を呼び覚ます手伝いをする。今のお前には、いったい何が見える? 何が聞こえる?」
茶碗を老婆へ投げつける。岩が老婆の間に入り、耳障りな騒音と共に砕け散った。
「心配などいらん。受け入れろ。劇薬だが受け入れれば良薬に、抵抗すれば毒となる」
蛇が舌を出し匂いを嗅ぐ。黒い大蛇はうねり這いまわり、額を抑えるミツキを眺める。玉虫色の光に満たされた部屋は、酷くゆがんでねじまがる。上下前後左右まで、でたらめとなった重力に逆らいながらも立ち上がった
「お前が見るのはいずれ必ず訪れる魂だけが存在する世界だ。いつか物理の世界は終わりを迎える。だがそれは世界の終焉を予言するように、いつかは来るが遥か先の未来の話だ。そんな世界を見たくはないか? 我が直々にお主を導くシッターとなろう」
眩むほど、緑の光が包み込む。耳鳴りは巨大な鐘の音となり、耳元で響く学校のチャイムとなった。