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「これ、外してくれると助かるんだけど」
腕を締め付けるロープを見せる。固く縛られており、動く度に擦れて痛みを感じる。エルフはミツキを一瞥すると背を向けて杖を取り、金属の扉に手を掛けた。
「飲み物を取って来よう」
扉が徐々に開かれていく。ランタンが揺れる暗い通路の光が漏れ出す。穏やかで、揺れる小さな火の光が老婆に影をもたらしていた。
今なら鍵は掛かっていない上に、老婆自身も背を向けている。行動に移すのならば間違いなく今だった。
音も無く立ち上がり、低い姿勢で走りだす。わずか三歩の助走の後に、四歩目を踏み込み飛び上がる。身体を捻り、五歩目を前に突き出して、老婆の後頭部へ向けた。蛇の眼が鋭く睨む。受けるにも、回避するにももう遅い。師匠直伝の蹴り技は綺麗に決まったはずだった。
不意に現れた岩が盾となり、渾身の飛び蹴りを受け止める。咄嗟に岩を蹴って距離を開けるも、バランスを失い転がり込んだ。受け身を取って片膝を付く。老婆の蛇が目を閉じると、魔法で浮かせた岩が音を立てて落下した。
扉が閉まり一人部屋に残される。風は幾らか和らぐも、太陽の光は相も変わらず鋭い日差しを投げかけている。
空中から岩をだせたのだから、ランクで言えば黄色以上の実力を持つ。紫ほどではないにしろ、間違いなく素手で勝てる見込みは無い。岩か石か、砂岩かもしくは泥岩か、細かい点までは不明だがせめて武器が必要だった。
暫くしてから扉が開く。例の老婆は雪花石膏の白い茶碗を持って、護衛と共に部屋に入る。一匹のゴブリンに扉の前で待機するよう指示を出し、残りの二体を傍に置いた。
「一族に伝わる伝統的な茶だ。お前に命の活力を与えてくれる」
老婆は茶碗をミツキに差し出す。茶色い液体が器の半分ほどまで注がれており、薬草に似た鼻を突く匂いがする。
通常薬草は緑黄色をしており、擦り潰して薬にしたり、揉んで直接患部に当てる様な使い方をする。口に入れるなど聞いた事も無い。紅茶のように発酵させて乾燥したものを使ったか、あるいは他の何かを混ぜたかだった。
茶碗を両手で持ったまま、老婆の真意を確かめる。微動だにしない顔に表情は無く、鋭い視線を持ってして、無表情のまま見つめている。いつまでたっても頑なに、口も付けないミツキに対し、呆れたようにため息をついた。
「今更警戒してなんになる。毒なんぞ入れとらせん」
喉の渇きは確かにあった。ミツキは老婆から目を離さずに、茶碗に口を付ける。湯気の立つ、暖かな液体が唇を湿らす。口に流れ舌に触れたとき、思わず咳き込み茶を吐き出した。