31
外套の端でナイフを拭い鞘に戻す。これ以上、少年にしてやれることはない。星々の下で、月明かりに包まれる少年だったものを見下ろすと、フードを被り背を向けた。
砂丘の峰を西へと向かう。ミツキはミツキ自身の道を行く。見ず知らずの少年は、たまたま行く手に居ただけだ。彼女と彼の行く道は、寄りはしたが交差はしない。少しだけ、逸れた彼女の進む道は、これまで通り何も変わらず元へと戻る。
空気が砂を含みだす。外套をきつく閉ざして身を守る。凍えるほどの冷気をもたらす夜の風は、小さな隙間から入り込む。
最後の果実を手に取った。燃えるようで目覚めるような、赤は鮮明かつ鮮烈だ。日の出か夕暮れ時の太陽のようで、砂に霞む月の下でも明瞭に輝いて見える。
ナイフを引き抜き刃の腹を押し当て止めた。厚い皮に傷が付き、果実の重さが指に伝わる。見通す限り砂ばかり。動物も、植物も何もない。水はもちろん、岩でさえ見当たらない。乾いた口の唾を飲み込む。風と共に、砂の濃度は増す一方だ。
これが最後と、頭の中で繰り返す。月と星で輝く刃に赤が映り込み、茶色い瞳が挟まれ睨む。強まりつつある砂がナイフに当たり、高い音を奏でている。一つずつ、砂に消える星明りの下で、ミツキはナイフに力を込めた。
赤い皮から果汁が溢れ出す。一滴さえもあます事無く、甘い汁を口に含む。ざらついた細かな砂を気にも留めず、皮の内まで舐めとった。
重たい足を引きずりながら、夜の砂漠を進む。東の空は明らみ初め、月は西の地平に浮かんでいる。青白かった下弦の月は深紅に染まり、射し込む紅の朝の日差しに消えつつあった。ミツキの影が立ち上がり砂塵に映る。黒く不定形に揺れつつ、朝の日差しの中で踊っている。手をだせば、影も手を差しだす。手を引き戻せば、影も手を戻す。変哲もないただの影だった。
太陽に合わせて気温が上がる。眠気は最高潮にまで至り、風の音が頭に響く。天然の不協和音は頭の中で反射して、酷い頭痛をもたらした。
もし眠るなら今しかない。夜ほど寒く、昼ほど暑くない。風が強く砂は痛いが許容できる範囲内だ。暑さ寒さより防げる分だけ断然良い。しかし今休めば、灼熱の中を進む羽目になる。早く水場を見つけねばどうなるか、彼女自身も知る由もない。
結局、眠気を押さえつけつつ進み続けた。時折目を閉じながら夢見心地で、ひたすら足を前に動かす。盲目的で無意識的に、前に進んでいるのかも分からない中、ミツキはミツキ自身の影を、ただひたすらに追い続けたのだった。