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 少年の手にスマホを握らせ胸に乗せる。乾いた手は異様に骨張り、握るだけの力も無い。

 転生してからこの少年は、どれほどの時間を過ごしたのだろう。水も食料も無い状況で、三日か四日かそれ以上か。この世界にたった一人で現れて、叩きのめされまた死んでいく。

 夜の風に晒されて、冷たい額に手で触れる。乾燥し脆くなった素肌が破れ、赤黒い血が滲み溢れる。それは半球状の黒い水滴となり、開いたままの眼を目指して滑りだす。赤黒い跡を残しつつ、渇き割れた彼の肌に潤いをもたらしていた。指先でそっと血を拭う。墨のような黒さであり、血のような赤さは無いに等しかった。

 眼球に映し出される星空は、少年の眼に光を宿す。二つの小さな星の天球は、眼球がはね返す単なる物理現象だ。本当の眼はさらにその下の瞳孔にあり、水晶体を越えた更に奥には、すべての光を吸い込む、完全で、完璧なる闇を湛えていた。

 瞳が動き、ミツキを捉える。夜空を見上げる彼の眼に、彼女の影が映り込む。二人の瞳は交差して、瞳孔に湛える闇と闇とが繋がった。恐怖か、安堵か、それともそれ以上の何かだろうか。何かを覚えたようではあるが、瞳はただの物体でしかなく、目を見て湛える感情を読み取ることなど不可能だ。

 空いた手をブーツに伸ばし、音が出ぬようナイフを引き抜く。この間も、目と目は決して離さない。視界の外でナイフを半回転させると、逆手に持ち替え、強く握り締めた。

 今ここで、赤い果実を分け与えたなら、この子の運命はまた変わるだろう。心優しい水先案内人となり、この乾いた地から、二度目の死から、少年の命を救うのだ。そしてこの少年の先駆者となり、この世界で生き抜く術を叩きこむ。勇者となって、独り立ちするか、共に過ごすかはこの子の意志次第となるのだ。

 だがそれも全て理想であり、幻想だ。ミツキ自身も助かる保障も無いままに、果実を与え少年の命を伸ばしたとして、いずれまた飢えと渇きに苦しむ事となる。

 彼の眼を見たまま、切っ先を喉元に寄せる。決して悟られぬように、深い瞳孔を覗きこんだまま、ナイフを持つ手を握りなおす。

 命をこの手で終わらせる。幾度となく繰り返してきた。今更揺らぐことは無い。ミツキはまばたきさえ忘れ、手から柄に、柄から刃に力を入れる。刃が抜けて全て済んだとき、スマホの画面が黒に染まった。

 闇がもたらすものは怖れでは無く、安らぎだ。この少年はたった今、苦しみから解放されて安らぎを得たのだ。少年の開いた瞼をそっと下げる。点々と、刃を伝う黒い液体は、白い砂地に跡を描き上げていた。

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