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良くも悪くも数日もの間、なににも遭遇しなかった。傲慢なハゲワシも、我が物顔のワイバーンにも、そして風のように駆けまわるデュラハンにもだ。敵性存在と遭遇しないで済むだけならば良い事だった。しかし小動物さえ見ないとあれば、死活問題にまで発展する。
ワイバーンの尾を節約しながら食いつなぎ、果実も残りわずかとなった。動物の影も形も見なければ、植物の姿も見当たらない。どこを向いても砂ばかり。決まった時間に顔をだす太陽が無ければ、正しく西に向かっているのかさえ怪しいものだった。
ミツキは沈みかけた太陽に目を向ける。赤い太陽がもたらすものは方角だけだ。情け容赦なく射す日差しのせいで、まともに休めた試しがない。夜動き、昼に休息する日課でも、遮蔽物さえ無い熱砂の上ではまともに眠ることもできないでいた。
重たい身体に鞭を打ち、赤い果実に喰らいつく。厚い皮を食い破り、甘い汁でのどを潤す。これで最後の一つとなった。
動く物も、動かぬ物も何一つとして見逃さぬよう、全方向に気を配る。見慣れぬ物は落ちていないか、異音は聞こえて来てないか、変わった匂いはしてないか。感覚がより鋭敏に、かつてない程研ぎ澄まされる。味覚を除く五感のすべてを活用しても、存在しないものを見つける事などできる訳が無かった。
重たい瞼を持ち上ながら遠のく意識を引き留める。研ぎ澄まされた感覚とは対極的に、夢と現の境界が曖昧なものとなりつつあった。
蜃気楼さえ、見せない太陽が恨めしい。夢でも幻でも構わないから、生き抜く希望が欲しかった。本当はまだ知らないだけで、世界中が砂漠になってしまったのかもしれない。だったら今この瞬間に被る苦痛は無駄となる。いっそ死んでしまった方が楽になるのかもしれない。
頭を振って馬鹿げた考えを追い払う。ずいぶん前に干し肉と化したワイバーンの尾を食べきると、転生前に好きだったバンドの曲を頭の中で再生させた。
同じ曲を何度も何度も繰り返す事数時間あまり、少し欠けた下弦の月が天頂にまで登り詰める。半ば眼を閉じ、最強クラスの睡魔と激闘を繰り広げていた時だった。少し先の砂丘の麓に見慣れぬ影が落ちている事に気が付いた。
何度も乾いた眼をしばたかせ、現実であると確かめる。霞む目を擦り、よく凝らす。抱えるほどの石のようでありながら、少し長めの毛がなびいている。食料になりえるだろうかと正体を見極めた時、冷たい夜風が眠気を全て奪い取ってしまった。