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砂漠の夜の天蓋から射し込む月光が中庭の石碑を浮かび上がらせる。白骨化した骸は変わらず石碑に俯き寄り添う。
石碑を照らしあげていたイグナイトの姿は無い。動く物と言えば風と砂ばかりで、生物が住まう痕跡など時間に埋もれて消えていた。
ミツキは骸の前に片膝を付く。軽く砂を被るだけで、極めて綺麗に残っている。左手の金の指輪と、銀のティアラに乗せた手が、生前における身分の高さを示す。王が砂狼となって守った人は、王その人に死してなお寄り添い続けた。姿形が変わりはしても、肉体が朽ち滅びようとも、魂だけはここに留まり続けていた。
本物の人を相手にするように、優しく骸の手を取って、銀のティアラを手に取った。わずか数ミリ幅の銀細工に小さなダイヤが並び、埋め込まれている。複雑に入り組む細工は唐草模様を描き上げ、容易く形が変わってしまいそうだった。いくら王族であろうとも、価値ある宝に違いない。そう思わせる程、銀のティアラは繊細でかつ美しい代物であった。
壊さぬように細心の注意を払いながら、両手で冠を包み込む。そして美しい髑髏に目を向けると、慎重にかつ優しくティアラを頭に乗せた。
あるべき場所で、ダイヤが月光を受け光輝く。暫く骸を見ていたが、ややあって音もたてずに立ち上がった。
疲れていたが玉座を使う気も起きず、探索がてら休める場所を探し回った。食堂から狭い通路に至るまで、どこもかしこもエメラルドの人形が立っている。どうしても彼らの視線を避けたくて、城の中を歩き回った。
城の中でも最も高い塔の上の小部屋こそ、ミツキが求めた彫像の無い部屋だった。元はベッドであっただろう、乾いて朽ちた木の断片が窓の脇で山となっている。部屋には暖炉もあるし、薪には丁度良いのだが残念ながら、火口箱は無くしたポーチの中にある。
装備を外し、硬い石に身体を任せる。緩やかに時は正しく刻まれ、あわせて月が弧を描く。
レナームならば欠片も心配していない。仮にも神格なのだから、心配する程やわじゃない。気にするべきはミツキ自身の身であって、遭遇する敵性存在なんかより、水と食料の確保こそ急務であった。
風の歌を聞きながらミツキはそっと目を閉じる。都市全体が吹奏楽器に変貌し、高低重なる長調の独特な音色を響かせる。和音はさながら亡霊たちが集い奏でるコーラスのようで、冷たい夜の濁る大気を震わせていた。