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慌てて距離を開け腰の剣に手を伸ばす。すぐに帯剣してないことを思い出し、剣の代わりに手を握る。武器も防具も玉座にあった。
攻撃魔法を持たないために、咄嗟の戦闘にいつも悩ませられる。対策として、常時武器を携帯するようしていたのだがどうしても、武器から離れる瞬間が生じてしまう。今回ばかりは完全に、自分の油断が原因だ。言い訳が介在する余地も無く、反省もそこそこに、目の前の火の玉に注意を向けた。
火の玉、狐もしくは鬼火、ウィルオウィスプ、ジャック・オ・ランタンの名で有名だ。イグナイトと呼ばれる物で、霊体、即ちゴースト系統と分類される。かつての世界では、リンやメタンのガス類が自然発火する現象と考えられていたようだ。対してこちらの世界では、感情と、記憶と意識の三つで成り立つ、魂と、自然界に満ちる魔力の二つで説明付けされる。
植物を含めたすべての生物は、死を迎えると精神体、つまり魂だけの状態となる。物理法則のしがらみから解放された魂は、通常、一定時間を経たのちにこの世界から離脱する。離脱後は記憶を全て浄化され、また異なる世界に転生すると考えられてはいるが誰も証明できてない。
強い意志や感情を抱えたまま死を遂げた場合、魂がこの世界に残ることがある。留まった魂を核に魔力が集い、万物に姿を変える。イグナイトなら炎に、スペクターならば光に、レイスならば生前の魔法に同じとされていた。
もちろん霊体となっても不滅でない。彷徨う魂を導き誘うディメンターや死神のような存在もいる。この世に未練ある魂たちから見てみれば、出会いたくない相手だろう。しかし彼らの行為は自然の摂理に則った、止まることのないサイクルの一環だった。
ゴースト系が持つ特徴は、精神体であるために物理的に破壊できな事にある。いかなる剣術も体術も通用せず、火薬での爆破も効果を成さない。一方で肉体を持たぬ彼らの魂は、不安定で儚く脆く、強い意志を魔法を媒介にしてぶつける事で大抵の場合は消滅する。もしくはこの世に残る意志を挫く手もあるが、協力的とは限らない。
しばらく身構え様子を伺う。このイグナイトはただ居るだけで、害意を持っていないらしい。石碑の前に佇んで、風に合わせて揺らいでいる。
太陽は沈み、代わって月が顔をだす。まだこの遺跡を調査したいが、今はそれどころではない。また後日、レナームと一緒に来てみよう。
後ろ髪をひかれる思いで身支度を整え、尾を掴み、夜の通りを歩き出す。崩れた西の城門を潜り抜けた時、果てしなく続く砂原に、太陽でも月でも星でも無い。地上でまたたく光が迫っているのが見えた。