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喉が痛むほど乾燥し、鼻の奥まで干からびている。外套は丸められてどかされて、抱え込んでいた短剣は玉座の下に落ちていた。
汗で張り付く髪を掻き分ける。雨の降る、夢を見ていた気がするが記憶はまるで砂のように脆く儚く、消え去っていた。
玉座の上で体勢を変える。思う以上に寝ていたらしく、太陽が地平の彼方に消えつつあった。頑なに玉座から降りようとせず、手を伸ばしてナイフと赤い果実を取った。
果汁が飛び散り刃が刺さる。ミツキの頬へと飛び散って、西日を受けて紅く輝く。力任せに柄を捩じる。繰り返す度に音を立て、赤い果実が二つに割れた。
甘い汁で手を濡らしながら貪り食べる。ワイバーンの尾をひっつかみ、断面の汚れを切り落とす。鱗に刃を引っ掛けながら、皮を裂いて手ではぎ取った。骨と一緒に噛み千切り、口の中で分離する。巨大な脊椎のひとかけらを舌で転がし、勢いをつけて吐き出した。骨は弾み、影の中に転がり込む。行く先なんて露知らず、食欲のまま食べ散らかした。
一本すべてを食べつくし、ようやく満たされ息を吐く。真横から射す赤い日差しが、砂漠の城を突き抜ける。黄昏の風が静かに吹き込むと、絨毯の砂を取り去った。
中庭の石碑が日差しを受け止めて、輝き赤い紋を投射する。それはまさしく玉座から綺麗に見えるよう計算されているようだ。睨みを効かせる狼の頭部を模した紋章で、背後には陽光を現す模様が描かれている。何度も何度も見た象徴に、好奇心が暴れ出す。ブーツを履いて碑に近づくと、モニュメントに寄りかかって座りこむ、白骨死体に目を向けた。
金の指輪を左手に、右手は膝に乗せた銀のティアラに添えられている。尾の無い所を見てみるに、竜人族や獣人族、ドレイクなどでは無さそうだ。普通の白い骨ならば、レプリカントも自然と消える。ミツキと大差ない体格であるために、ハーフリングや、蛮族のドワーフも違う。残るは人間、もしくはウィザードとなるが時代によってはエルフの線も残っていた。
石碑に薄く積もった砂を払う。狼の頭部を模したレリーフが浮かぶ。不確定が確信となる。
間違いない。この紋章は皇帝家の象徴だ。
碑には文字が刻まれている。共通語に似て非なるもので、見慣れぬ文法を用いていた。思うに共通語の古語だろう。読めるが時間は掛かりそうだ。ミツキは文字に指先で触れながら、滞りなく読めるまで何度も何度も繰り返した。
「愛する者の為に砂の狼と成りし王。砂漠と共に永久となれ」
太陽は地平に沈み、空は紺に染まっている。
石碑に寄り添う骸に視線を投げかけ、目を閉ざす。再び目をまた開けた時、風が吹く中小さな炎が中空で揺らぎ、柔らかな光を投げかけていた。