15
一つだけ開いた窓から雨音が入り込む。蛍光灯は消えたままで薄暗く、木が湿る嫌な匂いが鼻についた。
机に枕代わり両腕の中で、細く、少しだけ目を開ける。壁沿いに、カバンや教科書、体操服が入るロッカーが並ぶ。白いペンキで染めあげられたそれの上には本が並び、本棚代わりに活用されていた。
ミツキのすぐ目の前に、一人の少女の姿があった。彼女は霞む視界の中で、一人静かに本を読む。書店のカバーが邪魔をしてどんな本かは分からない。よっぽど面白いのだろう。彼女の視線はただひたすらに、手元へくぎ付けにされていた。
「次は？」
頭を腕に乗せたまま、ミツキが小さく口を開く。少女は本から目を離さずに、ページを一枚次へ送った。
「国語」
シャープペンを片手で回す。重力を無視してゆっくり回転し、元いた場所に収まった。
「ヒナタっていつもなにか読んでるよね。なに読んでんの？」
「生物の進化の本、かな」
「なにそれ」
少女は女神のよう笑みを浮かべ、何も言わずに目を向ける。呼吸に合わせて上下する彼女の胸元で本が閉じられた。
「ねぇ、知ってる？ 生き物は元々、不老不死だったんだって。それが進化を繰り返す内に、死ぬ能力を手に入れたんだって」
「そう、なんだ」
時計の針が動く音が響き、廊下からは笑い声がする。廊下側の曇ったガラスには、生徒の一団が通り過ぎていく影が写っていた。
「どうして不死だったのに、死ぬ力なんて手に入れたのかな。誰だって、死ぬのが恐いはずなのに。わざわざ死ねるように進化した。ミツキはどうしてだと思う？」
少女はミツキをまっすぐ見つめる。あまりに澄んだ彼女の瞳を前にして、さりげない動作で目を逸らす。
「死なないと、増え過ぎちゃう。から？」
雨音と共に風が吹く。中途半端に開けられたカーテンが大きく広がって、ゆっくりとまたしぼんでいく。まばたきしたと、分かる速度で目を閉じ開き、女神のような笑みを浮かべた。
「ミツキはそう思うんだね」
腕に置いた頭をわずかに持ち上げる。
「ヒナタは？ なんでだと思うの？」
浮かべた笑みを絶やす事無く、無言で見つめるその装いは無知な子どもを見る眼差しか。口元を少しだけ緩めると、彼女は言った。
「私は」
彼女の言葉を急なチャイムが遮る。教室中が慌ただしくなり、皆自分の席へと戻っていく。
「また後でね」
ミツキが聞き返す間もなく立ち上がり、彼女は自分の席へと戻って行く。見送るミツキの頭には、ヒナタの笑みが焼き付いていた。
