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瞬く間に大地へぶつかり貫いた。
何十、何百、何千回も太陽と月は昇り沈みを繰り返し、追いかけ追い抜き追いかけられる。北極星を中心に、空の星は回転し光の軌跡を残していた。
飛沫を上げて頭から海に飛び込んだ。彼女は細かな気泡を伴って深く底へと沈み込む。暗黒の海のスープの中で、目に見えないほど小さな命が次から次へと生まれつつあった。
名も知らぬ小魚の群れがどこかからか集まって、みんな揃って食事を始める。小さな命は儚く消えるも、失われる以上の速さで新たな命が生まれていた。暗黒の海の中、笛のような音が響く。闇の中から牙が輝き小魚たちへと襲い掛かった。現れたのはイルカだった。魚群を群れで囲い込み、狙いを付けて喰らいつく。
前後左右と下から追われ、魚群は渦を巻き上昇し続ける。やがて揺れ動く光が差し込みだして、海面からは海鳥たちが飛び込んできた。
海の鳥に運ばれ空を飛ぶ。回り続ける星の下、彼らと共に地上へ降りた。海鳥は取った魚を子どもにあげる。そしてまたすぐ空へと消えた。子ども達は残されて、親鳥の背へと鳴き続ける。そんな子ども達に、四足歩行の動物が素早く飛びつき連れ去った。
狐だ。草の間を掻き分けて、一目散に駆けていく。そして周囲を暫く伺うと、捕らえたヒナを食べだした。
天気が急に変化しカミナリが落ちた。近くの木に落ち着火して、軋みを上げて倒れていく。キツネは驚き走り出す。落雷は次から次へと降り注ぎ、火種となってキツネの周りを囲む。やがて逃げ場を失って、キツネは炎に包まれた。
天が回って火が消えた。黒く焼けた森の中、つむじ風が沸き起こる。キツネが立っていた場所は、黒く焼けた灰だけが残るばかりであった。
風に攫われ灰が飛ぶ。それは小さく渦を巻きながら空へ空へと舞い上がる。いつしか雲を突破して、成層圏をも超えていく。灰は更に高度を上げて地球の外へと飛び出した。
青い星の光は遠ざかるほど綺麗に輝く。月を過ぎ、火星を越えて、木星、土星と抜けていく。太陽系をも飛び出して向かう先に射手座の姿が現れた。灰は矢じりに向かって加速する。音速を超え、光速を超え、何十、何百もの恒星を越えていく。星々は皆、光の筋に成り代わり、渦巻く光が視界いっぱい現れた。
渦巻く光は魂だった。人に動物、植物と、皆が違って同じ光を瞬き放つ。キツネだった魂も、渦に加わり光となった。
輝く渦を抜け出して、南十字の石炭袋へと向かう。賑やかだった渦と違って、完全な闇の入り口だった。振り返ることなく闇の中に入り込む。前に前にと進むことが正しいと本能的に理解していた。
光は無いが、恐怖も無い。むしろ闇がもたらす安らぎが、却って心地よく感じられる。穏やかで、そして暖かく。一人だけれど優しい誰か傍に居る。誰かの姿は見えないが、声も聞こえないが、確信だけは持っていた。
彼女の姿が二人に増える。姿形も全く同じ二人が手と手を触れあうと、今度は四人に増えた。四人は、八人、十六人と倍に倍にと増えていく。彼女は彼女等と共に、頭上から射し込む光を目指して飛んだ。
光は彼女達を引っ張り上げる。近づくにつて光は裂けるように大きく明るくなって、やがて彼女の視界を覆い尽くした。
光の中で増えた彼女が消滅していく。一人、また一人と消えるたび、彼女だった記憶が薄れていく。学校も家族も何もかも、大切だったヒナタの事も、徐々に薄れ無くなっていく。言葉も記憶も彼女だった事さえも、全てが全て消えて行く。
歓声が聞こえる。彼女は眩い光に目を細め、痛むほどの光に抗議する。彼女の声は声にならず、ただ叫ぶだけしかできないでいた。
電子音に話し声、そして誰かを励ます声が耳から入る。眩む視界はぼやけて見えず、彼女の手足は空を掻いた。やがて彼女の身体は柔らかな布に包まれて、大きく優しい誰かの腕に包み込まれた。
澄んでいく視界の中で彼女が最後に見たのは、微笑む女性の姿であった。輝く涙を流しながら彼女を見つめ、抱きしめると小さな声で囁いた。
「生まれてきてくれてありがとう。私の赤ちゃん」