106
壊れた防具を取り去って、胸に刺さった矢を抜いた。痛みに息も絶え絶えになりながら、多くの血を地に滴り落とす。レインと同じ位置にできた、ぽっかり開いた胸の穴を魔法で治す。痛みは徐々に薄らいで、傷は見る間に閉じていく。傷痕はもちろんカサブタさえも残す事無く、元の通り綺麗さっぱりで、零した血潮を除いたなら、まるで傷口なんて初めから無かったのかのようでもあった。
胸に残る痛みの記憶に手を当てる。痛みをもたらす傷は無い。ソードはレインの傷に触れると、赤い剣と青い剣に手を伸ばしオーロラと時折光る稲光の下、やっとのことで立ち上がった。
「ギルドの中に私がいる。でもその前に。クロス、頼みがあるんだけど」
赤い剣、そして青い剣を抜き身のままで左右の手から斜めに垂らす。ブラックジャガーの外套を、冷たい風になびかせながらソードが言った。
「ここから先は私一人で行かせてほしい」
「でも、アンタボロボロじゃ」
「わかってる。でも、私を産みだしたのはアイツだから。最後は私にやらせてほしい」
「二人で行けばいいのに。二体一なら絶対勝てる」
「クロスお願い。これが私の最後のわがまま」
少しだけ目を見開いて、そして目を伏せる。ソードの意図を理解してクロスは彼女に掛けるべき正しい言葉を見つけられず、風にかき消されるほどの小さな小さな声で一言だけ、わかったと、答える事しかできないでいた。
「もし私が失敗したら、あとはアンタに任せるよ。全てが終わったらアンタの好きに生きれば良い。私とは違う、アンタ自身の人生をアンタ自身の意思で。レインさんの望んだように。どんな形であれ幸せになって生きて欲しい。残ったアンタが幸せになるのなら、もう私には思い残すことは無いよ」
クロスは無言で頷いた。肩越しに振り返ったソードの目元は風になびく髪に隠れ、どんな眼つきをしていたのか分からなかった。何もかもを恨むような鋭い眼つきでない事を、願うだけしかできなかった。
外套を風に翻し、ソードは一人で通りを歩き出す。気づけば半分だけの月が昇り、日食の陽より明るく照らす。長くて暗い影をもたらして、青の剣はより蒼く、赤の剣はより紅く、輝くための光を放つ。
彼女はギルドの扉の前で止まると、音を立てて蹴り開けた。