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本気のレインにナイフを投げる。レプリカントの心臓部、ジェネレーターを目がけて一直線に飛んでいく。
レインは回避することも無く、空いた手を引き空中に水の棘を創りだす。透明な水の棘は腕に沿って滞空し、鋭くとがった棘の先が陽光を帯びて明るく輝く。彼女は固く握った拳を突き出し、水の棘を撃ちだした。
水の棘はナイフを落とし、ソードへ向かう。赤い剣で切って払うと、冷たい水が頬へと掛かる。次から次へと飛来する水の棘を全て切って払い落とし、精一杯の力を込めてジェネレーターへと突きを放った。
赤い剣の切っ先をナイフで受ける。一度は受け止められたかにも見えたが、レインのナイフに亀裂が入り細かな破片となり散った。レインは身体を捻りながら片手剣で赤い剣を三度切る。全く同じ角度強さでの攻撃を赤い剣は無傷で耐え抜き、むしろレインの剣を折って見せた。
ソードは剣を一度引き、両手に持ち替えもう一度突く。赤い刃の腹を籠手で逸らすと水の棘でソードを囲い、腰から抜いた青く輝く片手剣をソードの首へと突きつけた。
「勝負はついた。武器を捨てなさい」
彼女が持つ数多の武装の中で最高最強の武器であるオリハルコンの青い剣、破壊力の向上のため先端に施された装飾がジェネレーターの光によって鈍く輝く。その一方で軽量化の為に彫り込まれた透かしがいくつも並んでいる。
レインの目から目を離さずに赤い剣をそっと手放す。剣は手から離れて回転し、石に弾んで回って落ちた。
「レインさん。気づいていないとでも思った? 私を殺す気なんて無かったでしょ」
首筋に突き付けられた剣先を掴む。自分の首へと固定したまま、ソードはレインへ一歩近づく。オリハルコンの青い剣は動きに合わせて横へと逸れる。傷の一つも付ける事無く静かに輝く。
「ほら、やっぱりね。私の頭を撃ち抜くくらい、レインさんなら簡単だった。それでもそうしなかったのは、まだ私に変な希望を抱いているから。どう? 合ってる?」
刃から溢れる冷気がソードの首筋へと触れる。レインの眼つきは少しも変わらず、眉の一つも動かさず、そして一言たりとも答えなかった。
「私がこの感情を制御できると、克服できると思っているんでしょ。甘いよ。レインさん。自分を産んだアイツほど殺してやりたい奴は居ない。蛮族よりも魔族よりも、ソイツが一番憎らしい。もし本当に私を止めたいと思うのなら、殺すしかないよ。さぁ。レインさん。本気で止めたいと思うなら。この私を、殺して見せて」
ソードは両手を広げ、更にレインへと近づく。青い刃は首の横に合わせられたまま、それでいて傷の一つも付けないでいた。甲冑を纏う機械の少女の胸元で光る緑の輝きが一層激しく光を放つ。ソードは持たれかかるように、優しくレインを包み込んだ。
「ダメだよ。中途半端な覚悟でいたら。誰だろうと、自分の決心は貫かないと。でも、ありがとう。本物じゃない私でさえも受け入れようとしれくれた事。もしまた転生したのなら、もう一度またレインさんに会いたいな」
背後から矢が飛びソードの胸をを貫いた。鋭い矢じりはソードの身体を貫通し、ジェネレーターに深く突き刺さる。辺りに響き渡っていた高い音は徐々に消え失せ、レインの瞳の輪郭が白から元の色へと戻る。彼女の手から剣が落ちて、両の膝が音を立てて地面に着いた。彼女の重たい機械の身体に残された温かさをその身にしっかり覚えさえ、せめて天を見る様に仰向けになるように寝かした。
「大丈夫。私は大丈夫。この程度の傷なんでも無いから」
背後から駆け寄るクロスにではなく、自分自身へ呟くようにそう言った。ソードはレインのすぐ横で、地に手を付けるとグローブで自分の目元をそっと拭った。