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「タクト。お前にとって私が敵であるのは仕方ない。蛮族だからな。だがレインはどうだ? お前にはミツキとしての記憶もあるのだろう? レインはお前のことを。ミツキでは無くタクト、お前のことを気にかけていた。お前はそんなアイツさえ敵に回すと言ったのだぞ」
タクトは短剣と、片手剣を左右の手で抜き刃と刃を擦らせる。刃は遠くの雷の光を受けて一瞬間だけ青白く輝く。低く轟く雷鳴の中、短剣を半回転させ逆手持ちに切り替えた。
「お前はギルドを、世界を敵に回す事になる。今ならまだ私が、レインが、お前を守ってやることができる。タクトを、お前たち全員を、無傷なままで救ってやれる。だから頼む。ここで、引き返せ」
倒れるように歩き出し、徐々に加速し早足となり、更に速めて走り出す。極度な前傾姿勢を維持し、顔の前には短剣を、背に片手剣を構えて突っ走る。短剣そして片手剣、ワザと弾かれ短剣と、剣と剣とで金属音の三連符を奏で上げる。重たい剣でありながら全てを弾いたドレイクは、長い刃のリーチを生かしてタクトを遠くへ払い除けた。
「今ならまだ取り戻せる。レインはお前を捨てたりしない。私もだ。お前が望む物を、まだその手に取り返すだけのチャンスはある。心の底からお前を助けてやりたいと本当に思っている」
「今更、誰の助けも必要ない」
ドレイクの言葉の上から切りかかる。眉を潜めて目を細めると、両手剣を素早く動かしタクトの剣を遥か遠くへ弾き飛ばした。
「そうか。残念だ」
ドレイクはそっと両目を閉じる。髪の間から掻き分け角が伸び、肌に黒い鱗が現れる。黒い太陽に照り輝いて、鱗は一切の隙間もなく首から顔へと包んでいく。骨格も筋肉量も大きく変化し、人から獣へ姿を変える。大きく曲がったその背から一つの太く長い尾が生えて、一対の巨大な翼が天へと伸びる。最後に彼女が両目を開けると、黒い鱗が目元を全て包み込んだ。
片手で地面を叩きつけ、吹き飛ぶような咆哮をあげる。黒い翼を強く大きく羽ばたかせると、片手で両手剣を持つ。石畳に深い亀裂を入れると、暗い空へ向かって羽を広げてまっすぐ飛んだ。
黒い太陽と、緑のベール、そして輝く雷光の全てをその身に受け止めて、黒い竜がタクトに影を投げかける。空に羽ばたく竜の姿は急速に、歪み捻じれて黒く掠れる。太陽も、緑のベールも街も自分も、全てが全て同様に、うねりの中へと溶け込んで断続的な雷鳴は眩暈のように遠のいていく。
街が消え、オーロラが消え、太陽が消える。空を飛ぶドレイク目がけて剣を放つも、竜の姿は大きく捻じれ剣は虚空へと飛び去った。地面が消えて不意に身体が落下をし始める。何か掴もうとして伸ばす手
も先の先から消滅し、上下左右も全てが全て完全な黒に支配された。