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一方帝都の南側では、雷が鳴り始める前からタクトは既に動き出していた。
兵士達の放つ魔法の中を掻い潜り、次から次へと槍で突く。兵士の数はあまりに多く、突き飛ばす度に槍が大きくたわむ。彼女は槍への負荷をも考えず、力任せに蹴散らしていく。
閉じかけた門を突破した時だった。真正面の風景が大きく歪曲しだす。
水平だろうと垂直だろうと構わずに、水面のように大きくうねる。捻じれ曲がって生まれた歪みの間から、どこか青い空の景色が出現し、羽を広げて飛ぶ影が剣を両手にタクト目がけて飛びかかる。咄嗟に盾で防いだものの、馬から手酷く突き落とされて石畳の上を何度も何度も転がり込んだ。
左右合わせて十の指で、地面に長い跡を残す。力を込めたブーツがようやく止まる。半分を血に染められた顔を上げる彼女の前に、先の影が舞い降りてくる。巨大な翼膜に、隙間なく並べられた無数の鱗、防具を纏い筋肉質で黒く照る肉体を持つ一匹の竜が砂埃を払いながら着地した。
竜は人の姿へ形を変える。少女と呼ぶには少しばかり大人びた、勇者が剣を背に戻す。世界最高峰の勇者の一人でありながら、ドレイクと呼称される上位の蛮族でもある。時間と空間を共に操る魔法の持ち主、時空の勇者その人だった。
「ミツキ、では無いのだな。名は何と言う」
「タクト」
「タクト、か。お前にも名があるのだな」
「当然でしょ」
「そうでも無いさ。蛮族にとって名前とは、持っているだけで極めて名誉なことなんだ。下級蛮族は数が多く、知能も低い。自分の名前を与えられても、本人自身が記憶できない。名を付けてまで一人一人を重んじるのは一部の上位の蛮族か、人族であるかのどちらかだけだ。名があるのなら例え魔法で産まれたとしても、タクト、お前も一人の人族だ」
遠くで雷光が迸る。やや間を置いて雷鳴が鳴る。たった一瞬の間、視線を交わす二人の顔を照らしあげた。
「私にはあの人と交わした約束がある。人族であるお前に手を出す訳にはいかない。タクト。頼む、お前が人族の一人であると思っているのならば武器を納めてくれ」
タクトは背へと手を伸ばし、頭上で回しながら金属杖を両手で構える。眉を潜めるドレイクの両目を見ながら鼻を鳴らした。