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固まった砂の上にあおむけになり、胸を激しく上下させる。砂漠の熱もさることながら、運動不足が身に染みる。
レインさんなら笑ってよく頑張ったと言ってくれそうだが、こんな姿は見せられない。
ミツキは帝都へ戻った時にやる事リストの二つ目に、お師匠との組み手とメモをする。やる事リストの一つ目は言うまでも無く、綺麗な水での入浴だった。
ギルドで受ける依頼には、数日間も入浴できぬことがある。シャワーを浴びられなかったとて、命を落とすことは無い。しかし些か快適とは言い難い防具を身に着け動き回る上、極端に暑い地域であったり、極寒の場にさえ赴くことがある。さらに運が悪ければ、相手の返り血を浴びる場合や、最悪自分の血を被るのだ。
剣を置き、防具を外し、あらゆるものを流し去る。そんな時間をいつも楽しみにしていた。
赤く染まった大地に手を付き、彼女はようやく立ち上がる。サボテンの針に貫かれ、動かぬ翼膜を懸命に動かす。上下逆さに磔られたワイバーンがまだ勝てるとでも思っているのか、噛みつかんばかりに威嚇した。
戦闘機乗りの洋画で学んだ、勝利の手話を見せつける。人によっては怒らせるらしい。不用意に騒ぎにしたくないならば、絶対人間には見せるなと、言われて以来やめていた。
短剣を収め、ナイフを拾う。死してなお動き続ける長い尾を、ブーツと片手で押さえつける。力任せにナイフを押すと、生きの良い、鮮度の高い、翼竜の尾を二つ切り取った。蛇やワニが地域によって食されるなら、ワイバーンだって食べられる。ミツキ自身そんな話を聞いた事など一度も無いが、貴重なタンパク源であることには違いない。
試しに軽くかじってみるも、どんな肉でも当てはまるように、生食で美味しいと思えるはずが無かった。
太陽は紅く地平の直上まで沈み、歪んで二つに分裂している。どちらも太陽で有りながら、一つは蜃気楼がもたらした幻影であり、偽物だった。
熱風の中に冷たい夜風が混ざりこむ。穴だらけにされたバックラーを手に持ち変える。受け皿としてはまだ有用だ。果実を一つ腹に収めて、捨てた果実をバックラーに積み重ねた。
長い尾を肩にかける。サボテンに群がるハゲワシ達の前を横切り、フードを下ろすと夕陽を目指して歩き始めた。