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不幸せの告白

作者: 朝野黒

「ずっと好きでした、付き合ってください!」

 飾り気のない、ただただ胸に渦巻く想いを形にしただけの言葉。三日三晩必死に考えて、それでもこの気持ちを伝えるのにこれ以上の言葉が分からなくて、結局ありのままの想いを口にすることしかできなかった。

「……うん、いいよ。付き合おっか」

 彼女は、有崎奏は、全てを諦めたような表情で僕の告白を受けいれたのだった。


× × ×


 秋の日もすっかり深まり、つるべ落としの名にそぐわず、もう夕日が奥の空に顔を見せている。

 少し長引いたHRが終わり、教室の生徒たちは銘々に行動を始めた。

「それで?どうなったんだよ?」

 そんな中、僕の前に座る腐れ縁の友人、八掛翔は椅子の背もたれに肘を駆けながら半身でこちらを向いた。彼の眼からはありありと好奇心が読み取れる。

「何が?」

「惚けんなよ。告ったんだろ昨日」

グイっと顔を近づけて、翔は僕の耳元でささやいた。まあ、翔に相談した僕が悪かったというべきか。僕の恋愛話なんて話題があれば、彼が野次馬根性に駆られるのはわかりきっていたのだから。

「まあ、うん」

「んで?どうだったんだ」

 僕は観念して一つ、大きめのため息を吐いた。相談に乗ってくれたんだし、翔には結果を知る権利がある。

「一応、付き合うことになったよ」

 『一応』というところを少し強調して昨日の顛末を話した。僕だって、まだ疑念を捨てきれていないのだ。

 件の有崎さんは教室の前方に位置する彼女の席から時折ちらちらとこちらを見ていた。

「マジで!?やるじゃん響」

翔が不意に大声を出したけど、僕たちの声は放課後の喧騒に飲み込まれて、僕らの耳以外には届いていないようだ。

「……」

「どうしたんだ浮かない顔して?せっかく付き合えたってのに」

 翔が不思議そうに僕の顔を覗き込んできた。考え事をしていたのが顔に出てしまっていたようだ。

「いや、なんでもないよ」

「そうか?なんか困ったらいつでも相談しろよ。女心にはそこそこ心得があるからな!」

「相生さん限定でしょ……」

翔は確かに女心に敏い。ただし彼の恋人、相生さんが相手という条件付きで。一途と言えば聞こえはいいけど、彼が散々鈍感だのと言われてきたし、現在進行形で言われていることを僕は知っていた。

「う、うるさい。そんなことない…はず…」

「はいはい。相生さん、あそこで待ってるから早く行ってあげたら?」

 僕は教室の外で柱の陰からひょこッと顔を出しながらこちらを、というよりは翔を見つめている相生さんを本人に見えないように指した

「あっ!わり、先行くわ」

 相生さんに気づいた途端、翔は慌てて荷物を掴んで外へ駆けていった。

 ふと前を見ると、有崎さんは並んで去っていく二人の後ろ姿を、物憂げに眺めていた。

「有崎さん?」

 僕の声にはっとした様子で有崎さんは勢いよく振り向いた。

「ぼーっとしてたけどどうかした?」

 彼女はそのまま少し考えこむような仕草をしたあと、意を決したように顔を上げた。

「音無君、よかったら一緒に帰らない?」

 僕が言おうとしていたことを先んじて有崎さんが言った。一瞬虚をつかれて咄嗟に言葉が出なかったけど、彼女の申し出がとても嬉しいことなのは間違いない、はずだ。

 けれど、脳は何か不吉な警鐘を鳴らしている。僕が望むような甘酸っぱいナニかは、きっとそこにはないのだと。


「うん、一緒に帰ろうか」

 

それでも、僕は有崎さんと帰りたかった。

あの時の表情の意味を訊くために。


 × × ×


 茜色に染まった街を、僕と有崎さんで二人並んで歩く。僕と彼女との距離は拳三つ分。以前にも彼女とこうして歩いたことはあったけど、その時から何も変わっていなかった。

 しばらく、会話がない時間が続いた。あまり僕も彼女も話すのが得意な方ではないから、こういうことは度々あったけど、今は不自然なほどにその時間が長い。というのも、さっきから有崎さんは何度も何かを言おうとして、そのたびに口を噤んでいる。だから、僕も彼女がその言葉を紡ぐのを黙って待っていた。

 やがて有崎さんは、咎人が罪を懺悔するかのように重々しく口を開いた。

「音無君…、ごめんね」

 弱弱しい彼女の声音に、ひどく嫌な予感がした。背筋に冷たい汗が伝わるのがわかった。

「私、八掛君が好きなの……」

 彼女の言葉を受け止めた時、僕は思ったよりも冷静だった。少なくとも、自分では冷静でいられているつもりだった。

体から熱が失われていくような感覚と、心の中から何かが抜け落ちたような空虚さがあったけど、それも取り乱すようなほどのものではなかった。


 きっと、心のどこかでは気づいていたんだと思う。

 翔を目で追う彼女を見ていた。相生さんが教室に来た時、必要以上に二人から離れている彼女を知っていた。

「もう嫌なの!八掛君が相生さんに、私が知らない笑顔を向けてた。あんな優しい表情なんてもう見たくない……!お願い音無君……、この気持ちを忘れさせて……!」

 今にも泣きだしそうな彼女の言葉に、僕は小刻みに震える小さな肩を抱きしめた。けれど、彼女を覆う腕はひどく力なく、震えを止めることはできなかった。

僕は、彼女の傷を癒せるのだろうか?



 ――僕の傷はいつか癒えるのだろうか?



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