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8 昇り魚を獲ろう②

 辺りが暗くなるまで続いた本日のノボリウオ漁は、恙なく終わった。私はある程度身体が丈夫なのでぶっ通しでやって、成果は八匹。リーユィは合間合間に火に当たって身体を冷やさないようにしつつ二十二匹。ダブルスコアをつけられてしまった。でも後半は私も動きが良くなってたし、明日はワンチャンあるかもしれない。ちなみに一緒に帰郷してきた男は二十三匹、その彼女は三十七匹だったらしい。次元の違いに戦いていると、下流に構えていれば産卵を経て力尽きた個体が流れてくるそうで、容易く捕まえられるらしい。その分傷ついているので売り物にはならないらしいが……それは村で消費する分に充てるそう。それにしても、一人一人がこれだけの数を捕っても、上空には大きな龍の影が依然変わらず飛んでいる。祭りは龍がいなくなるまで続く。たしかに、龍の神様の恵みと信ずるに足るものがある。


 村の広場は、昼よりも喧噪を増していた。漁から帰ってきたのだろう若者や子供の姿が加わって、若々しさまで増している。昼に組まれていた土台を囲うように火が焚かれ、土台から真っ直ぐ天に伸びる竿を闇夜に照らし出している。竿の天辺には、ノボリウオを模した吹き流しが風を受けて静かに揺れている。鯉のぼりみたいやな。

 各々の火の周りでは、村人たちが暖をとったり、簡易な小屋の中でノボリウオの塩焼きを焼いていたり、普段使いでは絶対にないだろう五右衛門風呂みたいなでかい鍋を暖めたりしていた。縁日の屋台のようにも見えなくもない。


 祭りは、神事として奉るというより、宴会の様相を呈していた。豊漁を祝い、笑顔を浮かべ合っている村人たち。酒も振る舞われているようだ。こういう雰囲気で食べるというのも、嫌いではない。お祭りの屋台とか、妙に美味しく感じられるタイプだ私は。今の私は一人。リーユィは、なにやら顔見知りっぽい村の男性とお話にいってしまった。色恋沙汰で騒ぐ私ではないが、男の方はわかりやすく気があるようにも見えた。まあ深くは突っ込むまい。それよりも飯だ。

 まずは、どれにしようかな。村にやってきた当初は、まず塩焼き! と思っていたのだが。さすがに身体が冷えたので、スープからにしようか。その時々に食いたいと思った物を食うのが正しいのだ。恰幅のいいおばさんが、杖のように長大な木匙を両手に握り、五右衛門風呂と見紛う鍋をかき混ぜている。さながら魔女の釜のようだ。私の前に何人か並んでいたが、スープは盛るだけで配膳が完了するので、すぐに順番が回ってくる。


「あら、見ない顔だね。よその人かい?」

「はい。ノボリウオを食べてみたくて、王都から」


私がそう返答すると、おばさんは破顔して器にスープを盛ってくれた。なんか、大盛りだ。


「そりゃ嬉しいね。あんたちっちゃいから、たんと食べな」

「あはは、ありがとうございます」


器は、ずっしりと重い。両手で持たないと。零さないよう慎重に、慎重に。気さくなおばさんに会釈しつつその場を離れ、広場の中心から外れた外側へ。ここなら、落ち着いて食べられそう。


 器を覗き込む。ノボリウオのつみれ汁だ。団子になれば、普通の魚と何ら変わらないなあ。ざく切りにされた根菜は粒がでかくて、豪快な漁師飯っぽい。全体的に黄色っぽい汁だが、茹でたプクサの緑が彩りとして目に嬉しい。まずは汁から。匙で掬わず、器に直接口をつけて傾ける。なんとなく、そうした方が美味そうだったから。ずず、と口に含めば。うん。うん。塩焼きじゃなくてスープを最初に持ってきた私の判断は間違いではなかった。思ったより、身体が冷えていたみたいだ。長く息を吐くと、白い息が中空へ霧散し、思わず目で追ってしまう。空腹は最大の調味料って言うが、寒さもまた調味料たり得るのだと、身を以て実感する。けっこう、味付けは薄めなんだな。塩だと思うけど、ほのかに感じる程度だ。それより、肉や根菜のうま味が強い。いい出汁が出てる。料理は一度にたくさん作ると美味しくなるっていうのは眉唾ではない。

 つみれに匙を通すと、程々の弾力を返しつつも、半分に切れる。断面からは透明な脂が垂れ、スープの上に浮かび小さな島を形成していく。一口大になったつみれを口に運ぶ。あ、あっつ。口で呼吸しつつ冷ます。少々勇み足だったか。しかし……うん。いい。肉、割と口当たりは軽いんだな。脂っぽい感じはあまりしない。運動量が多いせいか、赤身の肉っぽい。あ、空を飛ぶから口当たりも軽いのか。……うまいよな。熱に苦戦しつつも嚥下する。この、暖かいものが暖かいまま喉を滑って胃の腑に到達する感触、結構好き。口内に残る肉の濃い味を、口当たりのいいスープに混ぜ溶かし、ごくりと飲む。半分にした先程のつみれの残りを食べる。も一度スープを飲む。よし、よし。なんか、さくさくいけそうだ。根菜を囓ると染みこんだスープの味とともに、多少の苦み。これも嬉しい。一皿の中に変化があるんだな。眼鏡の曇りを拭うのも億劫だ。言葉もなく食べ進め、程なくして器は空になった。


 うん、もう一杯余裕でいけそうだけど……。でもそれじゃ芸がないよな。身体も温まったせいか、消化器は調子よく動いて次なる飯を求めている。よし、初志貫徹……ではないけど、最初に食べたいと思っていた塩焼きでいこう。塩焼きの小屋に足を運ぶ。小さめの焚き火の周りには、串に刺され塩で化粧したノボリウオがたくさん屯している。火の番をしているおじさんに一言言って、串焼きを一本とって貰った。塩焼きはみな、胸びれを開いたままの姿だ。今にも飛んでいきそうとは言わないが、飛行するときの姿勢のまま、よく焼けている。早速頂こう。

 背中の肉を囓る。お味は……淡泊。でも決して不味くない。素朴な味わい。やっぱり脂が薄いんだ。食感はふわっとしている。激しい運動をするためか、骨が結構しっかりしてる。刺さらないよう気をつけよう。淡泊で癖のない味わいは、思わずといった具合にぱくぱく食べ進めていける。順調に可食部位が減っていき、そうするとでかい胸びれが邪魔になってくる。どうするかな……。囓ってみよう。ぱり、と小気味いい音とともに、唇の先で胸びれが砕ける。うん、しょっぱい。まあそうだよね。反対側の胸びれを引っこ抜いて、調理場の隅にあるゴミ箱に投げ落とす。おじさん曰く、食べられない部位は肥料にするそう。そう語るおじさんは、骨せんべいを囓りつつちびちびやっていた。一口分けて貰う。こちらも美味だった。


 お次は生食に挑戦しよう。生といっても刺身はさすがになかったので、マリネっぽい和え物だ。……生活の場は基本的に海らしいけど、寄生虫って大丈夫なのかな。川魚は深刻な寄生虫症になりやすいと聞くが……まあ、多分大丈夫だろ。みんな食ってるし。薄く切り身にしたノボリウオと、同じく薄切りにしたアーリーグローブを、適量のハーブとマリナード液で和えるだけの簡単なものだ。こういう場で出てくる料理ならそういうものだ。手間がかかってないものが美味しくないなんて法則はない。

 これもまたイケる。先の二種と違い冷たい料理だが、身体は温まっているので問題ない。マリナード液が思いの外きちんとしてる。レモン仕立てなのは分かったが、複雑な味なのでそれ以上は分からない。気になって配膳していた媼に尋ねてみれば、塩、ワイン、お酢、香辛料にエライア油で和えているらしい。聞いてから食べるとそんな味がする気がしてくるから不思議だ。いいな、これ。酒はあんまり飲まないけど、しょっぱすっぱくて、酒のあてになりそう、これ。

 生のノボリウオのお味は、あっさりしている。まあなんとなく分かっていたけど。何にでも合いそうな気がしてくるな。生のアーリーグローブは辛みがあってしゃきしゃき。フレッシュさを前面に押し出すこいつは、生食する傍らにあるととても嬉しい存在だ。食のハーモニーとかいう気取った言葉はこういう時に言うんだろうな。






 二皿目のマリネに舌鼓を打っていると、リーユィが戻ってきた。私の姿を見つけると、こちらへ近づいてきて私の隣に立った。手にはつみれ汁が盛られた器が乗っている。頂いてます、とマリネの皿を軽く掲げてみせると彼女は苦笑を浮かべた。それから、しばらくの間は無言で匙を動かす時間。広場の中央では、男の子たちが作り物の兜を被り、模造刀を持って相対している。龍神様に奉納する武闘だそうだ。男の子の成長と健康を祈る祈念でもあるらしい。昼に魚の捕り方を教えてくれた子の顔もあった。武闘というよりチャンバラの様相を見せる子供たちのお祭りは、五月の初頭という時節柄も相まって、端午の節句を私の記憶のうちから想起させた。


 どこか遠い目をしつつ、隣のリーユィが語った。


「あのね。昨日会ったばかりの人に言うことじゃないとは自分でも思うんだけど。私……さっき告白されてきたの」


……なぜ急にそんな話を。私は困惑した。が、どうにも聞かなかったことに出来ない雰囲気だったので、努めて平静を保ちつつ、私は先を促すように彼女と視線を交わす。彼女の瞳は、焚き火の揺らめく炎が反射してか、ゆらゆら光が揺れているふうに見えた。


「彼はね、剣舞で……ほら、今やってるあれね。あれでいつも二番目だったの。毎年同じ相手に負けて、毎年泣いてたわ。あんまり泣くからそのたびに慰めてやったんだけど、その頃から私が気になっていたんだって。だったら言えば良かったのにね。こんな大人になるまで黙ってて」


懐かしむように語る彼女。わずかに笑みが浮かぶ。でも、それから俯いて小さく呟いた。


「なんとなく、気付いてはいたんだけどね……。まあ、私は昔から好きな人がいたから、彼も言えなかったのかも」


なんと答えればよいのだろうか。私には分からない。恋愛経験値なんて皆無だ。絶無だ。戸惑いは増すばかり。私は沈黙しか返すことが出来なかった。それでも、彼女は独白を続ける。やや躊躇いを見せつつも、止めない。或いは、止められないのか。


「この村の子供は、みんな一度は都に憧れるし、私もそうだった。私は私の親友と、私の好きな人と三人で一緒に王都に出たの。さっきの彼はここに残ることを選んだけど……」


その無理矢理に浮かべたような笑みは、自嘲の色があったように思えた。


「……色々あって、私の好きな人は私の親友とくっついちゃった。もちろん、どちらも私にとって大事な二人だから祝福したけれど。正直、まだ感情の整理は付いてない……でも今はそれはいい」


その言葉には、空々しい響きがあった。それは、自分自身に言い聞かせているのか。


「彼が変わらず私を思ってくれていたのは嬉しいけど、どう答えればいいのか分からないの。ずっと好きだった人に脈がなくなったから、っていうのは、彼を代わりにしてるみたいで。ううん、代わりそのものよね。……仮に、結婚するなんて事になったら私は村に戻ることになるんだろうけど。王都での仕事も楽しいし。でも村に帰ってきたとき、ほっとしたのも本当」


淡々と述べる彼女は痛々しくもあったが。そこでようやく私は思い至ったような気がした。

まず前提として、私は人生相談の相手たり得ない。昨日今日会ったばかりの人間に求めることではない。だから、彼女は私に正答を求めていない。求めているのは、きっと別のことだ。

たぶん、聞いて貰いたいだけなのだろう。吐き出してしまいたいだけなのだろう。私が旅人である故に、彼女との付き合いが浅すぎるからこそ、差し支えなく心の内を、後腐れなく淀みを吐露できる。彼女の語る言葉は理路整然、とまでは言わないが。話す前から、着地点はすでに定めているふうに思えた。リーユィは自分の気持ちが、自信が行動選択を如何にすべきか、すでに答えを得ているのではないか。ひとつひとつ口にすることで、自身の中で整理をつけようとしているのではないか。だとすれば、必要な言葉は。


「待って貰ったら?」

「……」


彼女には、時間が必要だ。無理して急がなくてもいいはずだ。心の整理を付けるにしたって、少なくとも、私のような流れ者を使ってまですることではないと思う。もとより、彼女にそんな心算があったとは思わない。その告白ってやつのせいで、彼女の許容量は一杯になって、不意に溢れてしまったのだとは推し量れる。


「すぐにお返事が欲しいって言われてるの?」

「いえ……返事はいつでもいいって」

「誠実な人じゃないかな。まだ気持ちの整理がついてないリーユィのことを思っての言葉だと思うよ。だったら、この滞在中に結論を出すなんて急がないで、それこそ一年後にでも答えを出せばいいんじゃないかな。また帰ってきてさ」

「……」


彼女は、目線を落とす。言ってから、沈黙とともに不安が押し寄せる。いいのかな、これで。私は、人の人生に指図できるほど成熟した人間ではない。


「その、生意気垂れてごめん。問題の先送りに聞こえるかもしれないけど……」

「いや……ありがと、カンロ。私、冷静になれていると思ってたけど、まだ引き摺ってたみたい。一度、話してみるわ。彼とも、あの二人とも」

「そっか。ゆっくりね。リーユィは急ぎすぎるきらいがあるみたいだから」

「たまに言われるけど……そんなにかしら」


彼女の雰囲気というか、発していた空気が柔らかくなったのを感じる。私は長く息を吐く。自分で思ったより、緊張していたみたいだ。人一人の人生に関わるって、大変なことなんだなあ。


「ごめんなさい、こんな話をしてしまって」

「いいよ。一宿一飯の恩もあるし」

「そう。ありがと」


 そこからは、言葉はなかった。でも、悪くはない沈黙だ。空を見上げる。広場のちょっと上を飛ぶ、布で出来たノボリウオは変わらず穏やかな風に揺れている。その更に上空には、今なおノボリウオが空に龍の姿を模っている。何とはなしに、しゃがみ込む。ちょっとばかし、立ち位置を調整。空を駆ける二匹が寄り添うように並んだ。慣れないことをしているという自覚はある。ちょっとばかりの気恥ずかしさを払うように、大口を開けて残った最後の一口を食べる。マリネはやっぱり美味しかった。

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