第三話 特異日
山中でのキャンプ生活も、数日程度は楽しかった。
しかしながら、待てど暮らせど晴天にも拘らず、雷鳴が鳴る特異日などやってこない。
やはり俺は、親父に担がれたのか!?
事前調査として道なき道を進んで天神山の祠へと至るルートは確保済みだった。
禁足地である天神山には、鳴子や殺傷性の高い罠が彼方此方に仕掛けられており、道を切り拓くのは困難を極めた。
しかしながら、俺はお袋から罠の解除方法を学んでいたので、何とか突破することができたのだ。
幼い頃は、厳しい剣術の稽古や罠の解除方法の実習などをさせられるのは、嫌で仕方なかったのだが、今回は凄く役立っていた。
もしかすると、お袋も俺が天神山に挑むことになると予期していたのかもしれない。
そう考えると、単なる学者馬鹿である親父も必死の思いで天神山に挑んだのだろう。
否、親父の場合は、民俗学上の興味から嬉々として登ったというのが動機だろうか。
得てして人間という奴は、好きなことに対しては凄い執念をみせることがあるからだ。
確かに親父の説明通りに、大きな岩を刳り貫いて作られた磨崖仏のような石像が納められた祠が山中に在り、その裏には巧妙に隠された洞窟が在ったのだ。
冒険者気分で内部を探索したところ、件の磐座と石棺が鎮座していることも確認した。
その途中では、地下水脈を渡す橋を通ったり、縄梯子を上ったり、狭隘な岩の隙間を潜ったりと、ちょっとした冒険だった。
それでも道は踏み固められており、村人が頻繁に訪れていることが窺われた。
しかしながら、洞窟の内部は静謐な暗闇が支配し、異世界から美少女が流れてくる気配は皆無だった。
ピカッ、ゴロゴロゴロ、ズズズズズ
そして更に三日が経過した天気の良い午後、唐突に雷鳴が鳴り響いたのだ。
しかも雷鳴と共に不気味な地鳴りまでしている。
これは尋常な事態ではないと思えた。
つまり待ちに待った特異日が遣って来たのだ。
俺は急いでテントを出ると、切り拓いた秘密の小道を通り、洞窟の内部へと急行した。
流石に待機していた俺よりも早く到着した村人は、誰もいなかった。
問題の磐座は淡い光を放ち、白装束に包まれた美少女が横たわっていたのだ。
「な、なんて可憐で神秘的なのか! この美少女が異世界人……だというのか!!」
ただ、白装束といっても和装ではなく、ホワイトドレスといった装いだ。
件の美少女は、日ノ本人というか俺たちの生きている世界では在りえないピンクのふわふわとした髪をした可憐な乙女であった。
顔は小作りで、顎の線はすらりとしており、鼻梁の通った鼻筋に可愛い唇をしている。
視線を下げると、ホワイトドレスの胸部が蠱惑的に膨らんでいた。
こんな美少女は、電脳遊戯の中でしかみたことがない。
ドク、ドク、ドク、ドク
俺の心臓は早鐘を打ち、顔が充血して熱い。
ひと目で、この美少女のことが好きになった。
否、一瞬にして恋に落ちたといっても過言ではないだろう。
仮死状態であるため虹彩の色は不明だが、すらりとしたスレンダー体形にも拘わらず、胸部が豊かに膨らんだ傾国級の美少女であった。
そして彼女は両手の手首が、荒縄により縛められ、同様に両足首でも縛められていたのだ。
俺は、この可憐な美少女の縛めを解いて彼女にしたい。
ところが幾分冷静になって周囲を確認してみると、彼女の身体の傍らに、無骨なロングソードが置かれていた。
どうやらロングソードは彼女の愛剣で、副葬品として一緒に奉げられたらしい。
つまり、この美少女は姫騎士であるらしかった。
俺が到着して暫くすると、入り口から複数の足音がする。
どうやら村人たちが遣って来たようだ。
俺は岩陰に隠れて様子を窺うことにした。
村人と戦って美少女を救いたいところだが、多勢に無勢であるし、地の利も相手にある。
「三年振りのお渡りじゃのぉ」
「んだ、んだ。めんこい娘っ子ならおらの嫁だ」
「楽しみじゃのぉ」
他愛も無い会話をしながら、村人の若い衆が三人やってきた。
その中で、一番年上の者が嫁にする順番だったようだ。
それにしても言葉遣いは田舎者だが、外見をみると何処かの国の王子様のようにキラキラとした連中である。
ある意味、俺の同類に対して同族嫌悪なのか虫唾が走る。
「こらぁ~、めんこい娘っ子じゃけんど、剣を持っちょる」
「こん娘は、十中八九【姫騎士】じゃのぉ~。残念ながら村へと連れて行くわけにはいかんべぇ~~や」
「んだ、んだ」
「娘っ子、恨むんじゃねぇ~ぞ。成仏しちくれ!」
結局、村人たちは美少女の身体を磐座から持ち上げ、石棺の中に納めると帰っていった。
俺は村人の気配が消えたことを確認すると、石棺の中を覗き込む。
石棺の中に納められた美少女は、幾分顔色が悪くなっていた。
同時に彼女の存在が若干薄くなっているようにも感じたのだ。
このまま放置しておくと、彼女は目覚めることなく絶命し、遺体も残らず消失するという親父の説明が、やけに耳に木霊した。
俺は運命の出会いであると信じつつ、石棺の中から美少女を持ち上げようとしたのだが、重くて持ち上がらない。
これは美少女の体重に何かしらの加重が付与されているのではないだろうか?
これが所謂、世界の強制力というものかもしれない。
美少女が石棺に納められたことにより、この世界にとって不要なものと判断されたのか。
それに考えてみれば、村人が三人がかりで移動させたのだから、俺一人では厳しかったのだ。
多分、仮死状態から目覚めれば、体重も妥当なものに変化するように思えるのだが……。
だが何にしても、このまま放置するわけにはいかない。
俺は親父の説明を思い出して、事態の打開を図ろうとした。
親父の説明でもお袋は、石棺の中に納められていたはずである。
親父は俺よりも非力な学者先生なのだから、何らかの助ける手段があるはずだ。
お読み下さり、ありがとうございます。
最終話は、以下の予定で公開します。
第四話 妻問い 11月23日21時公開