忘れ去られた課題
3,追手
今日は災難な日だ。逃げ切ったはいいが、この先どうすればいいのか。
まさか地図を置いてくるとは、事態は急を要する。
…仕方ないか。
とりあえず進もう。
思い返せばこの女の子の名前も聞いてない。もう夜だし、キャンプがてら聞いてみよう。
俺はリュックからフライパンと薪を取り出し、巻に火をつけ、フライパンを温め、食べ物を切っていく。
女の子も手伝ってくれたので、案外早く終わった。
そして早速、俺は本題に入った。
「そういやまだ名前を聞いてなかったな。お前、名前は?」
聞くと、女の子は元気に、
「コル・シュバルツ!」
と言った。
「そうか。宜しくな、コル」
「おう!」
そう言って、コルは笑った。いかにも子供らしい笑い方だ。
ふと、フードのあたりに違和感を持った。
「…なんでそんなにローブのフードが膨らんでるんだ?」
聞いてみると、コルはフードを脱いだ。
「耳!」
あぁ、だからか。そしてその瞬間、息が詰まった。
綺麗な銀髪に、形の整った銀色の耳。耳にはささやかながら、綺麗な飾りが付いている。
なるほど、だから奴隷商人に捕まったのか。しばらく見とれていた、その時だった。
「やっと、見つけた」
背後からの声に、俺はバッと振り返った。すると、驚くほど近くに男の顔があった。
俺は咄嗟に腰にかけていたナイフに手をかざす。
だが次の瞬間、男の持っていたナイフが深々と俺の腹に突き刺さっていた。
4, 到着
……俺、死んだのか?
意外とあっけない人生だったな…。
コルは、今頃どうしているだろうか。
元気にやっているだろうか。どうやら俺が今いる空間には、俺以外にいないらしい。あたりはしんと静まりかえり、足元には俺の薄い影だけが長く尾を引いている。
もう、やり残したことはほとんどない。
未練があったって、やり直すことはできない。
短いが、悪くない人生だった。
……もう、眠ろう。
そう思い、目を閉じたその時、
誰かの声が、聞こえる。
それはとても子供らしい声だった。
そしてその声は、必死に誰かを呼んでいた。
「…ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん!」
その声で、俺は目を覚ました。
「…コル?」
「兄ぢゃぁん!」
名前を呼ぶと、コルは声を上げて泣いていた。
「どわっ!どうした、なんで泣くんだ?!傷に響くか
らやめてくれ!」
とにかく痛い!どうにかして泣き止ませねば!
というかここは…どこだ?
「起きたか。傷の具合は?」
その高い声を聞いて、俺は体を起こした。
声のする方に顔を向けると、若い女が立っていた。
「大分マシになった。君は?」
「私はナディア、ナディア・クレイドル。あんたは?」
「俺はナダ・クラウス。君が助けてくれたのか?」
「あぁ。ちょうど買い出しに出ていて、帰りにその子が商人に連れてかれてたから、逃がしてやったんだよ。するとその子が『兄ちゃんを助けて!』なんて言い出したもんだから、何事だと思って急いで駆けつけてみたら、あんたが倒れてた。あの時のことは、今でも覚えてるよ。…よく生きてるね、普通だったら死んでるよ。ほんとに大丈夫?」
「大丈夫。それより、コルを泣き止ましてくれないか?傷が痛むんだ」
「分かった。…ほら!もう泣き止みな。あんたの兄さんは死んじゃいないだろう?」
「うぁぁぁぁん、兄ぢゃぁぁん!」
「いだだだだだ!コル!しがみついてこないでく
れ!」
***
「はぁ、はぁ、やっと、落ち着いた…」
コルは泣き疲れて寝てしまい、今はベッドで寝かせている。
「ほんと災難だね」
同情してくれるな…。