せんしゃぶ! 第17話 藪の外
藪の中にいるとき何があっても、外からは藪でしかない
その年はイチョウがいつもより早く黄ばんだ。
秋、名古屋で開催される「タンクメッセ」。
昔は一般向けのタンクフェスに対し、タンクメッセはビジネス向け見本市という位置づけだった。
それが、昨今は一般デーも設けられ、プロ選手のデモンストレーションやアーティストのライブなど、一般客に寄った内容も増えている。
一般デーの日。
堺丘高校戦車部のライブ。
礼介たちのタンクロックに目をつけたグランドエイトの1つ・陸星高校の門司正勝がミニライブを頼んだのだ。
彩「何がミニライブだよ、ギャラリー1000人もいれやがって」
礼介「見本市の余興ってレベルじゃねー」
正勝「はは、親父が調子乗って会場1つ借り切っちゃって。でも嬉しかっただろ?」
礼介「ああ、今までの箱はでかくて300人だったからな」
博「サカキューは音楽でも一発行けそうだね」
正勝「マーケのヒロに喜んでもらえるのは光栄です」
博「光栄ついでにコーヒーもう1杯くれる?」
正勝「せっかくだし、陸星伝統の紅茶を」
麻衣「なら私も1杯」
正勝「お、Maiさんじゃないですか」
麻衣「正勝くんも中学のファッションショー以来かな」
正勝「その節はどうも」
みちる「やあ、赤羽先生」
麻衣「引率?それとも市場調査?」
博「今日は両方ですよ。あなたは?」
麻衣「私は引率、それと目白さんとファッションのチェックかな」
引率教師にしてはファッショナブルないでたちである。
麻衣「タンクファッションも急成長してるし」
博「芸術家の血が騒いでますね、先生」
みちる「赤羽先生、数年前タンクメッセのイメージガールやってましたよね」
一撃「ああ、そうだ、確かパンフに載ってたぞ」
博「似合ってましたよ」
麻衣「ありがとう」
紗友里「私も選ばれたいなあ」
麻衣「ちょっと広告代理店さんに頼んどこうかな?」
麻衣はこの麗しいスタイルの後継者にウィンクした。
零華「ああ、ずるーい」
千春「松風先生も頼んでくださいよ」
みちる「マーケのヒロなんでしょ」
博「バ、バカ、今私は公務員だ!そんなことしちゃやばいよ」
晴「見返りなきゃいいんでしょ」
守「ここはタダで1つ頼みますよ」
麻衣「頼もしい生徒さんね」
俊也「頼もしいって言えば中芸のダブルス、強いね」
紗友里「この勢いで予選は突破できそう。堺丘も順調よね」
晴「男子は創部7ヶ月、女子なぞ3ヶ月だが地域予選は見えてきたよ」
一撃「バラけていいっすか?」
晴「おお、見てこい。会場の外出るときは連絡してくれよ」
正勝「味間くん、レーション調理のイベント午後あるんだ。飛び入りしてくれる?」
蔵人「もちろんな」
まさかの正勝、味にも商機を見出したようだ。
一行は会場内に散っていった。
英雄と数子は新弾の砲撃イベントを眺めていた。
数子「いい音ねえ」
英雄「煙も反動もリアルだ」
数子「今度のダブルス、この弾使えるかな?」
英雄「発売来月だって」
数子「じゃあ決勝には間に合うよね」
英雄「君と日本一になるにはいい弾だ」
数子「日本一なんて小さいわよ、世界一でしょ」
英雄「そうだったな」
数子「その時はあの2人とも一緒に戦うのかな?」
砲撃を放つのは作並頼母と十条麗。
陸星高校の男女キャプテンである。
作並財閥の次期当主と十条家の令嬢としても知られている。
頼母「どうだい、この新作は」
麗「迫力も威力も魅力も1ランク上ですね、頼母さん」
英雄「何でも貫けそうだな、あの弾」
数子「私が貫くのはあなたとの愛」
英雄「ああ、何があっても貫くさ」
頼母も正勝も麗もメディアではMJ6(マジェスティック6)やらW6(ワンダー6)やら呼ばれている。だがその真価は観衆を魅了するパフォーマンスだ。
中学校の頃から学校での練習も、予選も観客席は満員である。
会場の一端にあるタンキング装備のブース。
新パーツの山。
そこで宇土工の一同がパーツをいじくっていた。
幸俊「お、バッチリハマる」
たかな「今年も良いパーツ出すね」
そこへ入ってきたのは礼介と彩。
オーディオ関連のパーツが目当てのようだ。
たかな「おお、レースケにサイゴンじゃない」
幸俊「ライブ良かったよ」
彩「褒められると嬉しいね」
礼介「あんたらは装甲やらギアのほうが重要みてーだな」
たかな「そうよ」
彩「しかし、ここの会社って作並くんとこのグループだよね」
幸俊「ああ、俺たちが準々決勝で倒した陸星のキャプテン」
たかな「次も倒してみせるけど」
一撃と晴、みちるは中央の広場に来ていた。
右手には試合のデータから得意苦手を分析するサービスが展示されている。
すみれと皐月、瑞希がスマホをいじっていた。
一撃「お、何見てるの?」
すみれ「久しぶり。」
みちる「SNSではずっと合ってるようなもんだけど」
晴「で、昨日の夕食のわらじカツ、どうだった?」
すみれ「おいしい。こっち名古屋のわらじカツ、味噌味なんだよね」
一撃「そっちにもわらじカツあるのか?」
瑞希「埼玉名物なのよ」
晴「ウィーン名物もわらじカツだったな」
すみれ「大島くんはウィーンに行ったことあるの?」
晴「1年ほど研究してたぜ、AIをな」
瑞希「IQ300ってのは伊達じゃないわね」
晴「AIにカツの違いを覚えさせたりもしたからな」
皐月がスマホの画面を見せる。
皐月「私たちの苦手な相手、ちょっと見てた」
一撃たちもスマホのアプリを弄り回す。
公式試合のデータはすでに入ってるらしい。
堺丘と彩の国の男子同士だとチーム戦互角と出た。
一撃「結構鋭い分析だな」
すみれ「でしょ!」
晴「だが、分析要素で欠けてるものがある」
すみれ「何?」
晴「こいつにゃ恋愛ってのがない」
すみれ「鋭いわね」
晴「仮説だが、俺たちがあんたんとこの男子倒せたのは愛の数で勝った」
すみれ「ほう?」
笑顔のすみれの目が鋭くなった。
晴「こっちは狙くんと真下さん、琴音くんと紺野さん、城山くんと次原さん、それに俺と零華」
すみれ「やっぱりあんたたち、そうだったんだ」
一撃「まあな」
みちる「隠すことじゃないけど」
一撃とみちるの顔がほんのり赤くなった。
みちる「彩高は市場くんと石蕗さん、刈谷くんと設楽さん、畑くんに飛騨さん」
一撃「4対3か」
すみれ「なるほど、面白い仮説ね」
すみれの顔を見る皐月の目つき。
それが一緒なにか焦点がずれたようになる。
が、すぐに元の目つきに戻った。
昇「そいつはどうかな?」
晴の後ろから昇の声がした。
昇「中芸は俺と香澄、正と遥、準と理沙、勝と玲奈、4対3で勝ってるはずだが勝ったのはあんたたちだ。」
一撃「なるほど」
すみれ「仮説は間違いだね」
すみれが吹き出す。
晴「唐沢さん、どうしたんだ」
すみれ「愛の数で勝負なんて、昔描いた同人誌まんまだったから」
一撃「そんなの描いてたのか」
瑞希「あんまり恋バナしてほしくないな?」
みちる「どうかしたの?」
瑞希「私、ちょっとね」
すみれ「ごめんごめん」
瑞希「隠すほどじゃないけどちょっと失恋モードだし」
晴「伊倉さん、そりゃ済まなかった」
瑞希「そ、そんな謝るほどのことじゃないから」
香澄「そうだ、私と昇、さっきそこのブースでエントリーしてきたよん」
香澄が隣のブースを指さす。
一撃「エントリー?」
昇「戦車タッグコンテスト。」
そのブースにはでっかく看板で
『タグつけて写真投稿!せんしゃくんのぬいぐるみプレゼント』
とあった。
晴「チルコ、撃、行ってきなよ」
みちる「晴は?」
晴「カラスミさんとちょいと仮説談義だな」
一撃とみちる、皐月はせんしゃくんのぬいぐるみが山積みされたブースを観ていた。
前では正と遥が手でハートを書いて写真を撮っている。
遥「おお、いい感じ」
正「お、あんたたち来てたの?」
一撃「ああ」
遥「世界にバカップルデビューするつもりなんだけど」
一撃「大丈夫かよ、こんな写真世界にばらまいて」
正「世界中でバカにされてもいいぜ、俺」
遥「愛ってのはね、世界を敵に回しても貫くものなの」
一撃「経験者は語るみたいな口調だな」
正「経験者だぜ、俺も遥も」
遥と正の話が終わる。
みちる「きついね、それ」
俺「けどよ、俺とみちるでも貫いてみせるぜ」
遥「あんたたちなら貫けるよ」
そこへ英雄が歩いてきた。
英雄「お、何並んでるの」
一撃「戦車タッグコンテストだってさ」
皐月が声をかける。
皐月「英雄くん、たまには私と」
その瞬間、後ろから
数子「英雄、ジュース買ってきたよん」
いつもの数子の声がする。
英雄「お、俺の分もか」
数子「そだよ」
数子の元気な笑顔。
皐月「そ、だよ」
皐月はつぶやいて去っていった。
ホールの間の通路。
人のいない空間。
皐月は壁にもたれていた。
試合では敵の動きを探りつづける黒い目は、敵なき空を虚ろにさまよっている。
頭の中をよぎる過去。
そこにいる皐月は身長172cmにDカップ、オール5の優等生ではない。
ちんちくりんな体、オール1の成績。算数も体育もビリ。
それでもクラスのみんなは皐月となかよしだった。
「かわいい」
「さっちんと一緒だと楽しいよ」
そのなかでも数子とは幼稚園からずっと同じクラス。
数子「遊びましょ」
皐月「うん」
笑うのも泣くのも一緒。
ブッキーとさっちん、お互いにつけたあだ名。
2人で観たマンガ。
ヒロインが恋をし、ポニーテールにして、好きな人に、リボンをほどいてもらって結ばれる。
2人でポニーテールにした。
小学5年になった。
2人は英雄と同じクラスになった。
席は皐月の隣。
ある日、サインペンが切れた。
英雄が貸してくれた。
芽生える恋心。
2人きりのとき、ちょっと背伸びして言ってみた。
皐月「市場くん、すき」
英雄「木屋さん、俺も好きだよ」
皐月「じゃあさっちんと呼んで」
英雄「俺もいちばんって呼んでよ」
手をつないで歩いて、草花で冠を作って一緒にかぶった。
誕生日を祝ってくれた。
学校の中でも外でも一緒に遊んだ。
皐月「幸せだね」
幸せが、ずっと続く日々。
数子「戦車見に行こうよ」
ある日学校で数子が言った。
手にタンクフェスのポスターを持って。
クラスの子はみんな行った。
川越から電車に乗って所沢へ。
会場の彩の国高校は歩く人がまぶしくて、大きく感じた。
テレビで見た憧れのプロチーム、スランバーズ。
それが話しかけてきて、一緒に写真を撮ってくれた。
リーダーのヴァーミリオンに話しかけた。
皐月「ユニフォームのVってどういうこと?」
やさしい笑顔で応えてくれた。
ヴァーミリオン「勝利のVよ」
英雄「俺たちも、ここの高校に入ろうぜ」
明郎「優勝しよう」
皐月が英雄にかけた声。
皐月「勝つよね?」
英雄「もちろん勝つさ」
皐月「全力で1番になってよ!」
英雄「俺、1番になるよ」
ふと思い出した、リボンの話。
皐月「ねえ、いちばん」
英雄「悪いけど俺練習に行くからさあ」
タンクフェス以来、英雄はタンキングに夢中だった。
つい先日まで自分に夢中だったのに。
席替えで、英雄は離れた席。
クラスの中はタンキング一色で戦車、戦車。
数子はタンキング教室に通ったり、スランバーズの試合やら、選手のファッションやら話題を持ちかる。
クラスの注目は数子に集まっていた。
皐月もタンキング教室に入ろうとした。
試験に落ちた。
ひでを取り戻したい。
夏休み。
髪型もヴァーミリオンの髪型、アップヘアにした。
強化合宿。
そこは劣等生の皐月にも優しく1から教えてくれる場所だった。
勉強も運動も基本から。
みるみる成績が上がっていく。
勉強や運動だけじゃなかった。
海に山に、水泳にキャンプ。
遊びも助けられる側から助ける側に。
引き換えに皐月から表情が消えた。
夏休みが明けた。
再会した英雄。
英雄はいつしか数子と交際するようになっていた。
必死で英雄を追いかけた。
同じタンキング教室に入った。
成績は数子を追い越し、英雄に迫るようになっていた。
いつしかクラス1の高身長になった。
体つきも大人びていく。
同級生は皐月を頼るようになった。
木屋さんは鉄仮面だけど、困ったことがあれば教えてくれる、助けてくれる。
友達。
英雄とも、数子とも。
友達として、英雄は優しくしてくれる。
数子もずっと親友として接してくる。
それは、壊してはいけない友情。
起こしたい。
友情をそのまま、英雄とよりを戻す奇跡。
自分が1番になれば起きるのか?
中学のとき、埼玉のタンキング射撃大会で優勝した。
タンキング以外で頂点に立てば起きるのだろうか?
体操教室。満点をとって1番になった。
学校のテストで満点をとった。
運動会の100m走で1番になった。
いつの日か、奇跡が起きて英雄の心が戻ってくる。数子との友情を壊れずに。
そう信じた。
けれども、奇跡は起きない。
つい、さっきも。
皐月「ブッキー、どうしていちばんを奪ったの!」
叫ぶ皐月。
数子「うばっ……た!?」
通りかかった数子と英雄。
驚愕の顔。
皐月「かず‥子」
数子「私が、奪った?」
皐月「奪ったじゃない!英雄くんを、いちばんを、タンキングに夢中にさせて、私を忘れさせて!」
声の限り叫ぶ皐月。
皐月「なんで、なんで!みんなと友達なのに、ずっと友達のあなたが!」
数子「やっぱり、気づいてなかったんだ」
皐月「気づいてない!?」
数子「あのとき、あなたはね、嫌われかけてたのよ」
数子の心に映る過去。
なんでも並の数子。
見た目も、背丈も。
そんな数子はいつも皐月と仲良し。
数子「さっちん、遊ぼ」
皐月「ブッキー」
幼稚園の頃から、なんでも助け合える仲。
小5。
英雄と同級生になった。
なんでも1番の英雄。
それが皐月と付き合うようになった。
背伸びした皐月。
数子「さっちん、おめでとう」
皐月「うん、ありがと」
親友の成長を祝う。
ずっとビリの皐月が、1つみんなの先にいった。
幸せな英雄と皐月。
影で聞こえる声。
「木屋さん、イケてない」
「なにあいつ、市場くんとつきあってるの」
「アホのくせに」
日に増す嫉妬の炎。
皐月は気づいてもいない。
気づいても、皐月1人で切り抜けられるかは火を見るより明らかだった。
クラスの話題を変える。
それしか皐月を救う道はない。
ふと見えたタンクフェスのポスター。
一か八か。
休み時間、タンクフェスの話を出した。
さいわいにも、皆それに食いついた。
フェスへ行くみんな。
帰るとタンキングの話題で持ちきり。
新装備にスランバーズに。
タンキング教室に通ったり、選手の話題を振りまく。
いつしかクラスの関心はタンキングと数子に向けられていて、皐月への嫉妬はすっと消えていた。
英雄にタンキング詳しい?と言われた。
一緒に教室に通うことになった。
英雄はがむしゃらにタンギングにのめり込む。
学校もタンギング教室も行き帰りで話すことは戦車ばかり。
皐月のことは口にも出さない。
皐月も英雄のことは話さない。
別れた、そう2人は別れたのだ。
なにがあったのか?
気にはなるけど、別れたことを聞くなんて残酷すぎる。
夏休みに入る。
皐月はどこかに合宿にいったらしい。
夏休みのある日、英雄が練習中にコケて怪我をした。
病院に連れて行った。
大した怪我ではなかったけど、待合室で待っている間、英雄にお礼を言われた。
英雄「ありがとう」
手を握られた。
数子「仲間だもん、当然よ」
英雄の手が熱いのを感じた。
英雄「石蕗さん、俺、キミが好きだよ」。
自分の中に、湧き上がるもの。
生まれて初めての感情。
それが恋ということに気づいた。
数子「私も好き」
リボンのことを思い出した。
英雄はリボンをほどいてくれた。
キスをした。
お互い初めてのキス。
それからずっと愛し合った。
数子「一緒に、彩の国高校でタンキングの頂点に立とう」
英雄「うん、2人で世界の頂点に。」
彩の国高校に入る。
学ばねば。
英雄と同じ塾に入った。
愛の力は成績も上げるらしい。
塾でも同じクラス。
学校もタンキング教室も塾も英雄と一緒。
学校の成績は並から最上位に。
美人と言われるようになった。
かわいいといわれるようになった。
背丈も胸も大きくなる。
皐月が後ろを追いかけてくる。勉強もタンキングも。
皐月は塾で、スクールで同じクラスになった。
マネキンのように無表情になって、喜怒哀楽を見せなくなったけど、何かあれば助け合える大切な友達。
中学のある日皐月が体操を始めた。
自分はローラースケートをやった。
英雄も興味を持って一緒にローラースケートする。
Webのギャル向けSNSに写真を載せた。
人気者になる。
1番になる。
そういって零華と2分する人気者になった。
夏の人気投票。零華に優勝を奪われ準優勝。
秋は反撃して優勝。
英雄も皐月も喜んでくれる。
中学生タンキング射撃大会。
埼玉県大会の主力戦車部門で優勝した。
皐月「一緒に優勝したね」
数子「友達だよね」
皐月「友達だよ」
高校の合格発表。
合格した。
英雄も皐月も。
皐月「おめでとう」
共に戦い、優勝した団体戦。
準優勝で落胆した英雄たち男子を励ましたのも皐月と。
数子「あなたを助けたつもりだった。それが、それが」
皐月「そ、そんな」
皐月の声色は震えていた。
数子「ごめん英雄、なんで、私、あなたから、皐月を」
英雄「数子、そうじゃない、俺が忘れたんだ、皐月を…さっちんを」
英雄の両目に涙が1筋流れた。
なんでも1番の英雄。
あだ名もいちばん。
振り返るより前を見る英雄。
今1番であること。
1番になりたいことに全力。
過去はどうでもいい。
小5。
数子と皐月と同じクラスになった。
幼稚園は違うし、小学校でもクラス違いの2人。
隣の席の皐月がペンを切らした。
貸した。
視線が合う。
なにかが繋がった気がした。
皐月と2人きりになったとき、英雄に告白してきた。
見た目はちんちくりん。勉強も運動もビリの皐月。
それが好きと言ってきた。
大人に見えた。惚れた。
好きと答えた。
手を繋いで、誕生日にクローバーの冠を作ってかぶった。
恋愛も1番のり。
そう、俺はいちばん、1番なんだ。
そんなある日、数子が
「戦車見に行こうよ」
と誘った。
クラスのみんなで観に行ったタンクフェス。
スランバーズのメンバーに会えた。エースでキャプテンのヴァーミリオンと一緒に写真を撮った。
みんなで選手になろう、勝とうと誓った。
皐月「全力で1番になってよ!」
英雄「俺、1番になるよ」
誓えば果たす、それが英雄のポリシー。
タンキング教室に通いだした。
数子が教えてくれた。
頭の中が戦車で埋め尽くされた。
練習の日々。
ある日怪我をした。
病院に数子が連れて行ってくれた。
戦車で埋まっていた心のなかで空いたすき間。
その隙間に数子へのなにかが沸き起こる。
感謝だけじゃない。
愛という気持ち。
思わず手を握りしめた。
英雄「ありがとう」
数子「当然よ」
英雄「好きだ」
数子「わたしも好き」
帰り道にリボンをほどいてと言われた。
ほどいた。
そのままキスをした。
数子が同じ塾に通うようになった。
なんでも並だった数子が同じクラスまで上がってきた。
学校、タンキングスクール、塾。
数子と共に学び、愛しあう日々。
大人への階段を一緒に上がっていく。
2人3脚する気分。
数子「一緒に、タンキングの頂点に立とう」
英雄「うん、2人で世界の頂点に。」
ある日、タンキングスクールで皐月が同じクラスになった。
しばらくして塾でも。
無表情な皐月。
背も胸も数子より大きい皐月。
昔のことなど忘れた。
ただ分かるのはすごい人だということ。
困ったときには助けてくれた。
熱い友情を感じた。
忘れた幼い恋心を上書きする熱さ。
タンキングの大会で優勝した。
数子が抱きついてきた。
皐月が祝ってくれた。
ローラースケートで一緒に数子と舞う。
皐月はうまいと褒めてくれた。
今度は皐月が体操で1番になったらしい。
数子と祝いに行った。
数子がギャル向けSNSで優勝したら3人でお祝い。
数子との愛。
皐月との友情。
それは不滅のように思った。
今、目の前には数子が、英雄が、泣いていた。
それだけではなかった。
皐月が、泣いていた。
皐月「う、うう」
タマネギでも泣かないと言われた皐月。
それが5年ぶりに、砂漠に大雨が降ったかのように、涙を流していた。
涙に反射する照明。
それは黒い水晶に、光をともしたかのように見えた。
皐月「私って、バカだ。好きと言って、相手の気持ちも性格も、何も知らずに」
いつのまにか周囲には人だかりができている。
一撃たちも、正たちも。
英雄「ごめん、さっちん、俺は君を忘れて、それなのに、ブッキーが好きで、君を」
3人の目からしずくが床に落ち続ける。
皐月の唇から言葉が放たれた。
皐月「私を救ってくれたんだ、ねえ、ブッキー」
数子「う、ううう」
涙を流しながら皐月が続ける。
皐月「いちばん、あなたはいつも全力で……」
英雄「う、うん」
皐月「ブッキー、いちばん、私、ずっとあなたたちと友達でいたい。だから、いつまでも2人で愛し合って、仲良く、」
数子「う、うう」
英雄「うう、うん」
英雄「狙くん、俺は、心を傷つけるのも1番だな」
涙の滝ごしに一撃が見える。
一撃「泣くのも1番じゃないか」
一撃はそう言うのが精一杯だった。
★補足
☆タンクフェス
日本各地で開催されるタンキングのイベント。
プロ選手たちのショーやタンクミュージックのライブなどが開催される。
☆タンクメッセ
タンキングの見本市。世界各地で開かれる。日本だと秋、名古屋で開催。
☆陸星高校
グランドエイトの1つ。宮城県利府町にある。富裕層が集まる上流層向け中高一貫校。
藩学の分校が発祥で期数も分校からカウントされる由緒ある高校。
頼母たち333期はその中でも学園内外を含め世界的な実力者の師弟が揃い男子は「Majestic6」女子は「Wonder6」と称される。
イギリス関連の装備使いが多い。またタンキングバトルは各校ともコーヒー派が多いが陸星は紅茶派が多い。
作並 頼母 (さくなみ たのも)
333期男子キャプテン。
ウェーブかかった黒髪セミロング。チャレンジャー2使い。
西郷頼母を尊敬する両親からつけられた名前だが名前ゆえに何でも頼まれる。
作並財閥の次期当主。
☆門司正勝
陸星高校333期(高校70期)。チャレンジャー2使い。
「まさかの正勝」と言われる幸運の持ち主。
タンクミュージックにも造詣が深い。
十条 麗 (じゅうじょう うらら)
十条食品グループを経営する旧華族十条家の令嬢で333期女子キャプテン。ストレートな黒髮ロングの沈着冷静なお嬢さん。チャレンジャー2使い。
☆門司エナジー
正勝の一族が経営するエネルギー企業グループ。
昔から一山当てることで有名。
☆作並グループ
頼母の父が率いる企業コンツェルン。かつての作並財閥。
☆十条ホールディングス
名門十条家が経営する企業グループの持株会社で製薬やバイオテクノロジーを得意とする。今は麗の父がCEO。




