其ノ肆ノ弐 王国へ 〜道中編・後〜
なんで……なんでだ。何故かコニオさんがおれの隣で寝ている。凄く顔が近い。それはいい。同じベッドしか無かったのだから仕方ない。
問題は、おれの方にあった。何故かコニオさんの腕に抱きつくようにして眠っていたのだ。全く覚えていない。……幸いコニオさんは起きていなさそうだ。起きないように腕を離して起き上がる。
うん。きっとコニオさんも気のせいだと思う筈だ。後はおれが何事も無かったかのようにするだけだ。難しいことではない。
おれは昨日買ってもらった服の皺を伸ばし、丁寧にしまい、あの奴隷服のような服を着た。
これから山を降るのだから、買ってもらった服だと汚れてしまう。せっかく買ってもらったのだから、これは山を降りてからでいいだろう。
コニオさんも起きて、二人で宿を出る時に、店主さんから、
「最近は王国からここまでの道に盗賊が出るらしい。気を付けろよ」
と有難いお言葉
を頂いた。本当に気を付けよう。
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村を出たのはまた太陽が出かけるぐらいの時間だ。前の世界では早いと思うが、この世界では普通なのだろうか。
昨日登った山を反対側から降って行く。
登りよりも降りの方が楽だと思う方もいるかもしれないが、基本的に登りよりも降りの方が辛いと言われている。
それは、登りは自分でペースが作れるが、降りはペースを作るのが難しく、スピードが勝手に出てそれを抑えるのに体力を余分に使ってしまうからだ。
結局降りきる頃にはせっかく昨日ぐっすりと寝て……うん。何も無くぐっすりと寝て回復した足が限界を迎えてガクガク言っていた。さすがに少し体力が無さすぎでは無かろうか。
しかし、山を抜け、見下ろす形になったおれの目に、
見渡す限りの堅牢な城壁。その中にぎっしりと並んで色とりどりの屋根が染める城下町、そして中心に、前の世界でさえ外国の旅行冊子でしか見たことがないような豪華絢爛を表したかのような西洋風のお城が建っている風景が飛び込んできた。
ああ。やはりこの世界はおれの元の世界とは違うところらしい。まるで……?
何なのだろう。何かに似ているようなきがしたがおれがこんな豪華な景色を見たことなど無いはずだ。
未知の世界への緊張と元の世界への寂寥を飲み込んでいると後ろからコニオさんが話しかけて来る。
「見えたか。あれが俺たちの目的地の王国だ」
そういったコニオさんの顔も懐かしさを感じているようだった。
『ここから先はまた草原ですか?』
「……ああ、ここからはまたずっと道沿いに行けば、そうだな。日が落ちる位には着く」
『ではもしかしたら誰かと出くわすかも知れません。この服ではまずいですし、そこで着替えてきますね、少し待っててください』
そう伝えて山の木々の中に入り、レジャーシートを木に引っ掛けてカーテンのようにした。
そして買ってもらった黒い服――――もちろんメイド服では無い。を取り出し、来ていた服の上を脱ぎ、下を脱ぎ……
その瞬間、ガサガサと茂みが震え、中から出てきた
「(おい!盗賊の集団がこっち……に……)」
……コニオさんと目が合った。
コニオさんが視線を下へ。それにつられて自分の身体を見下ろすと、まだ衣服を身につけていない、ブラジャーなるものも着けていない────と言うより持っていないし必要ない、下着のパンツのみの自分の姿が目に入る。
視線を戻す。
……コニオさんと目が合った。
「ーーーーッッッーーー!?!?」
顔を真っ赤にして胸を隠して蹲る。焦りと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなほど混乱した頭の中は
盗賊がいるなら声が出なくて良かったな。
何故か驚く程に冷静だった。
それでも何故かさっきから目の焦点が合わない。ぼやけてみえる。
……泣いた。それはもうボロボロ涙を流して泣いた。
「(……すまない。とりあえず急いで着てくれ)」
コニオさんはこれ以上下手に刺激することを恐れたのか、静かに戻って行った。
泣きながら着替えた。スカートを履き服を着た。
着替え終わる頃にやっと少し落ち着いて、シートを剥がして仕舞った。
するとコニオさんが木に隠れていた。
「(……戻ってきたか、本当に済まなかったが、今も盗賊は近付いている。緊急事態だったんだ)」
そう言われて、山の背の高い草から下を見てみると、5、6人程の、布の眼帯をしていたり、タガーを持っていたりしている、いかにも盗賊な格好をした集団がこちらに向かってきていた。
『……どうしますか?』ジトっとコニオさんを見る。
「(……このままだとぶつかるな。此処で待って不意打ちしてもいいが逃げられると厄介だ。何か一箇所に集められればいいんだが)」
目を逸らしながらコニオさんが囁き返す。
『.....なら私が行きます。余裕があれば魔法で捕らえますし、きっととり囲んで来ますよね?』
「(.....危険じゃないか?)」
『大丈夫ですよ。魔法で全身を覆います』
「(いやしかし……)」
長くなりそうなのでさっさと準備開始だ。
“大気に漂う風よ『我が衣となり』『我が敵から守れ』
殴る蹴るから身を守れるくらいに
《エアー・アーマー》”
唱え終わると身体の周りに何かが纏っている感覚。しかし全く見えない。少し強めに腕を叩こうとすると、何かに阻まれた。ちゃんと出来ているらしい。ただ、衝撃は来た。痛みは無いが衝撃はあるらしい。
それを確認すると、おれは草むらから道へ出て、盗賊とすれ違う様に走り抜けようとする。後ろに顔いっぱいに待て、と書いてあるコニオさんが見えるがそっちはそっちで上手くやってもらおう。
そして盗賊達に差し掛かった時
「おい!そこのお嬢ちゃん!ちょっと待ちな!」
案の定先頭の男がおれを引き留める。
「?」
わざとよく分からないような顔を盗賊達に向ける
「どっから来たのかは知んねぇが良さげな服じゃねえか。パパとママは何処だ?えぇ?」
馬鹿にした様な口調でおれに言ってくる。そしてその間に既におれを取り囲む様にしている。
ここまでは想定通りだった。ここから傷つけられなくてイラついている盗賊達を魔法で捕らえるなりしてしまえばいい。
おれが何も答えないでいると、男は苛立ったようで、
「済ました顔してるんじゃねぇぞ!」
殴られた。手が出るのが早過ぎるとは思ったが痛みはない。衝撃で後ろの男にぶつかると、その男が羽交い締めにしてきた。
「……ボス!この感覚、《アーマー》系の魔法使ってますよ。」
バレたのか。どうするのかと思っていたら、何故か男達は下卑な笑いを浮かべ始めた。
傷付けられない筈なのにその笑みに一瞬背筋が凍る感触がした。
「もしかして嬢ちゃん、その魔法使ったの初めてか?安全だとでも思ってるんだろ?その魔法にはなぁ、こうやるんだよ!」
そう言うと男は、
おれの首を締めた。
締まる。締まる締まる締まる。
なんで…………?
「ーーー…!ーーーーーー!」
息が出来ない。足が浮かぶ。自重で締まる。
男が手を離した。落下する。
「〜〜っ……」
咳にもならない嗚咽が勝手にでて酸素を補給しようとする。盗賊のボスと呼ばれていた男はそんな俺の肩を持って無理やり見上げされられた。
見上げると男と目が合った。
男の下卑な笑いを浮かべた顔が怖い。
必死に睨むとおれはガタガタと震えていることに気づいた。
「大体これやると……魔法は剥がれるんだよなぁ!」
そんなことを言いながらお腹を殴られた。
痛い。痛い痛い痛い。熱い。
殴られた所が熱を持ちおれを蝕む。
涙が滲む。
おれが泣き出して満足したのか男が殴るのを止め
「さぁーて、んじゃあこいつ連れて言ってパパンとママンから身代金でもとりますkッ...」
周囲の盗賊達ごとコニオさんに両断された。
……遅すぎるよ……コニオさん……
そんな意味のわからないことを考えてしまう。
おれは泣きながらコニオさんに抱きついた。
コニオさんは少し困った様な顔をしていたが、拒まずに抱きしめてくれた。
そうして泣いているうちに、泣き疲れて眠ってしまった。
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目を覚ますと、おれは見知らぬ所に寝かされていた。
身体を起こそうとすると、お腹に痛みが走る。
「目を覚ましたか。無理はするなよ。」
横を見ると、コニオさんが料理を運んで来るところだった。
コニオさんを見て、先程のことを思い出し、申し訳なさでおれはまた涙が出そうになる。こんなに涙脆かっただろうか。
『ごめんなさい。心配してくれたのに強行した挙句まためいわくかけてごめんなさい。コニオさんにちゃんと指示を仰いですれば良かったのにごめんなさい。お……わたしに出来ることなら何でもしますから。許してください』
キラキラと空虚な光が言葉を連ねる。
……どんなに文字を重ねても淡白だ。こんなにも謝罪の気持ちに満ちているのに、気持ちが全く伝わらない様な気がする。
「ーーーーーぃ……!ーーー!」
だからと言って声で伝えようとしているのに、一向に言葉になって喉を通ってくれない。どうすれば。どうすれば。
どうすればこの気持ちを分かってもらえる。
「ッ……?!」
不意にコニオさんが抱き締めて来た。ビックリしたが。暖かかった。
「大丈夫だ。俺も直ぐに助けてやれなくて済まなかった。お前が気に病むことは何もない。こうして無事に王国に着いたじゃないか。あの盗賊は戦闘力が高くて多額の賞金がかけられていて、お陰でいっぱいお金を貰えた。それでいいじゃないか。」
コニオさんが慰めてくれる。落ち着くことが出来た。
あんなに勝手なことをしでかしたのになんで怒らないんだろう。
そんなに優しくされて。
……わたしはどうやってコニオさんに恩を返せば良いのだろう。
こうして、わたしとコニオさんは王国に到着した。
やっと着きました。其ノ肆だけ長過ぎい。
許してください。