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エルフは言霊に希う  作者: 望月うさぎ
壱ノ章 「いってきます。」
25/28

其ノ拾捌 伍ノ業間 一つの答え

その後、もう一度マナ校長先生に転移魔法で送ってもらい別れて教室に戻ったが、半ばわかってはいたが既に授業は終わっていた。教室に一人残って荷物を纏めていると静かな空気に釣られて未だ答えの出ない『悩み事』が顔を出してくる。それは校長先生から提示された分かれ道。

確かにマナ校長先生と学ぶのは攻撃魔術の使えない今の状態を鑑みれば、いや、それを考えなくても利点は多く、学べることも多いだろう。しかし、攻撃魔術が使えなくても慣れてきた今のクラスから離れることに、抵抗があるのも確かだ。

純粋に、楽しいのだ。クインさんと共に過ごす日々が、ようやく仲良くなれた人達と過ごす日々が。


その思いが私の決断を止めている。


そんなことを考えているといつの間にか荷物は既にまとめ終わっていた。


何度目とも知れない溜息を心の中で漏らし、教室を後にする。階段を降り、校門にさしかかり、



「やっと帰ってきたわね」


そんな声に跳ねるようにその声の方向へ身体を向けた。


『......クインさん』


そこには制服から着替え、私服となったクインさんの姿があった。ふんわりとした長袖のワンピースで、白を下地として胸元からは黒の上地となっておりクインさんの清楚さと大人らしさによく合っているように感じた。

服にはファスナーなどといった固定具は存在しておらず、胸の下と二の腕に巻かれた金属と紐で固定されていた。

また、裾はどちらもミニスカートの様になっているが、黒の方がが三つの大きな鋸刃状になっていて白よりも短くなっており、下から下地の白が見える。

靴はロングブーツで、正面で紐でクロスの列を作るようにして結ばれていた。


まじまじとクインさんを眺めてしまったのは

見慣れない私服だからか、

それとも今一番会いたくて、一番会いたくなかった人だからか。


『どうしてこんな所に?』


出来るだけ感情を抑えながら問う。


「校長先生と何をしていたのかが気になって、待とうと思ったのだけれど、授業も終わっちゃって、あなたの荷物に万が一があったらってことで皆帰されちゃったのよ。だから次に可能性の高いここで待ってたの」


クインさんはにこやかにそう答える。と、ふと真剣な顔持ちになり


「本当なら簡単に何があったのか聞き出して帰ろうと思ってたのだけれど、何だか悩んでるみたいじゃない。時間さえ良ければ、私の家、というか寮で話を聞くわよ?」


と聞いてくる。やはりわたしが悩んでいることはバレていた。その重さまで見抜かれているのか、その言葉は疑問の形を取っていたが、拒否など許さないような強さを秘めていた。


あるいはそう感じただけでわたしが聞いて欲しかっただけか。


わたしは頷いた。


二人で寮に行き、寮監に入室願いを出し、もう幾度と

なく訪れたクインさんの部屋に入り、いつもの通りにお互いに向き合って座る。


「それで?今日は何があったの?」


『校長先生に先生専用の研究室? の様な部屋に連れて行ってもらって、そこで医療魔術の説明を受けた後で実際にそれの練習をしてました』


それを見たクインさんは少し驚いた様な表情をみせた。


「練習してたってことは、使えたのね?」


『はい』


「それならいいことじゃない、何を悩むことがあるの?」


一番予想できていて、一番聞かれなく無かった質問がまるで銃の弾丸のように飛んできてわたしを貫いた。

思わず返答に長い間が開く。

その一秒が一分にも、一時間にも感じられる時間の中、ゆっくりと言葉にしてゆく。


『帰る前に、校長先生から提案されたんです。今のクラスを抜けて、校長先生と医療魔術の勉強をしようって』


『それでその提案を受けるかどうかで迷ってて』


それを見たクインさんはふーん、と何かを考えるような仕草を見せる。


そして。


「それは受ける以外無いでしょう?悩む理由がよく分からないのだけれど」



............



『あっ、そ、そうですよね、わたしも勿論そうでしたけど、なんと言いますか、誰かの同意が欲しかったと言いますか、そんな感じで、ええ、あ、もうそろそろ帰らないとまたコニオさんに心配されちゃう、ご心配をかけてしまって、すみませんでした、では、また』


自分でもおかしくなっている自覚があるが止まることなく立ち上がり、声を掛けられる前に部屋を出て、呼び止められる前に走り出した。


走って、走って、走って、走って。




理性のある心が冷静に止める。

常識的に考えておかしいのはわたしの方だ。攻撃魔法が出来ない奴があのクラスに残る意味も利点も無さすぎる。それよりも校長先生と練習を続けた方が圧倒的にマシだ、と。

それを聞いて同じ心の中で感情的な心が叫ぶ。

たとえ甘ったるいドラマのような期待だったとしても

クインさんなら、共に悩んでくれると思っていたんだ。


なら、と嘲笑う様な声が聞こえる。


なら、止めて欲しかったのか?


いや。


なら、クインさんが両方の可能性を考えて、止めるような馬鹿なことをすると思うのか?


いや。


なら、しないとしてこちらのことを考えずに何かすると思うのか?


......分かってる。考えてくれていることくらい。


なら......



「あ、ミツキ、どうしだっ」


誰がにぶつかって走りが止められた。衝撃は意外と大きく倒れそうになるがすんでのところで抱きとめられる。


自分の体よりも大きい体に抱かれて視界は全く無くなったが、感触、匂い、そして一瞬聞こえた声で、全く恐怖はなく安堵さえ心の中に満ちていくようだった。


『......周りを見ていませんでした。すみません、コニオさん』


「そうらしいな......暗かったとはいえ、ここで衝突することになるとは思わなかったぞ」


そう言って離してくれる。見渡すと、とても長い間走っていた気がしていたが、そこは学校からは遠くない毎日通っている橋の中央だった。本当に本来ならばぶつかる筈のない場所。コニオさんも、どうやって止めるか悩んだのだろう。その顔は、申し訳無かったな、という風な笑みといつもの見ている、それだけで安心できるような朗らかな笑顔が混ざりあったような笑みを浮かべている。


距離はそんなに離れていなくても、それでも速度は出ていたらしくいつの間にか息は上がりきって自然と肩で息をしていた。そんなわたしの様子をみて流石に何もバレない筈は無く、


「何があったのか教えてくれるか?取り敢えず家に帰ろう」


と言ってコニオさんは私に手を差し出した。素直に手を繋いですっかり暗くなった道を二人で歩いて帰った。


>>>>


それから家に帰り汗だくになってしまった身体を綺麗にして、コニオさんに全てを話した。

最近の《呪い》のこと、校長先生とのこと、クインさんとのこと。そして今の悩みのこと。聞いている間、コニオさんは殆ど反応を返さず、わたしの話を静かに聞いていた。話し終わり、コニオさんの反応を待つ。文字の光も消え、部屋の中に静寂が訪れる。




そして、コニオさんは口を開いた。


「ミツキ、お前はもっと自分勝手になってもいいんだ」


『え......?自分勝手、ですか?』


「ああ。ミツキは賢くて優しいから、全てを理解した上で自分の意見を殺す。普段なら少しの我慢だ。でも、俺は少なくとも今は我慢なんてしなくてもいいと思う。自分がしたいように全てを動かせばいいとも思う」


『そ、そんなのは流石にずるく無いですか?』


「確かにそう思えるかもしれないが、俺はミツキはもっと自分勝手になって欲しいんだ。そうやって何個も何個も難しいことで悩んで欲しくないんだ」


「今のミツキは誰よりも特殊で、特別で、不幸で、凄いやつだ。他の誰も、お前みたいな完璧な魔法適正と呪いを得ることは出来ない。なのに向こうが勝手に配属させて、ミツキのせいじゃない呪いのせいで勝手に他のところに移すなんてあんまりだろう?」


『で、でもそれは校長先生がわたしを思ってのことで悪くはないんですよ?』


「思っていたら何をやってもいいと言うわけでもない。本人がこんなに悩んでたら本末転倒だ」


「だから、そんなに悩むならいっそ、マナにミツキのクラスについて貰えばいいじゃないか」


『......え?』


「そうすれば離れなくてもいいし望んだ教えも受けられるし悩みなんてなくなるだろ?」


『流石に私の為だけにそんなことまでは出来ないですよ!』


「確かに俺は学校のことをよく知らないから例えばの話になるが、ミツキなら考えられるだろ?こんな方法が」


返す言葉は無く、沈黙。確かに考えれば案が出ないことは無い。しかし、それは恐らくこの世界には無かったものだ。


本当に、許されるのだろうか。


「何も難しいことは考えなくていい。お前がやりたいようにすればいいんだ」


「忘れるな。背中を押してやるくらいしてくれる奴は一杯いるぞ」


『......はい。ありがとうございます』


「もう、大丈夫そうだな」


『......はい。大丈夫です』



そしてわたしは自室に戻り、眠りに就いた。

コニオさんのお陰か、悩んでいたとは思えない程ぐっすりと眠ることが出来た。




目を覚ます。外はまだ暗かった。想定通りだ。もう随分と慣れてしまった手つきで髪を整え、コニオさんを起こさないようにキッチンへ。何時もは食堂を利用しているから作らないが、今日は大きな籠にいつか作ったようなサンドウィッチを詰める。今回は調味料や食材は色々あったので色んな種類を作った。

そしてもう一度自室へ。汚れない様に着替え無かったので着替える。成長と共に少し最近少し小さくなってしまった始まりと一緒に着ていた服、今では寝間着となっているそれを脱ぐ。いつの間にか女物の服にも慣れてしまっていた。そして着る服は何時もの制服では無く、昔山の村でコニオさんに買ってもらった服。こちらは何故かサイズが小さく無く、心地よい程にゆったりとしたサイズだった。

そしてそのまま身支度を終え、リビングの机に多めに作っておいたサンドウィッチを置いて玄関へ。


「頑張ってこい」


靴を履いていた背中に声を掛けられる。予想もしていなかった声に急に立ち上がろうとしてつんのめって倒れそうになるのを、声の主、コニオさんが止めてくれた。


『すみません、起こしましたか?』


「いや、ミツキならこれくらいはするんじゃないか、と思ってな」


バレていたことに少しの恥ずかしさを覚えて起こされながら思ったことを送る。


『......そういえばいつかもこうやって泉に落ちかけたのを助けて貰いましたね。今回も助けて貰って、何時も助けて貰ってばかりで』


「ああ、あの時か。懐かしいな。だがな、俺は助けになれているならそれでいいと思うんだ。いつか俺も助けて貰う時が来るかも知れない」


『そうですか......そうですね』


そして服の乱れを治して、


『いつか必ず助けて見せます。それでは、行ってきますね』


家を出る。向かう先は学校だが、早く行かなければ必要以上の人に見られると面倒くさくなる。


少し急ぎ足で向かっていると、まだ薄暗く朝霧の立ち込める大橋の向こうから、人影が見えた。


こんな時間に起きている人がいるのかと少し驚いて

近づいて、思わず足が止まってしまう。

相手も、驚きをその端正な顔に貼り付けて足を止めていた。


『......』


「....っ..」


『クインさん』「ミツキさんっ」


そこには制服で息を弾ませながらわたしを見るクインさんの姿があった。


確かにわたしはクインさんに会いにいつくもりだったが、こんな所とは思わなかった。

予想外だったのは向こうも同じだった様で、お互い言葉に詰まって朝にその静けさが数瞬戻った。


なんて言おう。昨日はとんでもない事をしてしまったので今更な気もするが、それでもできるだけ困らせたくはないのだ。


「......ねぇ」


そんな考えを巡らせていると、クインさんが口を開く。


「どうしてこんな朝はやくに?」


考えはまとまらないので、思ったままを返す。


『クインさんに会いに』


「......私もよ。ミツキさん、あなたに会いに来た」


『何のためにですか?』


「今日会わないと全てが終わっちゃう気がして」


『......わたしもです。クインさん、そしてもう一つ。お願いがあるんです』


「お願い?」


『はい。今日は、男子も居ませんし、クインさんに案内をお願いしたいんです』


「案内って言ってももう随分とあの学校にも慣れたと思うのだけれど」


『学校では無く、......この国を』


そう。つまりクインさんに持ち掛けたのはこのまま学校をサボってしまおう、という話に他ならない。


「! ......ふふっ」


『?』


「いえ、まさかあなたからそんなことを言われるとは思わなかったから」


『そうですか?』


「......そうよ。だって学校であんなに評判の《真面目で素直なミツキちゃん》、が学校の時間に学校に行かずに遊ぶなんて。考えられない事だわ」


大袈裟に嘆いて見せるクインさんに思わず笑みがこぼれる。


『素直な女の子は悪い鬼に攫われるんですよ』


「確かにこんな無防備そうな女の子は攫いたくなっちゃうわ」


そんなことを言ってひとしきり笑い合い、わたしたちは初めて学校をサボった。

わたしは前の世界でもサボった事は......無かっだだろうか。思い出せない。......思い出せないのだが、その何とも言えない背徳感は慣れそうもないものだった。


「それじゃ、行きましょうか」


そういって、クインさんは手を差し出してくる。

自然と差し伸べられた手を思わず握ると、クインさんはニッコリと笑って歩き始めた。


「この国は広いから、有名な所を色々紹介してあげるわ!」


そういうクインさんの声はとても嬉しそうだった。



まず連れてこられた場所は開けた場所に様々な店が目移りするほど様々な種類の物を売っている所だった。


「まずはここね、ここの一帯は普通の店とか露店とかが密集してて色んなものが売り買い出来るの。そしてついたあだ名が《商店通り》。元は広場の周りに偶に露店が出ていた程度だったのが、今では何時でも活気溢れる場所になったわ」


そう言われて建物に目を移すと、なるほど中にもまた違った種類の物が売られていて居るようだった。


「どうせならお金を持ってくれば良かったわね、安くてすぐに食べられる様な物も沢山あるから、一緒に食べられたのに」


『すみません、私が急に言い出したことですので、仕方ないですよ』


「ううん。いいのよ。見て回るだけでも楽しいわ」


そう言って露店を冷やかして回る。近所の野菜を売っている場所よりも少ない数だが鮮度が高そうな野菜を売っている青空市場のような店、所謂古着屋の様な店、そして先程クインさんが言っていた店であろう、牛の切り身の様な物を串に通し火で焼いている店などがあった。


『あれですか?』


「ええ、そうね。簡単な調理に見えるけれど以外と美味しいのよ」


分かるなぁ......。


......何がわかるのだろうか。ふと、そんな気持ちになったのだ。経験したことは無いはずだが。


そんなことを考えていると、牛串(暫定)を焼いていた店番の男の人がこちらに気づいたのか、声をかけてくる。


「おぉ!いらっしゃい、どうしたお嬢ちゃん、美人なお姉ちゃんと散歩かい?よく見るとお嬢ちゃんも可愛らしいね!どうだい?これ買ってくかい?安くて美味いのが家の売りだ!」


小声と文字で話していたので向こうには聞こえず、物欲しそうに眺める妹......なのだろうか、とそれを連れている姉だと思われたらしい。しかしお金は全く持っていないので買えないのだ。


『ごめんなさい、お金を持っていないので買えないんです』


そうやって文字を送ると、初めて見たのだろう一瞬驚いた様な顔を見せるが、


「そうなのかい? ......たく、しかたねぇなぁ!お嬢ちゃんが可愛いからサービスだ!お姉ちゃんも持っていきな!美味かったら次は買ってくれよな!」


そう言って2本の牛串をわたしに渡してくれた。


......嬉しいのだが、違和感があった。


『ありがとうございます!』


お礼を言って振り返ってクインさんの笑いをこらえる顔を見て理解した。


扱いが子供のそれだった。


つまり、あの男の人は私を《お姉ちゃん》に連れてこられた幼い女の子、だと思ったのだ。


エルフなので短期間で随分と成長していても、未だこの世界では幼い女の子扱いされるらしい。


『なんでですかね?』


帰るなり、そんなことを聞いてみる。考えていた事は同じだったようで、


「確かにミツキさんは初めに比べれば大きくなったけど、それでもまだまだ見た目は可愛い方だし、身長も見た感じまだまだ子供に見えるし、仕方ないわね」


と返してきた。確かに回りを見回してもクインさんを初めとして殆どの人は男女問わず背が高い。

クインさんでさえ前の世界基準で160cm程ありそうなので、たしかに身長差としては悲しい物があるのだった。


なんだか悔しかったので少し意趣返しをすることにする。


『ならわたしは子供なのでこれはわたしが全部食べちゃいますね』


そう言って怒ったように顔を背ける。するとクインさんはえへへと笑いながら


「ごめんなさい。もちろん私はミツキさんがずっと大人だって知ってるけれど、あの人の対応とミツキさんの反応を見てると可愛らしくて笑えたのよ」


と表面上の謝罪が帰ってきたので『もうやめてくださいね』と冗談めかして言いながら、牛串を1本渡した。


そしてそのまま広場の至る所に設置されたベンチの様な物に腰掛けて口だけでいただきますを言って口に入れる。


『あ、美味しいですね』


「でしょう?意外とやみつきになるのよね」


その言葉に頷ける程、食べた肉は柔らかく、味はやはり牛のような味がして美味しかった。


あっという間に食べ終えてしまい、2人で残念がった後に次の場所に連れていかれた。



その後見つけたあまり大きくは無い広場で2人で作ってきたサンドイッチを食べた。やはりクインさんも知らなかった様で、驚きながらも


「オシャレだわ」


などと言いながらその中身を次々と減らして行った。


日が高く昇る頃についたのは説明不要と言わんばかりに《冒険者の溜まり場》と大きく書かれた看板を正面に構えた大きな建物だった。


「やっぱりあの学校に通ってるなら一番初めに登録するのはこの国の冒険者よね。だから1度来た方がいいと思ったのよ。」


『なんだか、ものすごい所ですね......』


「ええ。まるでまだお前達が入るには早いぞって言われてるみたいじゃない?」


そう言われてみれば、確かに建物から感じる圧力はそう言っていわれていてもおかしくないようなものを感じた。


と、その時その建物の入口から姦しい声と得意げな声を纏って顔に下卑た笑みを貼り付けた男性とそれを取り囲む女性が3人出てきた。


中心にいる男性はわたし達をみると、新しい獲物を見つけたかのような目付きでにやにやとこちらを観察そてくる。


その目は今までに感じたことのないもので、一言で表すと、怖かった。何をされるのかさえわからない恐怖。一瞬身体が動かないでいると、クインさんが1歩前に出て、


「なんでそんな気持ちの悪い目で見てるのかしら。用がないなら止めて下さい。それとも変態なのでしょうか?」


そんなことを言った。


案の定それを聞いた男がビキィ!と音を立てそうな程青筋を浮かべている。


「なんだよ、可愛い奴が場違いなところに居ると思ったらいきなり挑発してきやがる。これはもう何されても文句は言えねぇなぁ?」


当然男の口から出た言葉はそんな言葉。


何故かいきなり一触即発の雰囲気になっている。そうこうしている内にあの男が路地裏の広い空間に来るようにクインさんに言っている。


クインさんはついて行くつもりのようだ。心配だがクインさんの後に続いて路地裏に入る。


「へっへっへ......すぐにその身体に何をしてしまったか教えてやるよ」


相当怒っているのかその笑い声はおかしくなっていた。


「ええ。すぐに教えてあげる。変態の末路をね」


そしてすぐに嵐は訪れた。クインさんはなんとバックから訓練の時に見た剣の半分程の長さの剣、ショートソード、とでも呼ぶのだろうか、それを素早く取り出すと目にも留まらぬ速さで男に斬りかかった。しかし相手も見えているのか2度3度いつの間にか取り出していた、こちらはタガーと言えるだろう、で受け止めると、一瞬の隙を付きクインさんの腹部に蹴りを放つ。


クインさんも防いだらしいが、体格の差か大きく吹き飛ばされる。空中で宙返りをして体制を立て直して着地をしたクインさんはそれを見た。


おおよそ5本程のタガーを何を使ってか手に持たずに自由に操っている男の姿を。


「ひゃひゃひゃ!これが俺の戦法!これは狭い所でより真価を発揮するんだ!わざわざ誘いに乗ったのは愚策だったな!」


そう勝ち誇ったように笑う男を対してクインさんは


静かに見つめて、


立ち上がり、


タガーの合間を走り抜けた。


勿論躱しきっている訳ではなく、肌に切り傷が刻まれてゆく。


しかし一切止まることなく男の元に辿り着いたクインさんは


「もうちょっとどうにかならなかったの?」


と静かに言い放ち、笑いを驚愕に変えた男の腹に剣の柄を叩きつけた。


「そんな、馬鹿な......」


そんなことを言いながら男は気絶したようだ。遠くから取り巻いていた女が心配そうな声を上げながら男を取り囲んでいた。


『クインさん!大丈夫?』


わたしもクインさんの元に近づく。服にはあまり傷は付いてないが、腕や足に切り傷が付いていた。すぐに手を翳し、習った回復魔術を使う。


”汝はその姿を薬のように。跡形など(・・・・)微塵も残さず(・・・・・・)癒したまえ。《ヒール》”


淡い光がクインさんを包み、傷を消してゆく。数秒後には、全身の傷が消え去っていた。


全身を疲労感が襲う。やはり人体全体となるとまた違う何かがあるようだ。


「大丈夫? .........ありがとう。これが回復魔術なのね」


微笑んでくれるクインさんに笑えずに頷く。



「な、何よあいつ!」


「魔法使いにしたってあんな魔法知らないわよ!」


「あんなの反則じゃない!」


などという声にたじろいでいるとクインさんは何事も無いかの様に


「随分と時間が経っちゃったわね。他にも行きたいところがあったのだけれど、最後の場所へ行きましょうか、ミツキさん」


と言ってきた。慌てて頷き、クインさんの後について行った。



そこに辿り着いた時には既に空は暗くなり、満月と微かに輝く星がわたし達を夜の風と共に涼やかに映し出していた。


「ここ、いい所でしょ?空がとても綺麗に見れるのよ」


場所は、高台。最終的についた場所はわたしの家からそう遠く無いところだった。


わたしはクインさんの言葉に頷きながら、今日の最終目的を果たそうとしている。


『あのっ』


「?」


本当に言ってしまってもいいのだろうか。

いや。言わなければ駄目なのだ。

わたしを。

(わたし)を本当に知ってもらうには。

言わなければ(・・・・・・)駄目なのだ。


『これからわたしが言うことは多分理解が難しすぎると思います。でも、わたしは大真面目に言いますので、それだけ分かってください。』


そして、喉に力を込める。震わせるために。


「─────っ」


漏れたのはやはり掠れる音。


『わたし、決めました』


クインさんが振り向く前にクインさんの向いている方、つまりわたしから背を向ける方に文字を送る。


伝えなきゃ。知ってもらわなきゃ。

わたしを。


『言われた通りマナ先生と一緒に学んでみようと思います』


息を大きく吸って、もう一度。


「─────〜っ」


少し息が震えた気がする。


『でも先生にクインさんと別れなくても良いような方法を伝えます』


この言葉はまだいい。決まっていたような事だ。


「────〜〜っ」


届かせるんだ。自分の声で。この言葉だけは文字なんかじゃダメなんだ。そう決意して家を出たはずだ。


『だけど』


そう念じた時、うちから響いた微かな声。


......そうだな。知ってもらわなきゃな。この子を。


「─────〜〜〜っっっ!」


力を込める。息が、


震えた。


「〜〜っっっあああ、ああっ!!」


出たのは自分の声とは思えない程可憐な声。綺麗な声。でも、心の何処かで分かっている。これで克服した訳では無いと。今でも身体中が痛みを訴えている。



「ミ、ミツキさん!?」


驚いたクインさんがついに振り返る。


「クイ、んさん」


声も途切れ途切れでうまく出ない。


「ごめん、な、さい」


「わ、たしはクイン、さんに、謝らなく、ちゃ」


「行けない、ことがいっ、ぱいあるんで、す。」


一言話す度に少しずつだが苦しくなってゆく。


「昨日っはっ、意味のわか、らにい、こっ......」


「いっぱい、いっ、ってごめ、んなさい。」


「クインさんのっ、き、もちは、分かるは、ずなのにっ......」



「今日、も、気持ち、考えられなくてっ」


今日、クインさんはよく考えると少しおかしかった。

特に先程の場面。いつものクインさんなら文句を言いこそすれわざわざ闘いは起こさなかった筈だ。


次の言葉がのための息がうまく吸えず切れ始めた。無理やり深呼吸して続ける。


「それ、に、わたし、は、いや。俺、は、元、はこの世界の、人間、じゃ、....なぃ..、んでぅ......」


長さと重さで喉が限界を迎える。でも伝える。全てを。


「そして、わたしはっ……俺は、元は男だ、ったんです」


「これも意味のわか、らない、こと」


「だと、おも、うんです、けどほ、んと、なんです」



「それ以外、にも、いっぱい、いっ、ぱい...」


「かく、しごとばか、りしてごめんなさっ......!?」


目を瞑って声を出すことに集中していたからか、まったく気づかなかった。いつ間にかそこまでクインさんが近づいてきていて、抱きしめられた。


言ったはずなのに。男だと。


「それでもあなたは、ミツキさんなのね?」


静かに、そう問われた。


真意は分からなかったが、正直に頷く。


「そう、それなら、詳しいことはまた聞くとして、私はあなたを信じるわ」


「そしてその上で、大丈夫。そう。大丈夫よ」


さもすれば自分自身に言い聞かせる様な声に、暖かな気持ちが溢れる。


「......は、いっ」



いつの間にか、冷たかった光は、まるで家の光の様に、空からわたし達を照らしてくれていた。

長らくお待.....ち頂いている方がいるととても嬉しいのですが、お待ち頂いてすみません。

現在忙し過ぎて、あまり執筆作業に取り掛かる時間のない状態です。なので次回も随分と時間がかかると思われますが、完結までは絶対に辞めませんので、どうか長い目で温めてくださると有難いです。

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