其ノ拾伍・裏 鬼時間目 《自称:卑怯者》の鬼のお話
今回はクイン目線でのお話です。
2018/02/07 本編とは関係ないですがわかりやすいように加筆致しました。
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『それでは聞いておきますね!』
彼女の声がする。見るとそこは夕暮れの住宅地。これは私が私伝説の冒険者であるコニオさんに会えると喜び、ミツキさんの家にやって来たが不在で居帰ろうとしていた私に向けてコニオさんの日程を合わしてくれると言ってくれた時か。
「よろしくね!」
喋っていないのに私から声が発せられる。
動いていないのに遠ざかって行く。
ふと背後の風景、彼女が手を振っているのが目に入った。自分が振り返った感覚はないが背後が見えている、不思議な感覚だ。
その彼女の背後に、刃物を片手に持った黒装束の人物が忍び寄っている!
「ミツキさん! 危ない!」
思わずそう叫ぶが、彼女は聞こえた様子がない。
勿論黒装束が驚くことも無く。
そのまま彼女の首にーーーーーー。
「っはぁ!.....はぁ.....」
私は机にうつ伏せの状態で寝ていた上半身を勢いよく起こした。昨日も空が白み始めるまで、私は普段はほぼ取らない紙に昨日受けた授業の内容も出来るだけわかりやすいよう心がけて書いていたので寝ていた、と言うのも怪しい程だが。机の上にはそのような紙が毎日1枚ずつ、現在4枚、先程書かれた紙で5枚目が纏めて置かれている。
それは取りも直さず彼女の失踪した日から経過した日数を表している。毎日忘れずに書き写している。彼女がいつ帰ってきても大丈夫なように。無事帰って来た彼女が、困らないように。
あの日からこのような生活が続いているが、彼女が無事か分からないという心配と不安から、自分自身が普通に寝ることを許さなかった。
あの日から各所で手がかりを探しているが、一行に見つかる気配さえない。
しかし、焦りは禁物だ。.....半ば自分にそう言い聞かせる様にして落ち着こうとする。
「さっ.....てと。今日は学校が休みだったわよね。」
そう独り言を言いながら出かける用意をする。
簡素な朝食をとり、服を着替え顔を洗い、水を魔法で丸く平らにし、光の反射で自分の顔を映す。一部の裕福層は自前の鏡などを持っているらしいが、生憎そんなものはこの学園の寮室には存在していない。が、私には一人部屋とほぼ無制限にいつでも使える水があるだけで充分だった。
水に反射した自分の顔を確認するが、目立った隈などは見受けられず、一安心する。
.....容姿を気にしているのではない。そもそも自分の顔に自信など無いし、あまり気にもしない。ただ今回の外出の目的.....彼女の行方の探索には聞き込みしかない以上、人との会話が必須だ。
よって、最低限悪印象を与えないように気をつけている訳だ。
そしてひと通り準備を終えて、私は寮監に外出届を提出して学園の外を出た。大きな学園を背にして、今日の予定を持ってきたこの街の地図を見ながら決める。
これまでも、授業の後で少しずつは探索をしてきたが、如何せん夜になりすぎると街を巡回している騎士団に学園に返されてしまう。最近は巡回の始まる時間が早くなっているので少し早めに帰らなければならない。罪に問われることはないが、『騎士団にお世話になった人』として寮監や周囲の人に目を付けられ、自由に動けなくなる。そうなれば本末転倒なのでこれまで思うように探索が出来なかった。なので一日中動ける今日は貴重なのだ。
かなり日数も経っている以上、もしこれで手ががり、いや、居場所が見つからなかったら。
「これまでは時間のせいでそこの周辺だけだったし、今日はあそこに行ってみようかな。」
そんな考えをそう呟いて歩き出すことで無理やり頭から弾き出す。向かう先は誘拐された彼女、ミツキさんの家の方角だ。
しばらく歩くと鍛冶場が見えてくる。
少しだけ扉を開けると物静かな少し広めの工房の奥から、叩くような金属音とチカチカとした光が見える。
それに向けて足元に躓きそうになりながらも近づくと、真っ赤な炉の傍で金属の延べ棒を大きなハンマーで叩いている一人の少し年老いた男性の姿が視界に入ってきた。
「クロムラさーん!?おーい!」
私はその背中に金属音に負けないように大きな声で話しかける。その声に気づいたのか、その男性ーークロムラさんは打ち付けるのを止め、こちらに振り返った。
「あぁ?なんだぁ?.....なんだお嬢ちゃんか。どうしたんだい?こんな所へ。」
初めこそ人を邪険にするかのような声を上げるが、私だと気付いた途端その声の棘が鳴りを潜める。
クロムラさんはこの工房を独りで管理している人間の男性だ。この近辺では並び立つものは居ないと言われる程腕は確かだが、殆どの人から怖がられている。
それは彼の先程の様な人への対応がその理由の大半を占めているのだが、実は彼自身は人が嫌いではなく寧ろ会話を好むそうだ。
ならばなぜそんなことをするのかと言うと昔に多くの弟子をとっていた事があったが、その中に他の工房の弟子だった人が師匠からその技術ーー所謂製造機密を盗んでこいと言われ潜入されていた事があったらしい。
その時はその後すぐに新しい技術体系を築けたものの、その時から喋ってしまわないように、見られてしまわないように、誰も弟子を取らず、かつて大勢の弟子で賑わっていた工房で独り活動しているそうだ。
そんな訳で、初めこそ人を冷たくあしらうような態度、言動を見せるが客として仲良くなったりすると、案外気軽に接することのできる、気さくなおじさん、と言ったような感じだ。
振り返ったクロムラさんに軽い会釈を返しながら話を続ける。
「すみません、作業止めちゃって。今日は聴きたいことがあって来たんですよ。」
「いやいや、そんな難しいことやってなかったから良いよ。それで?聞きたいことって?」
「はい。4、5日前にこの近辺から奥の住宅地の間で、何か騒ぎは起きませんでしたか?」
「騒ぎ.....ねぇ?なにか事件でもあったのかい?」
「誘拐です。.....私の学校の友達が攫われました。」
未だ興味半分、と言った様子だったクロムラさんの顔に少なくない驚愕の色が浮かんだ。
「誘拐って、そりゃ.....もう騎士団には通報したのかい?」
「.....いいえまだです。正直誘拐だって言う確たる証拠がないので言っても取り合ってくれるかどうか.....。」
「なるほどねぇ。しかし儂は知っての通りあんまりこの外には出ないからねぇ。最近もあんまり出てないからわからないよ。すまないね。」
「いえ。少なくともここの周辺でクロムラさんに聞こえるほどの騒ぎは起こっていないってことがわかったので。そうなれば細い道とかの不意打ちがし易そうな所を探せば良いかも知れません。今は少しでも情報が欲しいので。」
「そうかい。また何かあれば知らせるよ。頑張ってな。」
「はい。ありがとうございました。」
そうして私は工房を出た。そのまままた歩き始める。横道や路地裏が無いかどうかを少しだけ意識して歩く。だが特に見つからないままで橋に差し掛かる。道中2、3人と出会ったが、彼女を知ってさえいなかった。
橋を渡ると野菜や果物を売っている店がある。
そこでは、店頭に女性が立って、客引きをしていた。いつも居るのかはあまり分からないが、あの日も立っていたように思うので、若しかしたら何か知ってるかもしれない。
「あのー、すみません。」
「いらっしゃい!なにがいるんだい?」
「ごめんなさい、今のおすすめは何ですか?」
「今はこれが鮮度が高くておすすめだよ。.....でもね、見た限り買い物をするって雰囲気じゃないね。もしかして最近見ないコニオのとこの嬢ちゃんのことかい?」
私はいきなり核心をつかれて、驚いてまじまじと顔を見つめてしまう。
「なんで、分かったんですか?」
「そりゃあんた、あんたはあの嬢ちゃんが居なくなった前の日に珍しく嬢ちゃんと一緒にいた娘じょないか。これでも商売をしている身だ。印象に残ったことを覚えとくのは得意なんだよ。いつも一人でこの道を行き帰りしてた娘におまけが付いてたら覚えとくさ。そんな娘があの嬢ちゃんが居なくなったあとに『焦っています』みたいな空気で来たらわかるさ。」
「あ、ありがとうございます。それでなにかありますでしょうか。」
私は若干押されながらも話を聞く。すると女性は少し考えた様な様子を見せた。
「なにか、って聞かれて、そんなに重要なことを知っていないのが悔しいねぇ。言えることとといえば、恐らくだがあの子の家の周りとこの近辺、大体あのあんたのここに来る時に渡った橋があるだろ?あそこまでのあいだではなにも起こってないと思うよ。そこまでなら何かあれば大きいことなら噂で、小さいことでもこの周りにいる子供達が何か見てて教えてくれる。毎日のように路地裏とかを走り回ってるあいつらの目を躱すのはほぼ無理だから、そういうのが一切無かったってことはこの当たりでは何も起こっていないと思うよ。」
「そうなんですか、ありがとうございます!」
「いやあ、良いんだよ。見つかったら是非うちに買いに来ておくれ、待ってるよ。」
はい、と返事をして後にしようとすると、女性が何か思い出したようにあ、と声をあげた。
「そういえばお前さんが一人で帰ったあと、あの嬢ちゃんが追いかける、ってほどでもないけど追いかけてったよ。確かそのあとから見てないから何かあったとしたらその後じゃないかね。」
「本当ですか!?」
「あぁ。本当にその時か、何があったか、までは流石に分からないけどね。」
「いえ!とっても貴重な情報です。ありがとうございました!」
そう言って私は売店から飛び出した。もう一度橋を渡り探索を再開する。正直範囲を示した根拠が子供達なのは、根拠に欠けるとは思うが、今はそんなことを言っている場合では無い。少なくとも何も得られなかった今までとは大きく違った探索に彼女に近づいているように感じた。
「.....なんで、なんでよ.....。」
あれから時間が経ち、もう少し後には見回りが始まってしまう程日が落ちてきている。
探索は、あの女性から貰った情報、範囲と時間を裏付ける結果にはなったが、その先には続かなかった。橋を境にして、情報が途切れてしまう。しかしなら橋で何かあったのか、というと、それこそ数少ない橋の一つ、嫌でも目には付いてしまう。.....時間が経ちすぎることで手遅れになる恐怖、一向に進まない焦燥が泥のようにまとわりつき、私に一つの覚悟を産む。
「もう、仕方ないか。」
そう言って私は学園に戻った。
帰った私は衣装櫃の奥から1冊の古ぼけた厚い本を取り出す。開くと、中にはその本に合わせて作られた様な羽根ペンが入っており、本には幼い子供の書いた様な字が書き連ねられている。頁を捲るごとに字が時間を縮めたかのように大人びてゆき、すぐに何も書かれていない頁が表れた。
この本はもう使うことは無い、もう頼ることは無い、もう頼りたくない、そう思っていたのに。
この、私であり、私の汚点でもある、この日記を。なのにわたしは結局またこの日記を使うことになってしまった。
私が羽根ペンを持つと、長い間使われて無かったにも関わらず、ペンにインクが乗る。
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《風の月
必死になって魔法の勉強をして、何度も何度も魔法の練習をして、やっと夢にまで見た学園の魔法教育を受けられるようになり、クラスにも慣れてきたと思っていたのにその娘は唐突に私達のクラスに編入されてきた。
しかも聞くところによるとあの難しかったテストは受けておらず、校長とその娘とその娘の親との話し合いで編入が決まったらしい。その話を聞いてから、私は少なからず嫉妬をしていたのだろう。その娘を、当時何も知らない頃はどこかの貴族のおぼっちゃまくんが親の力で入ったのだろう、そう思っていた。
しかし、その考えは集会中に校長が突然紹介し始めた転入生、突然の紹介で驚いたらしくたどたどしく壇上に上がる、幼い子供の様なのにどこか大人びた雰囲気の、遠くから見るだけでわかるその綺麗な白金色の髪、綺麗な肌を持った美少女が壇上の隅から出てきた時に吹き飛ぶこととなる。更にその少女は、空中に光る文字を映し出し、自己紹介を始めるではないか。その現象自体、そんな風に文字を見せる方法を知らない事、つまり魔法であることから、私は結局自己紹介が終わるまで、驚きを収めることが出来ずにいた。
その少女はやはり私達のクラスに編入されるそうで、クラスの中で再び紹介された。近くで見ると、その綺麗さがより一層際立った。しかし私はここでも驚かされることとなる。彼女はまるで人形かのように表情が無表情だったのだ。しかし不思議と愛想が悪い、と言ったような印象は受けず、むしろその魔法の言葉で紡がれる礼儀のなった言葉使いと可愛いさと儚さを同居させたようなその姿に、男子からも女子からも、ささやき声が聞こえてきた程だった。
私も可愛いとは思ったが、それよりも何故そんなに低年齢でそんな処世術を身につけているのか、と疑問を募らせていた。
その後、一悶着あったが私は彼女と一緒に居て、まだこの学園に来て間もない彼女の手助けをすることとなった。あまり綺麗な理由で始めた訳ではないだけに、少し引け目を感じていたのだが、一緒に行動する内、彼女の人の良さといろんな意味で危なっかしい行動にいつしか私まで楽しく彼女と過ごすようになった。
別の世界から飛び込んで来てしまった様な彼女と過ごすようになってから、いくつも新しい体験をしたが、いつか見せてもらった魔法、あれだけは格別だった。一度だけであの馬鹿みたいな魔力量を持っている彼女が倒れる程の魔法。まるで魔法の様な。いや、実際魔法なのだが、そうとしか言えない程壮大で、それでいて綺麗な魔法。彼女は《花火》、と言っていたか。聞いたことのない名前で詳しく聞いてみると、あの空に咲いた花は火で出来たものらしい。今まで戦闘、護身目的でしか魔法を学んでこなかった私にはその言葉はまるでまさに青天の霹靂だった。
そして今。彼女が攫われた。確たる証拠はないが、私は彼女が失踪する理由も見つからないしするとも思わない。》
そこまで書いて、私は溜息をつく。ここから先は、もう取り消すことはできない。若しかしたら何事も無いのかもしれない。客観的に見れば彼女一人のために払う犠牲では無いのかもしれない。
しかし。もしも、そのもしもが私は怖い。私は、自己満足のために最後を綴る。
《私の願いは、彼女の。ミツキさんの居場所を知ることだ。そのためなら私くらいなら犠牲しよう。》
瞬間、私の体から何かが抜けていく感覚。
やはり。私は卑怯だ。結局いつもこうなる。
この本は私が物心ついた頃には既にいつもそばにあった。鍵がかかっているが私が開くと何もしなくても開くが他の人は開くことはできない。この日記に書いた願いは何でも現実になる。
そんな、魔法の日記。そんな、呪いの日記。
初めは純粋に日記として使っていた頃。確か兄が持っているおもちゃが羨ましいから私も欲しいな。そんな願いだった。書いた瞬間隣の部屋で恐らくそのおもちゃで遊んでいて笑っていた兄の笑い声が急に止まった。訝しんでいると唐突にこちらの部屋に入ってきて私にそのおもちゃを私にくれた。急な出来事に付いてきていた親がとても驚いていたことを覚えている。
幼い子供だったあの頃は魔法の本が手に入ったと無邪気に味をしめてしまった。その後しばらく傷が絶えなかったことなど気にもしなかった。
その後何気ない小さな願いごとを叶えていった。
思えばその頃にはもう、この本に取り憑かれて居たのだろう。何かあれば日記があるから、いつもそう思っていたような気がする。
皮肉にもそのせいで私は他人からは、年齢に似合わず駄々をこねたり、我儘を言ったりしない、大人びた少女に映っていたようだ。
そんな当時の私からすれば煩わしいのみだったが、救いだったのは『願いごと』の対象になった人が意識を奪われることがないことだ。
それが私に気づかせてくれた。
この日記の本当の姿を。
この日記は私の望んだように、世界を歪める。そんな人道に真っ向から対抗する様ななことを私は人道を志しながら自分で得た力でもない癖に嬉々として使い続ける。それを卑怯と言わずしてなんというか。
しかし、もう既に賽は投げられた。いくら後悔してももう取り消せない。取り返せない。願いは叶い、世界は捻じ曲がる。
私に付けられた名前によってこの日記の名前が付けられたのか。この日記に囚われる運命を表した私の名前なのか。
まるで女王のように放題遊び半分のような気軽さの命令を聞き届けるその日記は、恐れた家族、知人皆から、《我儘女王の紙兵団》と呼ばれた。
そしてまた。その明らかに異常な命令が聞き届けられる。
その代償は一つだけだ。
ノックの音。返事をすると寮監の声。
「伝言だ。情報が入ったので来てくれ。だそうだ。緊急のことなので特例で外出を認める。」
私は頷いた。
「では、急いで助けて、死んで来ます。」
戦闘をする装備をもって当然窓から飛び出す。
ここは人が住む建物を3階分重ねた場所だ。無事地面に足を挫きながら着地する。そこから自分の持っている全力で前に。ちゃんと挫いた足から激痛が走り、何故かまっすぐ走れなくなる。
が、そのまま普通に走りクロムラさんの工房にたどり着く。
そう。それは『命の重さ』。とことん狂った日記は、命を懸けて願いを叶える兵隊の役まで求めるかのように、命を重く見る、という気持ちを奪ってゆく。
それは決して生半可で止まることは無い。ゼロとなり、マイナスとなる。
「急に思い出したと思ったら.....やっぱりお前さんが『あれ』を使ったのか。あんまり使うなよ?.....一番悔しいのがお前さんなのは知ってるがね。」
「そうですね。.....でももう死なないといけないので難しいかもしれないですけど。」
そんな世間話を交わしたあと、偶然思い出したという情報を聞く。
「この横の細い路地の奥に大きな屋敷があるんだが、そこの坊ちゃんが少し前からコソコソと何かしてたんだよ。気になってたはずなのにいつの間にか覚えてさえいなかったんだよ。忘れっぽい訳じゃ無くはないが流石に急すぎる。」
「なるほど。それはおかしいですね。では、行ってみます。ありがとうございました。」
日記への願いの大きさは一つの願いに関する『思いの大きさ』、すなわち日記として記した頁数に比例する。最大3頁。その効果は即座に願いを叶えて、代償として自ら死のうとするほど命は『軽く』なる。今回は、勿論3頁。
そんな情報を元に私は工房からでるとその横路地を見つける。見覚えはないのだが、見落とすとは思えない程度には大きいその路地の両脇の地面には、小さい魔法陣が書かれていた。
躊躇わず入り少し進むと教えて貰った通り大きな屋敷が見えてきた。随分と大きな柵が私を出迎える。
ふと、その柵の前に、人影が見えた。執事服を来たその影は、私の姿を見ると一礼をしてきた。
「どうも執事さん。私はその中にいる友達に会いに来たんですけど、その柵って飛び越えればいいんですかね?」
「いえいえ、この柵は簡単に横にずらすことができます。.....が、私は主様にここを誰も通すな、と言われているもので。」
「どうしても、って言ったら?」
「私は執事として少し頑張らないと行けなくなるでしょうね。」
「そう。」
私は剣を抜いて斬りかかった。
「じゃあ私に殺される前に、逃げるか私を殺してね。」
私は剣を振り抜く。しかし執事は一瞬驚いた顔を見せつつも落ち着いて剣を捌く。刃物と自分の体との間に手を滑り込ませて捌いているのにも関わらず斬れる様子はない。そのまま攻撃を受け流し、私は押し返された。
「すごいのね。結構頑張ったんだけれど。」
「こちらも驚かされましたよ。見た目の割にはとてつもない速さだ。」
「そっちじゃないでしょ、私の魔法までさらっと打ち消して。」
そう。私は斬りかかった時に《パラライズ》を彼に撃っていた。彼は顔色一つ変えずに剣も魔法も防がれた。
この男を殺しても目的が達成出来る訳ではないが、殺さなければ通れそうもない。
「っはぁ!」
次は斬り上げる。もちろん防がれることはわかっているので軌道を途中で止めて身体を捻り回転、そのまま首を斬ろうとする。が、これも通る様子はない。案の定彼に掴まれる。
ならばと私は剣を棄てる。本来なら斬るための力で押し返そうとしていた力は持ち主がいないことで宙に消える。押し返されることがなくなった私は彼に飛びついた。その隙に私は攻撃を仕掛けようとする。彼は流石に虚をつかれたのか一瞬身体が硬直する。
が、その硬直も攻撃の成功には至らない。冷静に剣を扱う彼は、逆に私に剣を突いてきた。
避けられる訳もなく。
私の脇腹に深々と剣は突き刺さった。
「あっ.....っふ.....」
「すみませんが少し大人しくしておいて下さい。そうすれば死ぬことは無いでしょ.....
.....ぐああっ!?」
彼の言葉が最後まで話されることは無かった。
彼が力を抜いた瞬間に目を潰したからだ。
脇腹に剣が刺さっていることなど気にもしないで私は笑う。続けて人差し指を容赦なく耳に突っ込む。
「だから逃げるか私を殺してって言ったのに.....」
目を潰された執事はそれでも静かに微笑んだ。
「あの壊れた主様は.....『殺してまで入れるな』とは仰ら無かったので。殺さなければ止められそうもない以上、私めには過ぎた役割でございます。」
「!.....そう.....。お勤めご苦労様。執事さん。」
「恐縮です。」
私は耳から指を抜く。執事さんがもう私を止めることは無かった。門に向けて歩き始めると後ろから執事さんの声がした。
「ああ。目が見えないので分かりませんがもう侵入者は行ってしまったのでしょうか。あわよくばあの侵入者が最上階の左手突き当たりにある部屋にいる主様を.....止めて下さると良いのですが。」
私は少し立ち止まり背後を振り返り、無理矢理脇腹の剣を抜くと、柵を飛び越えた。
玄関から入り目の前の階段を登る。二階通路を走り抜けて階段を探し、登る。この屋敷は、三階建てだった。しかし、三階の雰囲気は今までのそれとは大きく異なっていた。まるで何か表世界に絶対に知られてはいけない様な組織の集会場の様な暗くおどろおどろしい雰囲気に私は警戒の色を強める。
そして左手突き当たり。そこがその雰囲気の中心地であるようだった。扉に手をかけようとしたとき、その向こうから大きな音と笑い声が聞こえた。
「奴隷になってくれさえすればいいんだよ?
なってくれるのか!ありがとう!」
この声の主には聞き覚えがある。そしてある程度予想は付いていた。しかし、奴隷?
「 .....じゃあ俺は道具の準備をしてくるから待っててね! ミツキさん!」
瞬間。私の情報から音と時間が掻き消えた。
ドアを蹴破り、目の前の唖然とした殺害対象に向かい剣を振り上げ突進する。
彼にとって幸運だったのか。私にとって不幸だったのか。本来はミツキさんを絶対に逃がさない為の格子状に精製される魔法が、扉のすぐ前に設置されていた。それがまさか外からの侵入者を止める為に設置されたのではないにしろ、見事な速度で展開される。そこには鬼の速度で突っ込む私。
結果として、私の身体を、格子状に魔法は貫いた。
「.........は?」
いやに間の抜けた彼の声。
大量の吐血。それが合図であったのように魔法が消え、私が投げ出される。
「お、お.....お前が悪いんだからな!勝手に邪魔しやがって!」
彼の明らかに動揺した声。
全身貫かれ、喉は潰れ、頭には風穴が開き、全身から血を流し。
即死だった。
本来ならば。
突然全身が、血液が、私の全てが燃え上がる。
そして何故か影に沈んでゆく。
まるで伝説の吸血《鬼》のように。
今回はまるで私の全てをさらけ出せ、と何かに言われている様な、そんな心地がする。
かつて私の父親だった、一人の鬼が居た。その鬼は若い頃からずっと、《最強》を目指していた。ひたすら力を、武術を、技術を、魔術を磨き続け、戦闘においてその鬼に勝つことは誰もできなくなった。誰もがその鬼を最強だと讃え、羨んだ。
しかしその鬼は知ることとなる。自分が老いには絶対に勝てないことを。そして気付いたその時には、既に遅かったことを。
そこでその鬼は自分磨きを諦め、次世代、つまり自らの子にその『最強』の夢を託すことを決意する。始めは老いを打ち消す程の鍛え方を模索していたが、悉く頓挫。続く失敗、その鬼の人生において殆ど感じたことのないストレスが、その鬼を狂気に走らせた。その鬼はかつて勝利の証として、倒した相手の身体の一部分を奪ってきた。
その中には勿論、色々な種類の鬼の一部分も含まれている。その鬼はそんな鬼達の細胞、特長の証とも言える身体を集めるだけ集め、自らの子供に植え付けた。
鬼の遺伝子は強力だ。案の定一人目の長男からは、その鬼の遺伝子以外の全てが消え去り、その鬼の強さを純粋に継承した。
二人目の次男は、遺伝子同士が打ち消し合い、結果何の変哲もない人未満かつ鬼未満の存在となった。
しかし最後の長女だけは違った。三人目の子供ということで、その鬼の遺伝子が強すぎなかったのか、全ての特長を受け継ぎ、彼女ーー私だけは、その《規格上不可能》とされていた、その鬼が望んだ、《最強》の鬼となったと思われ、《最強》に相応しい、と何処かの国で聞いたという『女王』の名を与えられた。
筈だった。だが、作られた《鬼》は、余りにも《鬼》だった。
《鬼》を、受け継ぎすぎてしまったが為に、
自らの《鬼》を嫌い、全ての《鬼》が十全に発揮されなくなった。
そして歪められた《鬼》は嫉妬の鬼と化して呪われた日記を産み出し、
そして、
復讐の鬼として、殺された時に彼女の精神の抑制を振り切って全てを吐き出す危険物となってしまった。
今、目の前には、嫉妬の鬼が果たすべき、復讐の鬼が復讐すべき目標がいる。
「ふふふふふふっ。ふふふふふふふふふふふふふぁあはははははははっ!」
確かな壊れた意志をもって《鬼》は笑う。
とても嬉しそうに。
とても悲しそうに。
すっごく、すっごく遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます!今年も小説を読んでいただきありがとうございます。これからも細々と続けて行こうと思いますのでどうかよろしくお願いします。




