其ノ壱 コミュニケーションは名前から。
俺は朝起きた時にすぐに意識がハッキリする方...だと思う。気持ちの問題なのか、この子の身体もそうなのか。
気が付いた俺は、すぐに昨日の事件を思い出した。そしてとりあえず何処に居るか確認しようとしてみた。
……白状しよう。少しは全て夢で普通に家で寝ていただけかもと期待した気持ちがあった。
ただ、やっぱり自分は少女の身体になっているようで、心無しか視界が狭い。
身体を起こして見回して見ると、そこはログハウスを少し乱雑に作ったような家で、窓は無かったが、松明が燃えていた。自分は毛皮のような布がかけられたベッドの上で寝させられていたらしい。恐らくはあの助けてくれた男の家なのだろうと思った。
ふと見てみると、机の様なものの上に手紙が置いてあるのを発見した。
正直俺の死因の再現のようで落ち着かなかったがこれ以外情報も無いので仕方ない。
ゆっくりと深呼吸して手紙を開いた。
閉じた。
……全く知らない言葉だった。
日本語、よしんば英語ぐらいならばわかりようも……いや。英語は怪しい。だがこの中の意味不明な文字よりかはわかるだろう。そう思ってしまう程見たこともない言葉だ。
喋っている言葉は聞き取れた記憶があるのだが、書く言葉は違うらしい。
文字か読めない以上、情報が無くなってしまった。 仕方なくドアから外の様子を見ようとする。
ドアノブに、手を伸ばすのに背伸びが必要だった。こんなに小さくなったのかと驚きながらあけると、俺が死んだ後見た景色によく似た森が広がっていた。あの男はこの森に住んでいるのだろうか。
見渡すと近くに湖らしきものがあった。丸くくり抜かれたような日光が差し込み、森を反射している。家に鏡は無かったので、覗き込んで見た。
かっわいいなおい!? 誰だこれ!?
……俺だろう。ここで自分以外が映っていたら怖すぎる。ただ、死ぬ前の至って平凡な姿形とは似ても似つかない『絶世の』と言っても全く見劣りしない美少女が湖を覗き込んでいた。
透き通る様な白がかった金髪が木漏れ日を受けて光を反射するように淡く光り、肌も色白でパッと見るだけでしっとりとしてなおかつスベスベそうだ。目は最高級の翡翠をさらに綺麗にした様な大きくて可愛らしい目をしている。
そして何より目を引くのが小さいながらも少し尖っている耳だ。髪が腰の少し上辺りまで伸びていて少ししか見えないが、退けてみると確かにわかる。
……これは俗に言うエルフというヤツではないか。
「...おい、何をしている」
見慣れない自分の姿を夢中になって見ていたせいで後ろから近づいてくる人影に気づかなかった。
唐突に後ろから声をかけられた俺は、びっくりして足を滑らせてしまう。感覚としては鏡の前で恥ずかしいポーズを取っていたのを見られたよう。バランスが取れず、このままでは湖に落ちてしまう。
────が、その動きが止まった。振り返るとあの時の男が俺の腕を掴んでいた。
「大丈夫か?」
そう聞きながら、男はさして重そうでも無くひょい、と俺を陸へと引っ張り込んだ。
体重も軽くなってるのか、と見当違いなことを考えていた。
我に返って助けてくれた男に感謝の意と疑問を送ろうとする。
「ーーーー〜〜!」
が、やはり喋ることが出来ない。失語症……は詳しく無いので当てはまっているかは知らないが、ともかくそれに似た何か、があるみたいだ。男は意外と察しが良いらしく、少し考えた後すぐに
「喋れないのか?」
と言ってくれたので全力で頷く。すると男は手頃の木の棒を持って来て渡してきた。
これで筆談しようというのだろう。じつは男に手頃なサイズは今の俺には少し大きかったのだが、くれた事に感謝し、素直に受け取る。
ただ。さっき見た文字は読めない、書けない、わからない、の三拍子が揃っているのだ。もしこの男とコミュニケーションするなら、何か方法を考えないと行けない。
まずは、俺はダメ元で日本語を書き込んでみた。
『ここはどこですか? そしてあなたはだれですか?』
早く書く為に、というか漢字が伝わるか怪しかったので、ひらがなで書いた。……他意は無い。
男は文字を見た後少し驚いた様子で、
「その字は...大昔に滅びたと言われている元人類の文字じゃないか。やはり絶滅した筈のエルフともなると若そうに見えても……いや、エルフは自分達の間で魔法を掛けて身体の老いを止めて長い眠りにつくとも言われていた……そうなると今まで眠っていた可能性もあるな……記憶喪失はその影響か……?」
……と急にブツブツと何かを話し始めた。聞いている限りよく聞くファンタジーのエルフの知識で相違ないようだ。特殊な立ち位置とはいえ、日本語が通じることにも安堵する。……それにしても、意外と考える人なんだな。しかしこのまま思考に耽ってもらっていても俺の疑問は解決しそうに無かったので、
『おしえてください』
と言葉を拾わず重ねて頼んだ。気になる言葉はあったが、とりあえずは現状を把握したい。
「あ...ああ。ここは王国から少し離れた誰も寄り付かない森だ。俺はここに今は住んでいて様々なことをしている。名前はコニオ。コニオ・フォーガシアンだ」
なるほど。やはりここはこの男、コニオが住んでいる森なのか。誰も寄り付かないということはあの時やはり危ない状況だったらしいな。改めてコニオさんに感謝だ。次に気になるのは、
『おれはエルフなんですか? コニオさんは?』
多分俺がエルフなのは確定だろう。形としてのみ聞いてみる。それはいい。問題はコニオさんが何なのか、だ。すると
「あぁ。お前は恐らくエルフだろうな。初めて見たが、本で見た特徴と一致している。そして俺はお前達、『元人類』が消えたあと生まれた『現人類』。ただの人だ」
と答えてくれた。げんじんるいの同じ言葉でも表す民族は異なるようだ。今回は説明のために区切りながら話してくれたが、日常会話上で区別するのは難しいな。
「まぁ、元人類も現人類もそこまで差がある訳でも無い。精々生きた時代と大昔に起きた大きな戦争を経験した事があるかどうか程度だ。覚えなくてもおそらくは問題無い」
『しんじんるいとかじゃないんですか?』
「今の世の中はすぐに文明は衰退する。それに人間よりも優れた種がいることも分かっている。とても自分達が新しいとは誰も思わないし、思えない」
と言った。
そうこう話している内にまた暗くなって来た。寝ると言うコニオさんに連れ立って家に戻る。聞きたいことがあったが、また明日も、と言ってくれたので少し安心した。今日一日だけで発見がありすぎて、まだまだ理解するのに時間はかかりそうだ。
そんな情報を整理するのに俺も疲れて最近、というか死ぬ前は毎日夜深くまで起きていたのだが、すぐに眠りについた……。
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