其ノ拾弐 参ノ業間 どんな時でも他人の芝生は。
私がクラスのみんなから迎えられ、本当の意味でクラスの一員になることが出来てから数日経った。最近はすっかり慣れ親しみ、学校へ来るとみんなから
「ミツキちゃん、おはよ!」「ミツキちゃんおっはよ〜」
と挨拶をしてもらえるようになった。
『おはようございます!』
わたしは挨拶をする時にはできるだけ笑顔を心がけている。喋ることの出来ない代わりだ。これを初めてから、目に見えてみんなが朗らかに挨拶をしてくれるようになったが、少しの女子や少なくない数の男子は顔を赤くした後逸らして、小さい声でしか挨拶をしてもらえない。もしかしたらまだ全員が気持ちを整理できた訳ではないのかもしれない。
授業の方は防御式で属性に対応して展開する、という課程に入ったが、見てから発動することは出来るが、速いと対応出来なくなってしまう。
要練習だ。
ここまでは直近の出来事だが、 最近ずっと気になっている事がある。
オルト君が学校へ来ていないようなのだ。
気づいて他の人に訪ねて見ると、私がオルト君の防御式を叩き割ってしまった日が、時々休むようになり始めた日と一致して、わたしが迎えられた日からは全く来なくなっていたことが分かった。
この話をしてくれた子は話したあとに慌ててわたしのせいではないと言ってくれたが、それは誰がどう聞いてもわたしのせいだろう。確か後ろから倒れていたと思うので、心配だ。
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あれからまだオルト君は見ていないが、防御式が属性に対応出来るようになった。その授業の終わり、ジャス先生がみんなを集合させて言う。
「みんな、大体防御式が使えるようになってきたな。なので近々テストをしようと思う。内容はこの練習中でやっていたのを実際の戦闘のような形にして、木剣、炎、雷、水、を使って先に防御式を割った方が勝ち、というルールだ。その中で防御式の展開スピード、属性に対する適応力、単純な強度を見させて貰う。もちろん成績上位者には追加で評価する形だ。」
試合形式か...。怪我をさせたことがあるので少し怖いな。
そう思っていると、ジャス先生がこっちを見ていた。
「それと、ミツキ。お前はS級だということで、最後まで残った奴とだけ戦って3本取るか2本取られるか、の特別ルールだ。本気をだしたら他の奴が可愛そうだからな。」
『え、あ、はい。頑張ります。』
「みんなはこれでいいか?ミツキが自動的に上位になってしまうが。」
「いいですよ。流石に勝てないですって。」
ある男子が冗談っぽく言ってくれて、みんなが笑いながら許してくれた。
ジャス先生は何かに気づいたようで、笑いを収めた。
「そう言えば、オルトが休みなんだったか。鍛冶屋方面に帰る奴はいないか?居れば知らせてやって欲しいのだが。」
.....誰も手が上がらない。そう言えばこのクラスは寮生活している人が多かった。鍛冶屋方面なら帰り道だ。正直嫌われている気がするが、行ってオルト君に謝ろう。
『わたしの帰り道です。』
「そうか。なら後で先生のところに来てくれ。詳しい場所を伝える。」
その後教えて貰い訪ねてみたのは、鍛冶屋さんのところを曲がり道なりに進めばある、かなり大きめの屋敷だった。いつもは学校に行き帰りするのにまっすぐしか通ってなかったので、こんな大きな屋敷があるなんて知らなかったな。
辿り着いて見てみると、鉄製の大きな扉の横の壁にベルのようなものが付いている。これで知らせるのだろうか。押してみると、屋敷の前に立っている小さな家からいかにも老執事、といった風貌の白髪の男性がこちらへ来た。
「おやおや。見かけたことの無い可愛らしいお嬢様で。今日はどのようなご要件でしょうか。」
穏やかな印象を受ける暖かで静かな声だ。
『すみませんこんな夜分に。オルト君の学校の同級生のミツキと言います。オルト君に話したいことと伝言があってきたのですが、ご在宅でしょうか。』
そう言うと、執事さんは驚いた様子で、
「おや。こんな筆談は始めてですが、なんと礼儀正しい。オルト様に確認致しますので、少々お待ちくださいませ。」
と言って出てきた家に帰った。少し待っていると、また執事さんが出てきて扉をキィーッと音を立てながらゆっくり開け始めた。
「お会いになられるそうです。案内致しますね。」
『ありがとうございます。』
扉が完全に開けられたのでそこから入り、執事さんに続く。屋敷の中庭には、大きな噴水や石像があった。そして連れて行かれたのは大きな屋敷の一室だった。執事さんがノックする。
「ミツキ様がお見えです。」
中からオルト君のくぐもった声。
「入れてくれ。」
部屋は、とても広くて豪華な部屋だった。
『お邪魔します...』
前の世界でもこんな部屋には入ったことが無いので少し緊張してしまう。
「やぁ、いらっしゃいミツキさん。汚い部屋だけど許してね。」
『いっ!いえ!とっても綺麗で素敵な部屋ですよ!』
緊張で思わず声が上擦る。はっとして口を塞ぐが顔が熱くなるのを抑えられない。思わず顔を逸らすと、オルト君がわざとらしく咳払いをした。
助かった様な。助かってないような。
「それで、今日はどうして来てくれたんだい?」
思ったよりも普通だ。嫌われていると思っていたのでもっと冷たくあしらわれると思っていたのだが。
『はい、最近ずっと学校へ来られてないようなので心配で.....わたしが授業中に怪我をさせてしまったから来れなくなったんじゃないかって思って。』
「ああ。済まないね。授業中にも言った通りそれは全く問題無かったよ。心配掛けちゃってごめんね。最近は祖父母がいらっしゃっていてね。学校の話をすると、『そんなものは行かなくてよろしい。魔法の腕が鈍るだけだ。』.....って。あまり学校をよく思って無いらしくて。それならって一応魔術師の2人から魔法を教わってるのさ。学校へ行けてないのはそのせいだよ。」
そう語ってくれた。嫌われてい無かっだけでもう満足だが、そんな事があったのか。
『祖父母様方はいつお帰りになるのでしょうか?』
「さぁね。いつも年甲斐もなくひょっこり現れては気まぐれに帰るから分からないな。」
『そうなんだ...実は防御式のテストが近々あるらしくて。それを伝えるように頼まれたんですよ
。』
「そんなこと、どうしてミツキさんが?いや、信用出来ないとかじゃなくて、家に来るとなると遠出になるから先生が行くと思うんだけど。」
『私は寮じゃなくて家から通っていて、そこの鍛冶屋を通るんです。だから家も近いだろうって言うことで頼まれたんです。』
「へぇ...あそこを通るのか。それなら納得だよ。さっきも言った通り祖父母がいつ帰るかわからないから何とも言えないけど、できるだけ行けるように頑張ってみるよ。今日はわざわざありがとうね。」
『いえ!こちらこそ夜遅くにごめんなさい。迷惑でしたよね。』
「いや、今まで家に人が来ることなんてなかったから少し驚いたけど嬉しかったよ。是非ゆっくりして行ってくれ。」
『ありがとうございます。.....こんな広いお家は見るのも来るのも初めてです。本当に凄いですね。』
「親が少しいい役職に付いているだけで俺はそうでもないんだけどね。」
『いえ、オルト君はとても頑張ってると思いますよ!』
「あはは。そうならいいんだけどね。」
.....それにしても、この世界に来てからこんなふうに世間話をしたのは久しぶりな気がする。
ふと外を見ると、大分暗くなって来ていた。
『あっ、すみません、もうそろそろ帰らないと。』
「そうか。じゃあ、また。できるだけ早く行けるようにするからさ。」
『はい。待ってます。それでは。』
部屋から出ると執事さんが待っていて、家の外まで案内してくれた。執事さんにも別れの挨拶をしてオルト君宅を後にした。
オルト君の家、凄く大きかったな。前の世界でもあんな大きな家に入ったことはないので羨ましい限りだ。
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そしてテスト当日がやって来た。
幸い、オルト君も参加できたので良かったと思う。何でも行かなかったら家が舐められると言うと、すぐに許可ご出たらしい。
ジャス先生が教室に入ってくる。
「今日は中級までの魔法の基礎の総まとめになる大事なテストだ。各自今まで訓練してきたことを存分に活かして、安全に気をつけてくれ。では、外に集合!」
その声と共にみんなはぞろぞろと外に出ていった。
一緒に行ってきたクインさんが
「ミツキさん。今日は本気で行くわ。私が行くまでせいぜい待ってなさい。」
と言ってきた。
『はい。私も待ってます。頑張ってください。』
全力で頑張ろうと思えた。