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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

はらぺこピノ

作者: 夕凪 もぐら
掲載日:2017/04/05

※生理的にきもちグロいです。子育てママには推奨できません。


※タイトルははらぺこピノですが、友人のピノ吉さんとは一切関係ありません。

『はらぺこピノ』




 換気がされていなく、蒸し暑い研究所の、淀んだ空気に両手が汗ばむ。強く握った掌の中のマカロフが滑らないよう、予め手をよく拭っておく。この両の手は、わたしの心持ちと同様、酷くベタついていた。


 この扉の向こうにバケモノがいる。


 込み上げる動悸を深呼吸で落ち着かせ、験を担いで七秒間、目を閉じ主に祈る。そして一気にドアノブに手を掛け、それを回し、扉を開けた。


 この部屋は研究所内の数あるブリーフィングルームの一つである。室内は、わたしの想像を裏切ることなく地獄絵図になっている。件のバケモノは食事中であった。


 わたしの同僚の研究職員たちは、バケモノに食い散らかされ、臓物を撒き散らし、何人いたのかも、誰が食われたのかも、定かではなかった。


 部屋中に異臭が充満し、わたしは嘔吐く。女性職員の太ももと思われる肉塊を食いちぎりながら、世にも醜いバケモノは、わたしを見る。そしてまるで人間のような言葉を使いこう言った。


「ママ〜。お腹空いたよ〜。オムライス作って」


 何故わたしがママと呼ばれるのか。それはこのバケモノが、わたしの腹から産まれたからである。



※ ※ ※



「きみの体に私の子を宿して欲しい」


 遺伝子工学の権威である三好國友教授より、この話を持ちかけられたのは、今から何年も前の話である。


 その日、彼の奥さんと子供は旅行に出ていて、普段は妻と寝る筈の寝室のベッドで、酔わされたわたしと彼が夜を共にした後のことだった。


 この頃のわたしには、愛する三好の子を、この身に宿せるその話は、願ってもないことであった。勿論、これが幸せを育む類の話ではないことくらいは、馬鹿なわたしでも知っていた。ただただ彼の研究のモルモットになるだけである。それでもわたしは女であったし、女でありたかった。


 彼の研究室で、わたしは彼がデザインした精子を子宮に仕込まれ、それが着床したことを確認されると、様々な管と機器に繋がれ隔離された。研究対象としてこの研究所に飼われることとなる。それでも三好の研究の役に立てると思えばやはり幸せであった。


 腹の子はすくすくと育ち、十月十日を少し過ぎたくらいで、生まれることとなる。一般的な可愛い赤ん坊であった。男の子である。この赤ん坊にわたしは、ピノと名付けることにした。


 体と脳が急速に成長するようデザインされたピノは、たった数年で体は大きくなり、言葉を話すようになっていた。


 その頃のわたしは、失意のどん底にいた。わたしが隔離されてる間に、三好は離婚し、わたしより若い女性職員を連れて、この研究チームから消えたのだ。今はその女と海外に住んでいるらしい。


「ママ、お腹減ったよ〜」


 見た目は八歳くらいに育ったピノの食欲は旺盛で、わたしの作った食事を一日に何度も食べた。腹を痛めたのに愛情なんて湧かなかった。彼の所為でわたしの人生は狂ったのだ。


 現在のわたしの仕事は、彼を育てることしかない。


 しかしながら年齢の割に高い知能をもったピノは、殆ど手が掛からず、結局のところ、彼が腹を空かせたと言えば、何か食べさせてあげるしか、することがなかった。


 わたしは備え付けのキッチンで、オムライスを作って彼に差し出す。


「やっぱ、ママの作ったオムライスは、美味しいなぁ。大好きママ」


 ピノは口をケチャップで、ベタベタにしながら喜んでいた。常人の三倍以上の早さで成長する、気味の悪いバケモノである。


 彼は大量の食料を要求してきて、それに応じるように彼に食事を作る。彼との生活は気が狂いそうであった。


 やがてピノは大きく成長した。必要が無くなったので、バケモノは他の職員に託して、わたしは研究者として社会復帰を願い出る。


 ケチャップでベタベタにしたピノの顔を、一刻も早く忘れたかった。


 兎に角、わたしは働いた。自傷行為のような残業を自ら願い出たりもした。


 そんなある日、人も疎らになった研究所内、自分のデスクで一人インスタントフードを食べる午後九時、所内を耳を塞ぎたくなる程、大音量のサイレンが鳴り響く。


 何事かと、わたしは所内を見渡し、幾つかの研究所内の施設や研究室をまわり、原因を探る。火の気も感じないのに、所々防火シャッターが降りている。


 その時、正面から数人の職員たちがこちらに走ってきた。そして、その後ろからそれを追いかける……醜いバケモノ。


「助けてくれ。もう何人も食われた」


 信じられない光景である。身の丈三メートルの巨体に、ぶよぶよの白い脂肪が歪に重なりあったようなバケモノがそこにいたのだ。


 そして、バケモノに捕まる一人の職員は、そのバケモノの脂肪に飲み込まれ、体を捻り潰され、無残に食われていく。


 あまりのことに、胃の中のものをわたしは全て吐き出した。


 バケモノはわたしを見るなり、捕まえた職員の死体を捨てる。そして、「ママ? お腹空いたんだよ〜。オムライス作って」


 その一言でわたしの脳内にあった一つの可能性は確信に変わる。あれはピノだ。胃の中身を全部出し、少しだけ冷静になったわたしは、静かに言う。


「お前の所為で、わたしの人生は滅茶苦茶だ。何をしてくれるんだ。いい加減にしろ、馬鹿者め」


 バケモノは「ゴメンなさい」とだけ言い、わたしから逃げるように離れていく。


 彼が見えなくなったところで、わたしは生きている職員を先に逃がし、三好がかつて使っていた研究室へ行く。ここの床下に三好がもっていたマカロフが隠してある。


 初めてもつ拳銃は、想像よりも軽くてちゃちな造りであった。


 この時、わたしがこの手でバケモノを……ピノを殺そうという、訳の解らない正体不明の使命感が宿った。



※ ※ ※



 そして今に至る。


 わたしはバケモノに銃を向ける。


「ピノ。好きになれなくてごめんね」


「ママのオムライス……食べたかったなぁ」


 とても高い知能をもっているように見えない。三好が失踪したのは、この研究が失敗だったことを悟ったからなのかもしれない。そういう男だ。


 わたしが腹を痛めた子だ。わたしはこの子を愛せなかった。ピノがこうなったのは、もしかしたらわたしの所為なのかもしれない。


 思えば産まれたばかりのとき以来、ピノを抱きしめていない。


「ママ、困らせてゴメンね」


 わたしは数秒間迷い、ピノに向け銃を撃つ。鈍い銃声と、大したことのない衝撃、そして硝煙。銃弾はピノの遥か上の壁に穴を開ける。


 至近距離である。次は外さない。


 次は良い親の元に生まれてきてね。わたしは地獄に行くから。


「オムライス食べたかったなぁ」


 バケモノは脂肪でぶくぶくの顔を、精一杯歪めている。きっとわたしに笑って見せているのであろう。



※ ※ ※



 バケモノを始末したあと、自分のこめかみに銃を当て、死のうとして、やはり死ねなかった。死ななくていい言い訳を散々探して、その醜さに吐きそうになって、結局わたしは忘れることを選んだ。


 この事件は政府にもみ消され、表沙汰になることはなかった。わたしは別の研究所に飛ばされ、今も二酸化炭素を撒き散らかし、地球温暖化に一躍買っている。


 とある日の所内での昼休憩、食堂に備え付けられたテレビを観ながら、新しい同僚のマリちゃんは言った。


「観てよ。また虐待だって。信じられないよね。自分の子供なのに」


 マリちゃんは概ね正しい。きっと良い母になり、いつしか幸せな家庭を築くことであろう。それと同時に汚い汚いわたしは思ってしまう。


 お前に何が解る。と。


「ね。ほんと怖いよね」





 











おしっこ我慢しながら書きました。

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