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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第一章 環境適応のススメ編
9/53

仮拠点宿屋【コーカサス・ド・レッド】




「あれは無い」



 食卓に着いて開口一番、テーラは言う。


 ギルドを出て紅朗は、テーラとソーラの案内の下、彼女らが拠点としている宿屋に居た。日は暮れて暗くなり、やはり街灯だった金属製のポール、その頂点から溢れる柔らかい光の中、道中の市場や屋台で間食程度の細やかな食料を数点買い込み、紅朗は狐兎族の双子が拠点とする宿屋を紹介してもらったのだ。因みに宿舎の名前は【コーカサス・ド・レッド】。何か意味があるのかもしれないけれども詳しくは聞いていない。


 その宿屋は一階が酒も出す飯屋で、二階が宿屋という間取り。店員に話をつけ、空き室を一室、一週間程借りた。値段は一日銀貨三枚、この世界の一週間は十日なので銀板三枚である。


 そして今、彼らは一階の飯屋スペースの一角に座って、そして冒頭のテーラの台詞が発せられた所だった。



「そうね、無いわ」


「ぐぁ、やっぱ駄目だコレ」



 妹であるソーラは姉の言葉に同調し、紅朗は我関せずと購入した食品をぱくついては苦い顔を浮かべる。今、紅朗が手に持っているのは串に刺した焼いた肉だ。原材料は不明。売ってるものであれば、早々ヤバい物には引っ掛からないだろうという紅朗の考えだった。中国のように汚くも無いし、虫塗れでも無かったのは確認している。


 他にもなんか丸くて赤い果物(リンゴでは無さそう)や、棒に巻いて焼いた恐らくパンかナンのような練り物。テーラが子供の代表的なお菓子と言っていた、なんか緑の木の実に粘着性の高いタレをかけたようなものもある。チキュとかハニバとかルットコとか言っていたが紅朗は覚える気が無い為、どれがどういう名称かは知る所では無い。


 これらは、自分が本当に食料を摂取出来ないのか調べる為に紅朗が購入したものだ。取り敢えず初っ端の焼いた串肉は無理だったようで、購入した時についてきた藁半紙のような荒い紙に串肉を置く。



「で、なにが無いのよ。すいませーん」



 テーラに疑問を投げかけつつ、紅朗は店員を呼んだ。紅朗達以外に三組の客が居て、その間を忙しなく動く犬系の女性店員が「はーい、今行きまーす」と幼さの残る声を上げた。



「あ、食いかけだけど、いる?」


「貰う」



 紅朗が串肉を指してテーラに聞けば、彼女は即座に答える。食いかけと言っても、干し肉と同様、紅朗には食べられない可能性が高かった為、ほんの一欠片しか齧られていない串肉だ。売られた時の状態と殆ど変わっていない。


 紅朗から許可を貰ったテーラは串肉をわしっと掴み、むしっと食べる。中々にワイルドな食べ方だなと紅朗は思い、そして美味そうに食べるテーラに少しだけ肩を落とした。羨ましいと思ったからだ。紅朗は固形物を胃に入れられないだけで、味覚は正常。つまり、味の良し悪し、美味か否かは解るのだ。もう期間限定のさつまりこは二度と食べられないのかもしれないと思うと、少しだけ涙が零れそうだった。



「お待たせしましたー」


「あ、取りあえず水と果実水と酒を一種類ずつお願いします。味は適当に売れ筋で。お前らはなんか食う?」



 心中の寒々しい未来予想を脇に置いて、紅朗は女性店員に注文する。適当でと告げられた女性店員は狼狽えたが、紅朗が「本当に何でも良いんで、お願いします」と念を押すと腑には落ちていないが受け入れたようだ。そして紅朗に促されたテーラとソーラは各々の注文をして、女性店員は去っていった。



「んで、何が無いのよ。……ぐ」



 パンのようなナンのような、棒に巻いて焼かれた食べ物を一欠片千切って口に入れつつ、紅朗は再度問う。やはり食べられなかったのか、苦々しい顔で口内の欠片を粗い紙に包むおまけ付きで。



「貴方、敬語使えたのね」


「当たり前だろ。なんだ、バカにしてんのか?」



 先程の女性店員への対応を見て、ソーラが関心したように口にしたが、どうやら不服だったようで、紅朗は眉間に皺を寄せた。因みにソーラの手には紅朗が欠片を毟ったパンだかナンだか解らない食べ物が掴まれている。



「礼儀には礼儀をもって返せって俺は親父から強く言われてんだ」


「それじゃあ、なんでギルドの時はあんな事したんだよ。あれであたし達、完璧に目を付けられたぞ」


「礼儀には礼儀を返すんだから、悪意には悪意を返すのは当然の話だろ」



 まるで悪びれる事無く言ってのける紅朗。それは確かに、紅朗の言い分も少しはある。今回、多少空腹によりささくれ立っていた感情があった事は否めないが、ギルド員に対しての紅朗は、冒険者として一般的な対応の範疇だった。その後のガルゲルにしたって、あれは明らかにガルゲルが酒に酔って絡んできただけだ。そして一回だけではあるが、事無く終われるように紅朗は選択肢さえ与えたのだ。今回の件、はっきり言えば紅朗は完全に被害者で、一回だけでも恩赦の余地を与えた事は褒められはしても非難される謂れはまるで無い。


 また、ギルドの立ち位置をガンターに訊ねた事もプラス査定に含まれるべきだろう。訊ねたという行為そのものが、紅朗がルールを順守しようとした証左なのだから。そして紅朗の取った行動は、ギルド的にも、紅朗は知らないが王国の法律的にも、悪い事は一切していない。強いて言うのならば、解決手段に流血と後遺症を伴った事だけ。人道を無視した事だけだろう。


 しかし法律や規則的に正しくとも、それだけではうまく回らないのが感情というもので、テーラとソーラは納得していないように紅朗への視線を険しくする。そしてそれを無視するのが、石動紅朗という男だった。


 彼は話は終わったと言わんばかりに、腰袋をテーブルの上に投げる。がちゃん、と軽い音が示すのは、金の音だ。



「取り敢えず、これが今日の稼ぎな」



 それは、山賊達とガルゲルから奪い取った金銭を一纏めにした革袋だった。袋を開くと、中には金貨と銀板数枚。勿論、銀貨、銅板、銅貨もあった。Dランカーになったばかりの双子にとって、数回依頼をこなさなければ手に入らない額である事は、一見するだに明らかである。


 紅朗はその中から金貨一枚だけ取り出し、空いた革袋に入れて懐にしまう。



「俺の取り分はこれで良いや。後はお前らで分け合ってくれ」


「……それだけで良いのか?」



 紅朗の取り分は金貨一枚。ルーキーとして考えれば破格も破格な値段だが、それを含めた革袋内の金銭を得たのは紅朗のみの力だ。そして金貨一枚とはいえ、袋の金額から見れば三分の一にも四分の一にさえ達していない。だが構わないと紅朗は言う。



「別に良いさ。俺は物欲とか特に無いし、幸か不幸かは兎も角、食費もこの調子じゃ余り掛からないからな。それに、取り分とか明確に決めてはいないが、約束は約束。それが例え口約束だろうと、人として守るべきだ。そうだろ?」



 約束というのは、紅朗と双子間で交わした取り決めの事を言っているのだろう。金銭と、魔術という名の食料、その交換契約。


 頬杖を着いて笑う紅朗の顔に、嘘は無い。だからこそ恐ろしいものをソーラは感じた。テーラはそんな事を思わなかったかもしれないが、狐兎族姉妹の頭脳担当は、あらゆる方向に思考を働かせてきたから気付いた、その恐怖。


 例えば。ソーラはこう考える。この金を持って逃げる、という可能性を。行動には移さないまでも思考の一つ、手遊びのような軽さで考えた事は否定出来ない。そしてそれを、言外に紅朗が封じたのだ。


 Cランカー冒険者を一笑に伏す力量の者が、約束は人として守るべきだ、と告げる事によって。


 夜のうちに逃げ出せば出来ない事は無いと思うが、見付かった時のリスクが大き過ぎるのだ。きっと、抗う暇も無く四肢を折られ、下手すれば命ごと奪われる。ギルドで紅朗が行ったガルゲルへの非情ぶりを思い出して、ソーラはその末路を幻視した。そして何より、裏切った時のリスクを遥かに上回る、付き合いを継続した場合のメリット。一日で手に入れられる金銭の多さ。


 今日一日を通して見てきた紅朗の人柄に不快な感情を抱いている訳でも無し、裏切る必要性は何処にも無い。ただ少しだけ、ソーラが恐怖を感じるように狙ったか狙っていなかったのかは解らないが、油断ならない人物だとソーラは評価した。



「そうね。でも取り分はちゃんと決めた方が良いのではないかしら」


「そうだな。だがそれは後だ。今は飯を食おう飯を。俺は食えないけど。俺は食えないけど!」



 紅朗の視界の端に店員が注文の品を運んでいる姿が映り、これ幸いにと話しを切り上げる。何故ならば、腹を満たした後の交渉は円滑に進む事が多い為だ。恐らくは飯を食った後に感じる多幸感の余韻に浸っているため、事を荒立てる考えや高望みをし辛くなるのだろうと紅朗は思っている。特に交渉する事も無いのだが、金の問題は異常に面倒臭い。出来るだけ円滑に物事を進ませる為なのと、加えて自身の印象を良くしておきたいという姑息な考えが其処にはあった。が、その思惑がギルドでの一件で脆くなっている事に紅朗は気付いていない。


 そんな紅朗達に近付く女性店員は、樽ジョッキとでも言えば良いのか、ガルゲルが持っていたような樽型の飲料容器五つに、炒めた何かが乗った皿が二つ。それらを二本の腕で器用に運ぶ様は見事なバランス感覚と言えよう。


「お待たせしましたー」と注文した時と同様の言葉を告げて、店員は食器をテーブルに置いていく。テーラは肉を中心に炒めた何か、ソーラは野菜を中心に炒めた何かだった。それとパン的な何かが付随している。世界も国も違えど、人とは言い辛いものの、人型の食べるものの基本は変わらないんだな、と紅朗は思った。


 双子が自らの食事に手を付け始めた時、紅朗の前に三つの容器が並ぶ。一つは水。一つは果実水。一つは酒。まずは水を一口飲んで、これは大丈夫と安心した。まぁ、これは森の中でも試したから特にこれといった不安要素は無かったが。


 次いで紅朗が口を付けたのは、果実水。柑橘系の実を絞った爽やかな甘さと不思議な苦みが特徴で、どことなくグレープフルーツジュースに似ていた。一口だけ含んで飲み下したが、特に体調の変化は見られない。これは大丈夫かと思ったが、樽ジョッキの底に沈殿していた果実には反応を示し、やはり固形物は飲み込めない事が判明した。


 そして三つめ、最後の飲料、酒。表面上は少ない泡が漂っていて、なんというか未開拓地の部族が造った原始的な酒のように見える。一口飲んでみるが、マズイ。穀物系の苦みと発酵系の酸味とアルコール独特のエグみが微温湯で混合されていた。これは酷い。まぁ元々ビールだの発泡酒だのの美味さを理解出来ない子供舌な紅朗には、飲み干すにはレベルが高い飲料だった。だが飲めない事は無い。


 この三つの飲料と屋台で購入した食料で試した所、どうやら紅朗は液体なら摂取出来るようだ。つまり最悪、水だけでも確保出来たならば、一週間ぐらいなら生きられるかもしれない。本当の本当に、最悪な可能性だが。



「ところで、一つ聞きたいんだけどさ」



 その後、赤い果実と緑色の木の実を一口齧って矢張り飲み込めず項垂れた紅朗に、半分以上食を進ませたテーラが話しかけてきた。



「あんた、あのカウンターってどうやったのさ」


「あぁ、それ、私も興味あるわね」



 対面のソーラも話に乗っかる。



「あたしの知る限り、そんな細腕であの板を剥がせる筈が無いんだ。どうやったのか気になってさ。まさか、腕力だけって事は無いだろう」



 ここで注釈しておけば、紅朗はそれなりに全身隈なく鍛えてきた実績がある。腕の太さだって、地球では一般人よりもがっしりしている方だと紅朗は自負していた。現に双子よりも一回り二回り太い。


 が、それは地球での話。紅朗が今踏んでいる世界は種族が多種多様だ。テーラやソーラのような狐兎族、ガンターやガルゲルのような熊腕族。山賊達のような狼牙族。それ以外にも様々な種族が存在するこの世界では、紅朗の腕は男として割と細い部類に入っていた。


 そして何より、一枚板というのは、想定よりも大分重い物だ。例え土台と釘でくっつけただけの簡易的なものだとしても、4mもある厚い板を引っぺがすのは相当な腕力が無ければ出来ない所業だった。見た目的に、紅朗の腕では到底不可能だと思える程に。



「そりゃ、腕だけで考えれば無理だな」



 それを紅朗も肯定する。腕だけならば、という限定条件では。



「例えば、人は重たい物を持つ時、大まかに三つに分類される。腕力だけで持ち上げる者、腰を使って持ち上げる者、足を使って持ち上げる者の三つ。俺はそのどれでも無く、全身を使って持ち上げただけだ」



 そう言っても、二人は合点がいかず、首を傾げるだけだった。説明下手な紅朗は困る。彼は理論派では無く、どちらかと言えば感覚派なのだ。



「なんて言えば良いかな。例えばー、そうだな……。ちょっとその――なんだそれ。まぁいいや、それ貸して」



 紅朗が借りた物は、テーラが食事するために使っていたフォークのような木製の食器。だが歯先は二股で、紅朗は知らないがフォークの歴史で初期に見られる、原始的なフォークだった。


 既に肉を食い終えたテーラはそれを紅朗に渡し、紅朗は刃先の部分だけ宙に浮かせる感じでテーブルに置いた。そして柄の方に金貨の入った革袋を乗せる。



「この状態で、指の力だけで歯先の部分を押すと、革袋が持ち上がるだけだろ?」



 台詞と同時に紅朗はフォークの先端を下に押す。言葉通り革袋が持ち上がって、それでも尚力を込めると革袋は柄から外れ、フォークだけが下に落ち、床に当たる前に紅朗がキャッチした。



「じゃあここに、指の力プラス、腕力と背筋を使って速度も加えると、どうなる?」



 紅朗が有言実行してみれば、急な衝撃にフォークが耐えられず、真ん中からぽっきりと折れてしまった。これは単純な物理学と言えば良いのか、一昔前に廃れた宴会芸の一つである。フォークは割り箸、革袋は新聞紙、指を含めた腕も新聞紙に変換すれば、宴会芸の一つに早変わりだ。例え脆かろうと、対象を押さえるものと速度さえあれば、紙で木を折れるというアレだ。



「端的に言えば、俺がやったのはこういう事。原理は違うけれど、これを拡大解釈して実行すれば、誰だってあの程度のカウンターを引っぺがす事は可能らしい」


「らしい?」


「あぁ。師匠がそう言ってた」



 やべぇ、店の備品壊しちまった、と罪悪感に駆られながらも、紅朗はテーラの疑問に答える。



「師匠曰く、ある程度の筋量さえあれば、どんなものだろうと簡単に壊せるらしい。勿論、前提条件として、全身隈なく任意に動かせる技術と、それを活かす知識が無ければ駄目だとも言っていたけど」


「隈なくって、どの程度までの事を言うの?」


「これを全身で出来るぐらい」



 ソーラの疑問に、紅朗は両手を見せて答えた。紅朗が眼前に掲げた両手。見るべきは手では無く、その指だ。一手五指、合わせて十指は、それぞれの指があらゆる方向に動き、蠢いている。まるで触手の一本一本のように、あるいは十匹の芋虫のように。それぞれが独立した生き物のように蠢く紅朗の手を見て、テーラとソーラは顔を歪めた。それ程の、生理的嫌悪を沸き立たせる程の動きだった。



「マッスルコントロールっつってな。師匠の教えは、まず全身の任意稼働を前提としたものだった。それを体得しなければ次の段階に進めなかったんだ。必死にやったよ。それこそ死に物狂いで」



 紅朗は実際、師に教わり始めてから死ぬかと思った事が何回もある。動きが緩慢な場所があれば、容赦無くぶっ叩かれた。意識出来ていない筋肉があれば、痛みを加えて無理矢理認識出来るようにもされた。最初はそれがどうしても出来なくて、酷い時は全身が二倍に腫れ上がる事もあった。いやもう、腫れ上がるというよりも、膨れ上がるの方が適切だったかもしれない。



「それさえ出来りゃあ、あれぐらい誰にでも出来るよ」



 その言葉通り、紅朗がやったのは実に簡単な事だ。内訳を一言で言うのであれば【全身を使って剥がした】ただそれだけ。他人と違う部分を挙げるのならば、師との訓練によって使える箇所が人より多く、それにより足の爪先から頭部の重みまで、全身の稼働部分を余す事無く使っただけの力技なのだ。



「じゃあ、あたしにも出来るか?」


「いやあ、どうだろう」



 力に貪欲なのか、テーラが身を乗り出して聞いてきた言葉に、紅朗はやや否定的だ。誰にでも出来ると言った傍から否定する紅朗に不満顔を見せるテーラ。しかし、それにはある理由がある。



「俺、教えるの下手だからなぁ」



 彼は前述した通り、どちらかと言えば感覚派なのだ。物事を理論立てて話す事に向いていないとは言わないが、話す事柄が細かくなるにつれて粗が目立つタイプである。人に説明する時に前提条件なんていちいち言わなくても解るだろうと省略して話し、省略するなと言われたら事の起こりから終わりまで微に入り細を穿って話してウザがられるタイプであった。


 円滑な関係を構築する為には、それだけは避けなければ。そう紅朗は思うも、テーラの猛攻は止みそうに無かったが、しかしここで待ったがかかる。



「そもそも、師匠ってなんの?」



 発言主はソーラ。


 実を言えば、最初の師匠発言の時は紅朗の記憶喪失発言であやふやになり、彼の言う師匠という者の存在をソーラは聞きそびれていた。それから今まで聞く機会が無かったが、腰を落ち着かせ、腹を満たした今、これ幸いにと話題に上げた。


 対して紅朗は、「あれ、言ってなかったけ?」と首を傾げる。



「昔ね、ちょっとした事情があって、「あ、俺ビックリするぐらい弱い。これはヤバい」と思って、色んな格闘技を習っていた事があってさ」



 地球であれば「なにそれ」と思うだけの弱く思えそうな動機だが、双子は「だろうな」と納得する。これは文化の違いが齎す優先順位の違いが原因であり、死が身近にある者にとっては何よりも優先すべき防衛本能みたいなものだ。そして双子は種族特性によって筋肉量が少ない方の人種故に、紅朗の思いに共感する。



「そんな時に出会ったのが師匠だ。その人の強さが欲しくて、弟子になった」



 憧れとは違う、何処か父の背中を思う子のように、紅朗は昔を思い出す。正直、何十回、いや何百回と弟子になった事を後悔したが。それと同じくらい、師匠に出会えた事への感謝も、紅朗の中には存在していた。



「そんなに強いの?」


「そりゃもうべらぼうに。言っちゃあなんだが、多分Sランカーよか強いんじゃないか? 会った事無いから解らないけど」


「それは言い過ぎでしょー」


「いやマジだって。もう神だよ神」


「はいはい」



 国を滅ぼした歴史的偉人、あるいは史上最悪の犯罪者と比べる事自体烏滸がましい事ではあるが、紅朗は自分の説を疑わない。それぐらい、人とはかけ離れたイメージを師匠に抱いているのだ。ではここで紅朗だけが知っている具体的な例を挙げても良いのだが、それを証明する手立てが無い以上、水掛け論気味な話になってしまう事は目に見えている。何故なら師匠自体がこの世界に存在しないのだ。



「なんだお前ら、信じて無ぇな。良いか、これはまだ俺が19の頃の話だが――」



 それでもムキになって喋る紅朗を、テーラとソーラは何処か子供を見るような感情を抱き、ロレインカムの夜は更けていく。



 

本当であれば宿屋の名前は二度と使う予定が無かったので、出すつもりは無かったのですが、それもどうかなと思って出しました。勿論、命名は適当です。出たからには何回か使える所はあるのでしょうが、とってもどうでもいいですね。

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