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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第一章 環境適応のススメ編
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自己紹介


 妖精郷≪ティル・ナ・ノーグ≫またの名を【常若の国】

  アイルランドに伝わるケルト神話に出てくる楽園の一つで、字の通り妖精の国である。


 紅朗にとって、詳しくは知らない伝承だ。だがその名を声高に叫び、求め続けた男達は知っている。妖精郷に辿り着く事を目的とし理念とした宗教家のような者達で、先にも言った魔術だなんだと言っていた人物団体の一つだ。はっきり言って、へいへいと半ば自動的に頷いて説法を右から左に垂れ流したから、その詳しい伝承もどういう云われをしたのかも知らない。結果辿り着いたのかさえ知らない。関わりは旅行費目的で何でも屋のような事をしていた時に依頼されただけだ。その依頼だって実験協力のような雑用だった。だから、詳しくはまるで知らない。ただ一つ覚えているのは、その団体の男が教えてくれたたった一言。「魔術が魔法になった時に辿り着ける場所だ」という言葉だけだ。


 だから紅朗は、此処がその妖精郷かどうかを判別する術を持っていない。彼に出来る事は、確認と推測だけである。



「西暦は何年だ?」


「セイレキって何?」


「……此処の国名は?」


「イーディフ王国よ」



 知らない国名だ。



「建国何年?」


「王暦かしら。今は306年よ」


「……西暦じゃねぇし知らねぇって事は、イエス・キリストを知らねぇって事か……」


「イエス? 何だそれ、食べ物か?」


「……それがネタであればどれ程良かった事か……」



 決定打だと思われる言葉が返ってきた。紅朗の知る世界最大の宗教であるキリスト教をこの二人は知らないのだ。が、それでも紅朗は足掻くのを止めない。



「日本という国を知っているか?」


「知らない」


「ウェールズは?」


「知らないわ」


「移動手段で活用される乗り物はあるか?」


「馬車の事?」


「蒸気機関はあるか?」


「何それ」


「空を飛ぶ手段はあるか?」


「遠い国に竜騎士ってのがいるらしいけど……」


「達人級の魔術師は空を飛べるらしいわ」


「これが最後だが……耳を触らせてくれないだろうか」



 ずっと見て見ぬ振りをしてきた。何処かで知ってると言ってくれる事を期待していたからだ。自動車という言葉を期待していた。蒸気機関という文明の利器を期待していた。飛行機やヘリを、せめて見た事があると言って欲しかった。であればまだ、この王国が発展途上国で、海を隔てた向こうに日本があるかもしれなかったからだ。だからずっと見て見ぬ振りをしてきた。動く度に揺れる耳に、肉が詰まっている可能性を。感情で上下する耳に、神経が通っている可能性を。



「? 別に構わないけれど……」



 長い耳を紅朗に近付けるように、頭を垂れるソーラ。ピンと立った耳だ。白い短毛がびっしりと生えている。触れてみると、人肌と同じく暖かかった。指先に意識を集中させるまでも無い、血が通っている証拠だ。指先でゆっくり毛を分けると肌と思われる部分が見える。指先を徐々に頭部へと下ろしていき、白い髪の毛を分けて見る。やはり、耳と頭部は肌で繋がっていた。そして、人間であればある筈の、顔の側面に耳が無い。


 確定だ。最早言い逃れの出来ない程に確定されてしまった。つまり頭の耳は本物で、耳の奥には鼓膜があり、兎と人間の耳の内部構造がどれだけ違うかは紅朗には解らない事ではあるが、恐らくは半規管と聴神経があって――あぁいや、そんな事は些細な事だ。問題としているのは、この、人型の生物は、兎の耳に近い感覚器官を、本物の耳として持っている、という事だ。


 そして紅朗の知っている世界は、国際社会は、グローバルネットワークは、このような生物を確認していないという事だ。



「――……終わった。確定だ……。俺の理解力を超えた……」



 不意に項垂れてしまった紅朗を怪訝な視線で見る二人。双子の姉妹のコト族。そう、コト族。兎の耳と、狐の尻尾を持つ【狐】【兎】族。



「此処はもう、俺の知る世界じゃない……」



 彼は異郷に辿り着いてしまった事を、今漸く理解した。






  ▲▽▲▽▲▽▲▽▲






「俺を記憶喪失だと思え」


「「はあ?」」



 項垂れたと思ったらいきなり立ち直った紅朗から放たれた言葉に、双子の姉妹は困惑を露わにする。ついでに情緒不安定なのかとも思った。



「この国を知らない。この国の文化を知らない。土地も歴史も何もかも。狐兎族とかいうのもさっぱりだ」



 紅朗は断言する。胸を張ってきっぱりと。


 説明する方法も、聞くべき事柄も、解決する手段も。考えて解らなかったのだ。命に直結しない疑問は明日に回す。そういう切り替えが早いのが自分の長所だと紅朗は思っている。



「だから、そういう人間だと思え。で、聞きたい事はあるか? 記憶喪失なりに答えるぜ?」


「えぇっ、と……」



 切り替わりの速さに面を食らった双子だったが、まず最初に正気に戻ったのは姉のテーラ。



「あんたはどうしてあそこにいたんだ?」



 あそこ、というのは山賊やボアウルフを叩きのめした所だろう。



「目が覚めたらあの森の中に居た。酷く腹が減った状態で。一時間足らずであんたらを見付けられたのは運が良かった」


「森の中で? 傷だらけで? 全裸で?」


「おう。それ以前の事はさっぱり覚えてねぇ、ってえのはちょっと語弊があるかな。それ以前の記憶は確かにある。だがその記憶と森の中に全裸で傷だらけに繋がる記憶は全く無ぇ」


「それ以前というのは、何をしていたのかしら」



 復活したソーラの問い。えーと、と呟きながら紅朗は中空を見上げた。



「旅費目的で何でも屋みてぇな事しててな。ある依頼で喧嘩してた。大分追い詰めたと思ったんだが、気付いたら知らねぇ森の中だ。擦過傷はその時の傷だな。打撲みてぇな紫斑は解んねぇ。あ、勿論ちゃんと服は着ていたぞ。なんでか無くなってたけど」


「……それが本当だとしたら、物取り、かしら。でも、取るだけ取って移動させて放置というのは解らないわね」


「まぁ命があっただけでもめっけもんだろ」



 まるで他人事のように紅朗は言ってのけた。生きる事にあれ程の執着を見せた男が、自らの危機をこうまで楽観的に捉えるだろうか。ソーラは気付いている。対面の男が何かを隠している事を。だが腑に落ちないのは、『何かを隠している事』を隠そうとしていない事だ。煙に撒く気か、とソーラの赤眼が鋭く光る。



「でも、どうしてそこまで覚えているのに、なんで貴方は何も知らないと言うのかしら」


「噛み砕いて言えば、異常に世間知らずな坊ちゃんみたいなもんだからだ。監禁されていたとか、お国が鎖国してたとか、人里離れた山奥に住んでいたからだとか。大体そんな感じ」


「そこの所をもう少し詳しく話してもらえないのは、どうしてかしら」


「教えた所で、知った所で意味が無いからだ」



 紅朗は断言する。胸を張って、絶対の自信をもって言い切る。



「例えば、あんたらが一生掛かって貯蓄した金全てを注ぎ込んでも到底辿り着けない場所に俺の故郷があるとして、無茶難題の先にあるとして。それを知った所で、じゃあソーラ。あんたはどうする?」



 考えるまでも無い。答えは「どうもしない」だ。



「それと同じ事さ。『話さない』んじゃあなく、話した所で意味が無いし、こうして説明している以上の時間と労力を使う確信があるから話したくないんだ。それで簡便してくれないかな」



 そう、紅朗は煙に撒く事にした。何故ならば、紅朗はこうして異郷を実体験しているので受け入れざるを得ない状況にいるが、対面する狐兎族の双子は違う。彼女らが異世界を信じるかどうかは未知数なのだ。よしんば彼女らが異世界を信じたとして、紅朗がその異世界の人間であるかどうかを信じるのもまた別だろう。目に見える証拠など無いのだから。更に言えば、狐兎族という獣と人のハイブリッド種族がいる時点で疑いようもない事だが、だからこそ間違いなく此処が異郷だと紅朗は断言出来るが、それを証明するものだって無いのだ。説明するには二転三転しそうで考えるだけでも嫌気が差す。


 話すにはメリットが無さ過ぎて、話さないのはデメリットが少ない。であれば、話さないを選ぶのは人として間違いでは無いだろう。本音の一つとして、未だに信じたくないってのもあるが。


 対してソーラは、紅朗の事を図りかねていた。恐らくは、言ってる事は全部本当。それの証拠、とするには些か主観が混じる話ではあるが、それは紅朗の行動が表していた。まず、ソーラ達が腰を据えたこの道を安全かどうかと確かめた事。先にも言ったがこの道は行商人が良く通る道だ。彼ら商人は利に五月蠅い。盗賊が出る危険性の高い、利益が見込めない道はまず通らない。この地方を知っていればまず出ない質問だ。そして国名を聞いた事がそれを確信させた。眼前の男紅朗は、イーディフ王国を知らない。そんなに大国という程の国では無いが、彼がこの王国領内の出身で無い事は確信させるに足る質問だった。


 更に、狐兎族を知らなかった事。それは自身の耳を差し出した時の行動が証拠だ。恐る恐る確かめるように触り、地肌まで調べた。狐兎族というよりも、頭部に耳が生えている事そのものが信じられなかったのだろうと推測出来る。


 そして、魔術を知らなかった事。魔術大国まであるこの情勢で、魔術を知らない種族がいるとは思えないからだ。


 この事から考えるに、眼前の男イスルギ・クローは、当人が言ったように、コッチの事を何も知り得ない環境で育ったのだろう。



「テーラ、どう思う?」


「わかんね。そういう頭脳労働はあたしにゃ向いてない。ソーラがそう思うってんなら、きっと『そう』なんだ」



 何も考えずに即答した姉に、ソーラは苦笑を浮かべる。対面の男は、こちらが悩んでいるのを面白そうにニヤニヤ笑うばかりだ。自然と、力を抜くように溜息が零れた。



「ま、助けられた恩もあるしね。そこは流しましょう」


「それは助かる。一両日中に終わるとは思えなかったからな」



 それは困ると言うようにテーラは顔を歪め、俺も同意見だと紅朗が笑った。



「さて、聞きたい事は以上かい?」


「そうね。今のところは」



 場を取り仕切る紅朗の言葉は、テーラを越えてソーラに向いていた。紅朗も眼前の双子の役割分担に気が付いたのだろう。その証明としてテーラの顔もソーラに向いていた。



「では、ここで俺は君達に、再度取引を申し込みたい」



 ぴ、と右手人差し指を立てる紅朗。その表情に悪感情は見られないが、取引という言葉が双子の顔に力を入れた。



「なに、難しい事じゃない。先程も言ったが、俺は何でも屋のような事をしていてね。恐らくはそっちの言う、冒険者ギルドと同じような、荒っぽい事もまぁまぁやってきた自負がある。腕は、そこそこ立つと思う」



 双子の姉妹は、先の山賊戦とボアウルフ戦を思い出す。屈強な荒くれ者を一蹴出来る脚力、自分より大きな獣の突進を受け止め押し潰せる脚力なんて、そこそこどころじゃない。ギルドでならBランクを狙える強さだとソーラは思った。



「この腕を雇わないか。君らと一緒に、あるいは俺一人でギルドの依頼を完遂する。その報酬を渡そう。俺に対する報酬は少しばかりの小遣いと生活レベルの知識。そしてソーラ、君の……あれだ、その……魔術、という奴だ」


「……私の?」



 あの脚力が仲間になるのなら破格の値段だとソーラは思うが、しかし魔術を欲するというのはどういう事だろうか。



「まだ確定という訳では無いし、要検証という段階だが。どうやら俺の食料はその……あれだ、魔術、という奴らしい。その光を吸って俺の腹は満たされる」



 そういう事か、とソーラは合点がいった。あの時、魔力が吸い込まれたような感覚は、ようなでは無く、そのものズバリ、そういう事だったのか。と、ソーラは忘れていた疑問を思い出す。



「つまり現状、君は俺の生命線なんだ。俺を雇ってくれないか。報酬以上の働きは約束しよう」



 差し出された紅朗の手を掴むか否か。その選択権はソーラにあった。テーラは自分でも言っていた通り、考える物事に関しては妹のソーラに一任している。経験則からくる権利の譲渡か、ソーラがイエスと言えば悪い事ではないと思っているだろう。双子のこれからを委ねられたソーラは、紅朗の目を見る。


 印象として言えば、紅朗は本当の事を話しているかどうかは兎も角、誠実に話していたと判断している。話のクオリティによる食い違いはあるかもしれないが、嘘は付いていないと見ている。知識量は本人の言った通り、記憶喪失なので下の下かもしれないが、下地はしっかりしている。自らの立場をはっきりさせようとする意思が言葉の端々から感じられた。生きるための最良手を打とうと試行錯誤しているからだろうか。だから私達と手を組みたがっている。そして、前歴から鑑みても、冒険者ギルドと似通った生業を勤めていた事から、ある程度の修羅場は潜っているのだろう。


 だが、それもこれも前提として『彼の言葉が真実ならば』が付くものだ。


 現状、彼の言葉が本当かどうか証明されているのは、その脚力でしか無い。いや、固形物あるいは干し肉を食べると吐く。食料は魔力、あるいは魔術というのも証明はされているだろう。彼の反応がそれを示していた。であれば、生命線という言葉も、彼にとって比喩では無い。此処で協力者を得なければ、彼は飢えて死ぬ可能性が高いのだ。此方が下手を打たなければ、悪いようにはしにくい。で、あれば――


 ソーラの思考は更に加速する。メリットとデメリットを篩にかけ、どうすれば有利に動けるかを計算していく。それは決して悪い事ではないだろう。冒険者ギルドに関わらず、この世界は弱肉強食だ。裏切られる事も少なくない。裏切りは死に直結する。そして当たり前の事だが、二人は好奇心を胸に危険を承知で村を飛び出したものの、決して死にたい訳では無いのだ。死なないためにはどうするべきか。まず考える事が大事なのだと、ソーラは思う。考えて考えて考え抜いてこそ、有利に立てるとソーラは確信しているのだ。



「……わかったわ」



 そのソーラは思考が終わったのか、ややあって紅朗の手を取る。力強くしっかりと。



「私が貴方の生活を手伝うから、貴方は私達の生活を手伝って。これから宜しくね、イスルギクロー」


「おう。宜しくな、ソーラ、テーラ」



 双子は有能なお手伝いが出来た事に、紅朗は食料難という一つの問題を解決した事に喜び、笑いあった。


 しかし彼女らは見落としていた。力の有り余った世間知らずがどんな問題を起こすのかを、彼女らはまだ知らない。




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