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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第二章 世界ドルルン滞在記編
51/53

滞在三日目 ~朝~検視

PCの調子が悪かったので遅くなってしまいました。申し訳ありません。

因みに、この一話を書くだけで一ヶ月以上使っちゃいました。




 スケルトン


 それは、一言で言ってしまえば骨のみの姿で動く人型アンデッド系モンスターである。派生や亜種として犬だったり他のモンスターだったりもするのだが、その場合はスケルトン○○と名付けられるので、スケルトンとそれだけで表現されているのなら、それは人型のみと思っても構わないだろう。


 その姿形は完全に骨のみで構成されており、鎧や武具、あるいは衣服やただの襤褸切れを纏っている場合もあるけれども、少なくともその体には一片の肉片も残されていない。故にゾンビとは別種のモンスターとしてカテゴライズされているスケルトンだが、スケルトンとゾンビの出現条件も出現場所もさして変わらない。


 人里での出現場所は主に墓場。条件は器となる死体がある事と、死体の近辺に負の魔力が存在する事。言ってしまえばゾンビとスケルトンの違いなど、腐った肉片が付着している以外には無い。見た目以外には無いのだ。


 それらの魔物が、村の外と内。両方で発生しているヘイルディが置かれたこの状況。


 この状況は酷くマズイ。ゾンビもスケルトンもアンデッド系モンスターで、生物に対してどうしようもない程に敵対的だ。その理由は現在までに判明してはいないが、絶命という絶対的な戦闘不能状態が無いアンデッドが敵対するというだけで、それは正に脅威でしか無い。


 それらが村に雪崩れ込むのだとしたら。


 スケルトンの全体数はまだ明確では無く、その姿さえソーラは確認していないが、門番の聞いた事が確かならば、スケルトンの第一発見者は溢れていると言っていた。少なくとも複数体。十体以上は存在していると見た方が良い。


 それらが一斉にヘイルディへと牙を剥いたのなら。ヘイルディの壊滅……否、村人の全死滅という最悪のヴィジョンが、ソーラの脳裏に強く映し出された。


 故にソーラは、己がヴィジョンを打ち崩さんと、先までに走ってきた道を逆走する。今度は何処へとも寄らず、一直線に。向かうべき場所は既に決まっていた。ロレインカムの最大戦力を沈めた、自らのパーティーにて最大戦力を誇る者が居る場所。未だゾンビと交戦中かもしれない紅朗の下へと、ソーラは走る。



「――な」



 しかし件の者の所へ到着した時にソーラが見た物は、到底許容出来る光景では無かった。


 受け入れきれない現実を前にして絶句。脳が眼前に広がる光景を処理し、後にその現実を嚥下して再起動を果たしたソーラは、胸中の激情をそのままに叫ぶ。



「――に、してるのよ貴方はああああ!!」



 そこにあったのは、バラバラに分解された人体のパーツと、惨劇の海の真ん中で空に浮かぶ水球に直接口を着けて嚥下する紅朗の姿。



「なにってお前、……検死?」



 水球から口を離して荒々しく口元を拭いた紅朗は、ソーラの射竦めるような視線をものともせずに周囲を見渡して小首を傾げた。紅朗にとって言えば、この惨状の海はそこまで激昂するような事では無いと思っているのだ。その思考は紅朗の所作からありありと見て取れ、その事実を持って更にソーラは激昂する。なまじ、紅朗の力強い言葉に促され、信用し、紅朗の人間性を認め始めた矢先の出来事だからこそ、という所もあるのだろう。



「その人達が何したって言うのよ!!」


「お前は馬鹿か。襲ってきたじゃねぇか」


「ここまでする程の事かと聞いているのよ!!」


「そうする価値はあったぜ?」



 言って、紅朗はすぐそばの、バラバラにされたパーツの一つを拾い上げた。紅朗の言い分から、それは紅朗達に襲い掛かってきたゾンビの内の一人のものであり、形状からして右腕である事は解る。だが、通常であればピクリともしない筈のその右腕は、異様に五指を蠢かしていた。



「お前が激昂する理由は、まぁ、なんとなくは解るよ。大体は。なんかアレだろ? 人情味的な感情のソレだろ? だがお前、良く見てみろよ」



 ずい、とソーラの前に掲げられた右腕は今も活発に蠢いている。五指を動かし、手首を蠢かし、掌だけでも生者に食いつかんとしていた。



「これは果たして、お前が激昂するに足るイキモノなのかねぇ?」



 わきわき、と。あるいは、うぞうぞ、と。生理的嫌悪を無理矢理にでも脳の奥深くへと刻み込まれるその右腕が、一体何を意味しているかを理解出来ないソーラは、蠢く右腕に抱いた印象を無視して吠えたてる。



「……それでも、それは昨日まで生きていた、このヘイルディ村の人だわ。例え死んでいたとしても、悪戯に破壊するなんて……、貴方には死者への礼儀ってものが無いの!?」



 しかし真摯に訴えるソーラの言葉を、紅朗は鼻で笑って蔑んだ。



「そうやってお前らはいつだって感情論を振りかざして論理を軽視する。いいや、これはもう軽視と言うより蔑視に近い。論理がお前に何をしたと言うんだ。戯けた事を抜かすなよ、知的好奇心が足らないぞ職業冒険者」



 口元を厭らしくにやけさせているにも関わらず、顎を上げてあからさまにソーラを見下す紅朗。その視線には嫌悪さえ滲ませていた。



「良いかお前、生き残るのに必要な物は感情より論理だ。死者への思いやりとかいう糞の役にも立たない塵芥(ちりあくた)よりも論理、厳然たる事実の確認こそが命を明日に運べるんだ。それは今回の事件にだって言える。事実の確認をもって犯人の割り出しと対策を練り、後続の被害者が出ないようにする事こそが最大の礼儀だとどうして考えられない」



 それは、文化的な事情もあるだろう。文明的な理由もあるだろう。魔力は信じるのにそれ以外の目に見えない物を信じきれないこの世界(異郷)の住人と、目に映らなくとも存在するものが実在していると教育された者の差。死体に残る痕跡が、どれだけの情報を有しているかを知っている者と知らない者の差だ。


 それらは決して、どちらが悪いと言えるものでは無い。紅朗とソーラの間に横たわる数百年レベルにも及ぶ科学力の差は、ソーラが一人で超えられるものでは無いのだから。


 そこは理解出来る。紅朗は自分とソーラの間に隔たる壁を理解している。だがそれでも、ソーラの言葉はとても容認出来るものでは無かった。一人の人間として、では無く。依頼をこなし、金品を報酬とする請負人として。あるいは荒事に身を置く、明日生きていられるかも解らない命有る者として。


 己の生命線を左右するかもしれない謎を、くだらない感情論で蔑ろにする一つの命を、紅朗はどうしても許容出来なかった。


 いや、そもそもの話――



「死んだ肉の塊に想い馳せる事は出来るのに、どうして今生きている者の事をそんなにも無視が出来るんだ」



 そこまで死者を想える気持ちがあるのに、何故それが生きている者に向けられないのだろうか。そこが紅朗には理解出来なかった。


 死んだ原因を解明出来れば、それは自らの、ひいては生きている者全員の生存率に直結するのだ。他人を想うのであれば、終わった(死んだ)事よりも続いている(生きている)事の方が大事では無いのだろうか。そこを考慮していない辺りが、紅朗にとっては酷く気味の悪い言動に映ってしまう。



「……はん、にん……?」



 しかしソーラは、そんな紅朗の思いも知らず、紅朗の言葉に覚えた違和感を拾っていた。そう、確かに紅朗は言っていたのだ、「犯人」と。村人がゾンビになったこの一連の事件を自然発生的なものでは無く、確信を持って故意的に事件を誘発した人物が存在すると言い放ったのだ。断定的な台詞から滲み出る確固たる自信の台詞。


 それに反応を示したのは、ソーラだけでは無かった。



「私も、お伺いしたいですね。その犯人とやらの話を……」



 家屋の角から静かに発せられる男の声。ソーラでも、この場に居ないテーラの声でも無い。未だ屋根の上で避難と護衛を続けるスイとソーラの声でも無い、しわがれた、年齢を感じさせる重厚な声音。



「探しましたよ、冒険者殿」



 そこから現れたのは、この事件の真っ只中にあるヘイルディ村、その村の長である鼠牙族の村長、ムースであった。




 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲




「……、ムース村長……。どうしてここに……」


「冒険者である皆様を探していましてね。小屋に向かったのですが残念ながら擦れ違いになってしまったようで。仕方無いので避難所である集会場に行けば偶然テーラさんと出会いまして、こうして皆様の下へと連れてきて頂きました」


「うわぁ。凄い光景だねコレ」



 家屋の角から現れた村長の後ろには、確かにテーラの姿が見えた。「こりゃソーラも怒るわ」と呟いた事から、ソーラが怒声を上げた頃から付近に居たのだろう。



「おはよう村長。大分やつれたな」


「昨日の今日で、更にはスケルトンの話まで上がっていますから」



 紅朗が村長の姿を見て抱いた感想をそのまま真っ直ぐにぶつければ、帰ってきたのは苦笑だった。


 確かに、村長の姿は昨日見た時よりも大分痩せていて、ジャンガリアンハムスターのような黒いラインの入った銀色の頭髪は整えられずに乱れていた。今時刻が朝方にも関わらず明らかにネズミ顔の色は淀んでおり、疲弊を顔面全体で表現している。


 しかし、それも無理も無い。彼の心情を想えば、浮かべる表情は苦笑しか無いのだろう。


 なにせ、今日の村長は今朝方から精神的疲労が絶えず襲ってきていたのだから。


 朝も早くから朝番の門番の一人が目撃者たる村人を引き連れて森にスケルトンが溢れている事を告げられ、それの対処をする前にゾンビ五体の襲撃。更にゾンビ五体の内、三体は同じ村の住人なのだ。それらの対処に追われた村長の心労は、顔に出るほど老体に堪えたのだろう。


 だが。残念な事にこの村長には今からまだまだ心労にこさえて頂かなくてはならない。こさえた上で、耐えて頂かなくてはならない。今目の前に広がる惨状を、受け入れて、飲み込んで頂かなくてはならなかった。


 まぁ、その前に確認すべき事柄をしっかりと確認しておく手順は踏まなければならないが。



「して。村長さんは俺らになんの用だい?」


「皆々様にお頼みしたい事が御座います」



 言って、村長はその場に跪く。ソーラとテーラが驚き、制止の声を上げる前に村長は、このヘイルディを統治する者のとしての顔を持って紅朗の視線と交差させた。



「どうか、この村を御救い下さい。報酬は、この村の備蓄である干し肉を備蓄量の半分。しかるべき商人に売れば金貨三枚になるかと」



 ムース村長の言葉にソーラとテーラは先程よりも更に驚き、溢さんばかりに目をひん剥く。しかし残念な事に紅朗はその価値が余り理解出来ず、ソーラとテーラの反応に小首を捻るばかり。



「え、なに? それって高いの?」


「……Dランカーとしては破格の値段だけど、問題はそこじゃないわ。この村の干し肉の値段は一枚が銅板五枚。それが金貨三枚分だと、大体干し肉六百枚よ」


「六百枚かぁ……。ムースさん、そりゃ無ぇわ」



 ソーラから答えを貰った紅朗は少しだけ考え込む素振りを見せ、次の瞬間には顔の前で手をひらひらと振りながらムースに拒否の意を示した。



「た、足りないと……」



 ソーラの言う通り、その報酬はDランカー冒険者としては破格の値段だ。貯金の無い農村の村長であるムースは、身を切る思いで提示した額だったのだろう。それがまさかの破断宣告に、ムース村長は愕然とした。


 が、それはムース村長の早合点と言うものである。紅朗は先程よりも更に大きく手を振って違和を掃う。



「違う違う。六百枚も要らないっての。どーやって運ぶんだよそんな量。こちとら徒歩だぜ? 馬も無ければ車も無いっつーの」



 次の町に辿り着く前に潰れるわ、と苦笑で答える紅朗。確かに紅朗の言う通り、現在紅朗達のパーティーには大量品の運搬方法など無い。であれば、そんな大量の干し肉を貰った所で迷惑なだけである。


 ここで一応記しておきたいのは、紅朗の仕事に対する矜持の所為で誤解されやすい所ではあるが、紅朗は現金主義では無く現実主義なのだ。地球に居た頃もそうだったが、この世界(異郷)に立つ今でも目的の為に世界を巡らなければならない旅路の途中。その旅路で金が有るに越した事はないが、それが度を越した量であれば動くのに邪魔なだけ。であればそんなもの、紅朗にとっては無価値よりも下回るゴミとなんら変わらない。


 ただまぁ、ムース村長の絞り出した報酬は紅朗のお眼鏡に適ったようで



「ま、あんたの覚悟は受け取ったよ。新しめの荷車と干し肉十枚で手を打とう」



 紅朗達はヘイルディ村からの依頼を受諾した。




 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲




「さてさてそれでは。この事件の依頼に関わる主要人物が揃ったので、まずはこの現状の説明と行こうかね。あぁそれと村長、もしこれから戦後処理をしなければならないと思っているのであれば、それはちょっと待った方が良い。俺の予想が正しければ、被害はもっと増えるからね」



 肉片、というには些か生々し過ぎる、あからさまな人体のパーツ。それらがそれぞれに分断され、群れを成したかのように散らばっている広場の真ん中で。まるで地獄のような光景の只中に佇む紅朗は、悪魔のような台詞を村長に告げた。



「……これは、ゾンビとなった村人達、のようですね……」


イグザクトリィ(その通り)。向こうの二体はどうだか知らないが、このバラバラに分解されたのは三人の村人ゾンビだよ。正確にはそのゾンビ達の肉片。大分新鮮が過ぎるがね」



 未だ農具で壁に繋ぎ止められている腐敗ゾンビとは別に、バラバラに分断された村人ゾンビ達のパーツは、確かにムース村長の記憶に新しい村人達の面影を残していた。爪の形、身体に刻まれた古傷の跡、着用していた衣服や靴の色や形状。そして何よりも、白濁した眼球こそ違えどその顔面。村長の脳裏に愛すべき隣人達が浮かんでは消え、彼は静かに涙を流す。


 村長にとって大事な隣人である筈の一家族が諸共ゾンビと変わり果て、同じ隣人を襲っていたこの現実を重く受け止めているのだろう。それだけでも甚大なストレスなのに、その一家族がこうして目の前でバラバラに分解されているのだ。しかも、分解されている筈なのに、そのパーツはどれもが未だ命を持っているかのように蠢いている。


 それは、村人との関係性が希薄であるソーラやテーラ、あるいはスイにとっても心が痛む光景だ。彼女らでさえ悲痛な心情を抱いているのだから、例え村の周囲にスケルトンが蔓延っている事実を抜いたとしても、村長が抱える心労は推して余りあるだろう。涙の一つぐらい、零れて落ちるのは自然の摂理と言っても良い。


 この状況下でなんの痛痒も抱いていないのは紅朗とシロだけである。


 そして紅朗は言う。



「ゾンビだのスケルトンだのと、ちょっと面倒臭い事になっている中で、そのゾンビに関しての事だがな」



 言いながら、紅朗は傍らに転がる村人ゾンビの頭部を無造作に拾い上げた。その頭部は例によって首から下で分断されているにも関わらず、未だ白濁した眼球をぎょろぎょろと動かし、上顎と下顎を噛み鳴らしている。



「これな、別に憎くてやった訳じゃないんだ。無力化するだけだったら背骨圧し折れば済む。あとは縄でフン縛ってちょちょいのちょい、てぇやつだが、残念だが今回は論理の肉付けの為、犠牲になってもらったんだ」


「ろん、り……?」


「応さ。この世の全てには理屈がある。太陽が東から出て西に沈むのも、水が山から海へ流れるのも。昨日まで隣人と語り合っていた村人が今朝方になってゾンビへと変わり果てていたのも。それら全てには理屈があり、理由があり、理論がある。俺はそれを知りたくてコイツ等にはこう(・・)なってもらったのさ」



 持ち上げた生首を自分に向けて、白濁した視線を受け止める紅朗。白濁した眼球からは何の感情も見出せる事は無い。憂いも、悲哀も、憤怒も。一定のリズムを刻んで打ち鳴らされる歯はさながら打楽器のようで、全ての感情が濁った白に塗り潰されているようだった。そこに人間性は存在せず、故に微塵の躊躇(ちゅうちょ)も紅朗は覚えない。



「まず気になったのは、コイツ等はどうやって動いているのか。だ」



 生首の髪を鷲掴み、村長らに見せるよう前に突き出す紅朗。断面である首元からは一切の血液が滴る事が無く、だのに眼球も顎も衰える事無く活動を見せるそれを、一体なんと形容したら良いのだろうか。見た目からして生物では無く、動きからして死体でも無いそれを、一体何に分類すれば良いのだろうか。



「どうって、それは……ゾンビだし……」


「生憎だが、俺はゾンビなんぞという化け物(オカルト)の存在は信じちゃいない。死んだ生物が動く事なんざ有り得ない。これは信仰などという妄想の話では無く、肉付いた事実の物理現象だ。にも関わらずコイツ等は脈も無く動いている。俺にゃあソイツが我慢ならねぇ。だから調べた」



 テーラの言葉をざっと切り捨て、紅朗は続ける。



「そして最初に取り掛かったのは、頭部と胴体の分断。つまりは頸部の切断だ」



 そこから語られるのは、紅朗がゾンビ達の肉体を如何に分解したか。如何して分解したかの解説だった。


 前提として、生物が己が肉体を動かせるメカニズムは、脳から発せられる電気信号によって筋肉を動かしているだけに過ぎない。勿論、例外は存在する。人体や脳とは摩訶不思議なもので、頭部を分断された後に胴体部が意志を持って動いた事例は多数あれども、しかしそれは極短時間の話。長くて数十分程度のものだ。精神だの根性だのというオカルト話か、はたまた単なる電気信号の暴走か残留かはさておき、今回の事件のような長時間の可動は不可能だろう。


 あるいは昆虫のような構造が単純な生物であれば頭部が切り離されていたとしても活動可能な生物もいるが、それは今回の件とは関係が無い。哺乳類である人体と昆虫の肉体構造は構成物質からみてもまるで違うもの。除外されるべき戯言だ。


 要するに、人体とは頭部を切り離されたら動く事が出来ない、というのが今回の話の大前提となる。


 故に、紅朗が最初に行った頭部と胴体部の分断は、つまるところ、ゾンビが稼働しているのは脳によるものか、という検証だった。


 結果は、現状を見ても解るように、否。ゾンビは頭部が分断されても残された胴体部は自立可動を見せた。それはこと切れる直前のような痙攣では決してなく、触れるもの全てを破壊しようと蠢くものであった。


 そこから解る事は、少なくともゾンビの四肢が動くのは脳由来のものでは無い、という事。であるのならば、対敵認識は視覚や聴覚、嗅覚や触覚で判断している訳では無い事にも繋がるだろう。それらの感覚器官はあくまでセンサーとして取り付けられているものであり、センサーから得た信号を判断するのは脳なのだから。物理的に分断されている現状、脳がそれらの情報を読み取り、それらに合わせた的確な信号を送れる筈が無い。


 では何を持って敵対行動を取っているのか。それを理解するには余りにもサンプルが少な過ぎる為、紅朗は次の行動に移る。


 続いて行ったのは、右腕の分断。千切り取った右腕はやはり問題無く可動しており、右腕自体が意思を持って対敵行動をしているかのように見える。切り離した患部からは頸部の分断の時と同様、血が勢い良く噴き出す事は無くじんわりと滲み出るかのように大地を染めた。


 頸部の分断の時にも思ったことだが、これによりゾンビの心臓が動いていない事を紅朗は確認した。もし心臓が動いているのならば、首元や腋下に存在する大きな動脈、頸動脈と腋窩動脈が千切れた時には、噴水かと見紛うばかりの血液が噴射される筈だ。それが無いという事は、血液という、臓器や肉を新鮮に保つ上で必要不可欠な栄養源を、肉体の隅々にまで行き渡らせるポンプが動いていない事に繋がる。それはつまり、脳が稼働するに足る酸素が供給されていない事の証左に他ならない。確実に脳が死んでいる事を紅朗は確認した。


 続いて、左足を分断。左足も右腕と同じく蠢いていたが、こちらは元々の機能が片足で動く事を想定している造りでは無いので、右腕よりも大きく動く事は無かった。


 そして首、右腕、左足を分断されたゾンビはと言えば。胴体部に残された左腕と右足を使い、器用に自立。生きている時のような直立姿勢では無いとは言え、四足獣のように現場を動いては紅朗に襲い掛かってきた。これにより、ゾンビ自体が己の肉体の器用性を保持している事が解る。そしてバランス能力、体幹まで。


 このような検証を他の村人ゾンビ二体にも続け、村人ゾンビ全三体ともが同じ結果を残して改めて残された腕や足をバラバラに分断した後、紅朗は黙考する。脳は死に、心臓は動いておらず、分断されても蠢く四肢。感覚が無いにも関わらずの索敵能力、敵対行動。不安定な状態での二足歩行、分断された後の一腕一足歩行。重力に引かれて倒れる筈の身体を的確に支える動作。それら検証から得た実績。


 これらの要素を踏まえて考えられる答えとは。自身の脳をフル回転させ、その分の栄養をスイから貰いつつ、紅朗はある一つの仮説に辿り着いた。オカルトを信じない紅朗にとって、実に不条理な答えに。こんなもの、ゾンビが存在すると言っているのと余りにも同義。


 しかし紅朗の思い至った仮説と、ゾンビというオカルト現象。その二つの現象を比べてみれば、そこに付随する事実はまるで別の未来を創り出す。



「別の、未来……?」



 そこまで語った時、うわ言のように村長が呟いた。



「あぁよ。さっきも言ったが、生き物、その中でも動物ってのは脳と心臓というものが必要不可欠だ。脳は体を動かす司令塔。心臓は脳を動かす為の動力源。この二つは動物にとって無くてはならないものだ。にも関わらず、この生首は動いている」



 紅朗が持ち上げている生首は確かに動いており、しかし分断された患部からの出血は既に止まっているようで、一滴たりとも血が零れる事は無かった。



「見ての通り、この生首の脳にはポンプ役の心臓が無い。また血液を造り出す臓器すら無いのは血が零れない事から見て取れる。そこらに転がっている体のパーツは、脳も心臓も無いのに動いている。これが何を意味するか解るかい?」



 その言葉に、村長もソーラも、言葉を返す事は出来なかった。彼らの脳裏には無いのだろう、紅朗の掲げる生首が意味する事実を。だが、紅朗は知っている。この生首に付随する物理的に有り得そうな現象――というよりも、物理的に可能な細工(・・)を。地球で良く見る大道芸の一つと、この異郷で得た知識をもってすれば、このゾンビ事件の現象は出来ない事は無い犯罪行為の一つに降格する。



「これらはな、人形だよ」



 言って、紅朗はへらりと笑い、生首を後方へ投げ捨てた。


 反対に、対面のムース村長達は絶句する。それもそうだろう。紅朗の言葉を聞き、人形と言う言葉も理解した。だが、どうしても人形と村人ゾンビが等号で結ばれないのだから。何故ならば――



「そ、そんな……だって、その人達は……」


「――間違える筈も有りません。昨日まで確かに生きて、動いていた村の者です。言葉を交わし、水を飲み、食事もする、明らかな生き物である人です!」



 何故ならば、ソーラは見ていたからだ。宴会の中に居て動く彼らを。ムース村長は触れあっていたからだ。何年も同じ村で過ごす彼らを。


 しかしそれでも、紅朗の言葉を否定出来る材料には成り得ない。



「あぁそうだな。外側こそ人の体だし、胴体には臓器も揃っている。間違いなくこの体は生物のソレだが、ことこの状態で動いているのは理屈に合わない。じゃあなんで動いているのか。原理は解らないが、俺には少し思い当たる節がある。それはソーラ、お前から聞いた事だ」


「……わ、たし?」



 いきなりの名指しに、ソーラは首を傾げる。紅朗が今回の事件で思い当たる節。それをソーラが紅朗に伝えたと言う。そのそれがなんなのか、ソーラは過去を振り返るも、ソーラ自身にはまるで思い当たる節が無い。紅朗と出会ったのはそれ程昔の事でも無く、極々最近の事であるのに。


 出会って僅か二週間にも満たない短い期間。その間の事をぐるぐるとソーラの脳は高速回転して思い出そうとするも、紅朗の言葉に思い至る記憶は見つからなかった。



「確かソーラ、前に言っていただろう。罠を遠隔操作して動かす事は可能かと聞いた時、高位の魔術師であれば可能だと」


「――あ」



 それでもそこまでヒントを出してもらえば、頭の回転が速いソーラは理解する。紅朗が言わんとしている事。紅朗が思い至った事を。


 それは、紅朗と出会った次の日の事だ。自分達を襲った山賊のアジトである洞窟を前にして行われた、情報交換の時の話。



《さて、確認だ。相手になんか魔術師とかそんなもんがいると仮定して、魔法的な罠とかはあると思うか?》


《あるにはあるけど、一人じゃ魔力消費が多過ぎて維持が難しいと思う。常に物理変換してないといけないから》


《隠蔽する魔法はあるか? 原始的なトラップを見えなくするとか、人が透明になるとかカモフラージュ出来るとか》


《ある。けど高位術者じゃないと無理。そして高位術者になれば引く手数多だから、わざわざ山賊に堕ちる理由が見付からない》


《遠隔操作は?》


《それも高位でないと無理》



「遠隔、操作――」



 で、あれば。可能。


 生きている人間だろうと、死んでいる人間であろうと、遠隔操作の魔術を用いる事が出来れば動かす事は出来る。いや、生きている人間はまだ本人の意志が残っているので、操縦桿を奪い返す事は容易い。であれば、死んだ人間――否、ただの物質に成り果てた人の体の方が遠隔操作に適していると言えるだろう。


 それをなんと形容すれば良いのか。そこまで至れば、ソーラの中にも答えはある。


 絡繰り人形。あるいは――



「ゾンビの正体は、死体に遠隔操作の魔術を使った、マリオネット(操り人形)――?」


「その通り。今回の事件は自然発生的なものじゃねぇ。明らかに人為的。人の手によって引き起こされた殺人事件だよ」







 別段、科学信仰って訳では無いけれど、それでもゾンビとかスケルトンとかが跋扈するような作品は、何らかの説得力のある理屈が説明されない限り許容出来ない性分です。


 それと、申し訳ないのですが、リアルの忙しさがヤバくなってきたので隔週連載に移行したいと思います。次回更新は二週間後の月曜です。


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