滞在三日目 ~早朝~増殖
忙し過ぎて書き溜めがどんどん減っていく……
紅朗達が一夜を過ごしたヘイルディという村で、村人のラウマという男がゾンビと化して同村人を襲うという事件が起きた、その翌日。事態は更に深刻化する事となる。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!」
「大変だー!! 皆、起きろー!!」
紅朗達を眠りから覚ましたのは、金切り声と怒鳴り声だった。
明らかな村内部での恐慌にすぐさま跳ね起きた紅朗とソーラ、テーラ。鍵代わりに扉に刺して突っかけ棒の役割を果たしていた剣鉈を抜いて腰に差した紅朗は、そのまま勢い良く扉を開いた。朝日が未だ山間から顔を覗かせたばかりの早朝。夜露が日照により蒸発を始めた朝特有の匂いと共に、扉の向こうからは鉄と酸のすえた香りが漂い、紅朗達の鼻腔を刺激する。
「これって……」
「肉が腐った臭いと、血だな」
正真正銘、只の人間である紅朗の嗅覚でも嗅ぎ分けられるその匂いの強さに紅朗達は顔を顰める程だ。それ以上の嗅覚を持つソーラやテーラが、どれほどの刺激を鼻腔に受けたかは想像するに難くない。その上で彼らは、家屋で遮られた向こうの風景を幻視した。恐らく村の中心部でゾンビが複数体ほど出現し、少なくない村人が犠牲になったのであろう。
背後のシロとスイが外出準備を済ませたと同時に彼らは動き出し、騒ぎの中心部へと駆けた。そして到着した現場は、彼らの想像を越える事無く、また劣る事の無い現実を見せつける。
昨日よりも規模の大きい、凄惨な光景だった。撒き散らされた鮮血、至る所に付着した臓物、肉を噛み千切る咀嚼音、鋭く漂う腐敗と血と糞尿の吐き気を催す臭気。そして、倒れている死体の数は十を超えていた。
死体を産み出した元凶であるゾンビの姿は、この場には五体。イメージそのままの、衣服はボロボロで肉が腐敗して崩れ落ちかけているゾンビが二体。その二体が、このヘイルディに腐敗臭を撒き散らしているのだろう。
残りの三体は、ラウマのような昨日今日にでも死んだかのような、あるいはまるで生きているかのような、出来立てほやほやのゾンビだった。肉体の造形や衣服からして、この村の住人だろう熟年の男女が一体ずつ。そして若い青年が一体。
「そんな、なんでエンリケさん家が揃って暴れてるんだよ!!」
「知らねぇよそんな事! 何がどうなってるんだ!!」
逃げ惑う村人達の言葉から、未だ原型を保っているゾンビ三体は一つの家族だったらしい。カピバラのような顔と体格を持った三体の生々しいゾンビは、それぞれがバラバラに、手近な肉を求めて逃げ遅れた村人を襲う。
「や、やめてくれえええええええええええええええ!!」
「嫌だあああああああああああああああああ!!」
そこかしこから溢れる悲鳴。千切れる音と破られる音。負の要素を満載にさせた破壊音が村中に鳴り響く中。三体の内の一体が襲い掛かろうとしていた村人を助けたのは、テーラだった。
「やめろっての!!」
制止の声と共にその横っ面を小さな盾で殴り飛ばすテーラ。間違いなく下顎を打ち抜き、鍛えていない者ならば暫くは立てないだろう威力で殴りつけたのにも関わらず、ゾンビはすぐさま起き上がり、テーラに向けて襲い掛かる。
やはり、明らかに意識が飛んでいる状態だ。目線が淀み、なんの光も反射していない。明確な、意味のある意志を持って動いている訳では無い。この目の前のゾンビは、野生の獣よりも悍ましい、言葉こそ可笑しいものの、そうとしか言いようが無い――死者特有の本能とも呼べるべきナニカによって動いていた。
「おじさん、早く逃げて!!」
背後で腰を抜かしている村人に発破をかけて、テーラは拳を握る。相手は元とは言え村人。その上、本当にゾンビ化しているかどうか定かでは無いのだ。ラウマのように脈を測って生死の有無を確認していない現状、更に言えば仮にゾンビと化していようとも昨日の紅朗のように無慈悲な撃退など心情的に出来ないテーラはその腰の剣を抜く事が出来ず、素手で取り押さえるべく握り締めた拳を振るった。
迫りくる両手を交わして懐に入り込み、無防備な腹目掛けての右フック。カウンター気味に入ったその拳の威力は、飛び掛かってきた元村人ゾンビの体重プラス、テーラの腕力という加算ダメージ。しかしてその結果は、ゾンビを退ける事は出来たものの、相手は先程と同じでまるでダメージを負っていないように再度襲い掛かってきた。
「くあっ、メンドクサイ!! ソーラなんか良い手無い!?」
「早めに他の倒すからなんとか凌いで!!」
一体の村人ゾンビに掛かり切りになるという事は、他の四体のゾンビが村人にその魔手を伸ばすという事。その事実を恐れたテーラは相棒でもある妹ソーラへ救いの手を伸ばすが、どうもそちらも手詰まりのようだ。ソーラはソーラで、弓で他の腐敗ゾンビの対処をしているのだが、そちらもそちらでソーラの思うように事が進んでいない。
というのも、相手はゾンビだ。頭や首に幾ら矢を埋めようと、元から命が無いので止まる事が無い。ならばと腕や足を壁に縫い付けるように穿つも、肉が腐っているのだから上手く固定化出来ないでいた。
「じゃあクロウは!? 早くなんとかしないと村がヤバいよ!!」
「え? 俺ぇ? 今ちょっと忙しいんだよねぇ」
では彼女らのパーティーが保持しているもう一人の戦力たる紅朗はと言えば、彼は傍らの家屋の上でテーラ達に背を向けて佇んでいた。
「何サボってんのさ! 早く降りて手伝ってよ!!」
「サボってるたぁ人聞きの悪い。周囲の状況を把握するのは大事な事だろ」
見れば、紅朗の隣にはシロも居て、シロの背中にはスイが乗っていた。恐らくは戦闘能力の無いスイを逃す為の方策を講じたのだろう紅朗だが、それでもちゃっかり自分まで屋根に上って戦闘から逃れている所がもう、テーラにはサボっているようにしか見えない。自分達の戦闘から目を背けている所も疑惑に拍車を掛けていた。
「こりゃあ、完全に巻き込まれたなぁ」
「何が!!」
「この事件にさ。まぁそれは兎も角」
完全に他人事のように遠見をしていた紅朗へと声高に問うテーラ。何かを確信したかのような台詞だったが紅朗は全容を話す事無く、眼下のテーラ達へと振り返る。
紅朗がその視野に入れたのは、元村人のゾンビでは無く、腐敗したゾンビだった。ゾンビらしい緩慢な動き、ゾンビらしい呻き、ゾンビらしい恰好、ゾンビらしいシルエットにゾンビらしい腐敗した肉体。地球の人間にコレをなんと言うかと聞けば、しわくちゃの老人からぴちぴちの幼稚園児までを含めようとも、誰もがゾンビだと解答するだろう存在が其処に居た。
それを見据えた紅朗は、これまた一つの確信を抱く。どう見ても病原菌保有者じゃねぇか、と。例えゾンビ化にウイルスが関係無いとしても、あのぐずぐずの肉や血が粘膜に触れたらなんらかの病気に感染する。これはもう見た目からして間違い無い。そうでなくとも同じ空気を吸っているだけで空気感染しそうな見た目だ。その腐敗ゾンビの姿形に、紅朗は顔を引きつらせて恐れを抱く。
「おいソーラ、本当に感染しないんだろうな。そこら辺エライ怖いんだけど。治癒術って病気治せるん?」
「治せる時もあれば治らない時もあるわ!」
「ふーん」
こりゃダメだな、と紅朗は思う。ソーラの言い分から病気がどういった原理で発症しているか解っていなさそうだ。これは医学に関して周知徹底が成されていない証拠。この世界の医学が何処まで発展しているかは知らないが、庶民にその知識が降りていない所を見ると、余り発展していない可能性が凄く高い。
となると、治癒術が何処まで効果があるのか確かめた方が良いかもしれない。紅朗は後頭部を掻きながら、思案に暮れる。
「んー、こりゃ一回実験する必要がありそうだなぁ」
「そんな事言ってないで手伝えっての!!」
そんな紅朗に向けられる怒声に近いテーラの要請。余り乗り気でない様子の紅朗に憤りを感じているのだろうその行動に、紅朗は苦笑を漏らす。確かにテーラは元村人に対して押され気味だ。ソーラだって紅朗の言葉に答えたものの、決して手が空いている訳では無く、今一決め手に欠けている様子。
だが、果たしてテーラは理解しているのだろうか。
「いやまぁ別に手伝っても良いけどさ。そこら辺解ってんの?」
「何が!!」
「俺はそこまで有能じゃ無いからよ。お前らを助ける方法は、お前が思っている程多くは無いって事」
言うや否や、紅朗は屋根から飛び降りて地面に着地した。ドズン、という着地音と共に何かが割れる音がしたかと思えば、それは割れた勢いに任せて中空に上がっていた。
それとは、農具……クワの先端部分だ。
ゾンビの強襲があったからかそこら辺には村人達の持ち物が転がっており、その中には農具も散見される。当然、それは紅朗の行動範囲の中にもあった。丁度クワの先が地面に触れている、クワの先端部分とそれを繋ぐ柄の境界線が地面から数十cm程離れるように。
それ目掛けて飛び降りた紅朗の左足裏はクワの金属部分と柄の境界線を踏みつけ、紅朗の全体重がその柄へ瞬間的に圧し掛かった事に寄り柄は砕け、その勢いで金属部分……つまりはクワの先端が中空へと浮かび上がったのだ。
高さは、紅朗の幾分落とした腰ほどの高さ。蹴りつけるには、調度良い。
「俺の足は、ちょいとばかし荒いぜ?」
ひゅかっ、と。紅朗が蹴りつけたクワの先が、ソーラが相手にしていた腐敗ゾンビの頭部を貫通して壁に縫い付ける。続けざまに近くに落ちていた鎌を蹴り上げた紅朗は、先程と同じ要領で足に寄る射出を行い、もう一人の腐敗ゾンビの頸椎を周りの肉ごと分断した。
その命中率に目を見張るテーラの背後で、腐敗ゾンビへの投擲結果を見る事無く走り出した紅朗が、一人の村人ゾンビの顔面にドロップキック。バキャァッ! とけたたましい音にテーラが振り返れば、村人ゾンビの首から上が家屋の壁を砕いて埋まっていた。
壁の材質は木である事からそう簡単に村人ゾンビの頭部は砕けていないだろうが、それでも壁を突き破る程の威力は頭蓋骨にヒビを入れるのに充分で、もし村人ゾンビがゾンビじゃなかったとしたら再起は不可能に近いだろう。
余りにも突然。余りにも苛烈。まるで颶風が如き勢いで駆逐し始めた紅朗は、ドロップキック後の着地で詰まる事も止まる事も無く、もう一人の村人ゾンビへと走り出した。そんな勢いで紅朗の戦闘能力が発揮されれば、もし村人がただ狂っていただけだとしたら、蘇生は不可能になってしまう。
脳裏に浮かんだ最悪の未来に、テーラは声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待――」
「嫌だね!!」
拒絶の言葉と共に、攻撃範囲に入った村人ゾンビの鳩尾へと紅朗の蹴りが深く埋め込まれた。生きているのならば悶絶して未消化の食物をぶちまけるレベルの威力が村人ゾンビの腹にぶちこまれたが、村人ゾンビは数mほどバウンドしつつ地面を転がった後、なんのダメージを負っている様子も無く立ち上がる。
「見ろよテーラ、相手は躊躇してどうにか出来る類じゃない。優先順位を間違えんなよ」
見れば、紅朗が先程頭部を家屋の壁に埋めた村人ゾンビは、無理矢理に頭部を壁から引っこ抜き、標的を求めているかのように緩慢に動き始めていた。その姿は生物としての本能や知性は微塵も感じない。まるで動き回る罠のように、次なる獲物が自身の領域に入ってくるのを緩やかに動きながら待っているだけのように見える。
「オラ、ボサッとしてんじゃねぇぞ!!」
故に紅朗は、それらゾンビの知覚領域を自身に向ける為に声を荒げた。紅朗の思惑通りに、動けぬ腐敗ゾンビ以外のゾンビが紅朗に顔を向けて歩き出した。その内の一体、テーラが相手していた村人ゾンビさえ、テーラを無視して紅朗ににじり寄る。
「お前らはゾンビを倒す事が目的なんかよ!! 違ぇだろ!! 村人を助ける為に動いたんじゃねぇのかよ!! だったらこんなトコで手ぇこまねいてんじゃねぇ!! 此処に居るゾンビが全部じゃねぇかもしれねぇんだぞ!!」
紅朗の叫びに、テーラ達は気付く。確かに、村全土を見た訳じゃない。敵対生物が五体だけとは限らないし、未だ逃げ遅れた村人が居るかもしれない。優先させるべきは敵対生物を駆除する事じゃなく、まずしなければならない事は生存者を避難させる事。何よりテーラの背後には、未だ腰を抜かして動けないでいる村人が居るのだ。
「此処は俺に任せて、先に行けェ!!」
力強いその一言にテーラとソーラは顔を見合わせ、刹那に頷き合う。それと同時に、少しだけ、紅朗への評価をソーラは高くする。昨日は酷い事を言う男だと思っていたが、その内側でこんなにも熱い思いを持っているとは思わなかったのだから。
「任せたよクロウ!!」
「なるべく早く戻ってくるから、それまで頑張って!!」
「馬鹿野郎、俺を誰だと思ってやがる!! さっさと行ってこい!!」
背後に転がる村人の腰布を無理やり持ち上げて立たせたテーラは、そのまま村役場方面へ。ソーラは弓を抱えて村唯一の出入り口たる門の方へと、それぞれ走り出す。動き出した瞬間に上げた二人の言葉に、紅朗は親指を立てて送り出した。こちとら、ロレインカムの最大戦力を潰した男だぞ、とでも言うかのように。
そんな二人の去り行く足跡が遠く離れていくのを聞きながら、紅朗は一人ごちた。
「読んでて良かった、名言集。なんつって」
紅朗が思い出すそれは確か、高校生の頃だ。アニメやら漫画やらにドハマりしていた友人の一人から、それらの創作キャラクターが放った名言集を借りた事がある。その時は特に他意も無く気晴らしの一環として目を通していただけだったが、それがこんな遠く離れるにも程がある異郷で使うなどとは思いもしなかった。
ともあれ、ソーラとテーラが簡単に現場から離れてくれたおかげで、場は整った。
「クロ、クロ。シロ、どウする?」
「お前はそこでスイと一緒に居てくれ」
ゾンビ達の猛攻を捌きつつも、屋根上からのシロの声に応える紅朗。知性も欠片も無い死体の攻撃だ。爪と歯にさえ気を付ければ、組み付きもフェイントも無いゾンビ如き、三体だろうが四体だろうが造作も無い。ロレインカムの防衛騎士団団長や副団長に比べたら稚拙も稚拙。速度も迫力も危険性も、遥か格下だ。
腕を躱しながら、その顔面に蹴りを叩き込む。バックステップ直後に軸足を捻り、足刀を顔面に叩き込む。懐に潜りこみながら脇を擦り抜け、残しておいた足にゾンビの足を引っかけ、顔面から地面に叩き付ける。
狙うべきは歯だ。それが唯一の凶器と言っても良い。故に紅朗は只管に、あるいは直向きにゾンビ達の顔面へダメージを与え続け、その歯を軒並み圧し折っていく。壁に頭部を張り付けられているヤツや地面に転がって蠢いている腐敗ゾンビは、危険性が低い為に後回しだ。
「――さて、と」
そして、ある程度までゾンビ達の凶器を奪った紅朗は、にっこりと。それはそれは素敵な笑顔を浮かべて満足気に頷く。場に続いて、これでようやっと準備は整ったと言わんばかりに。
「それでは、実験を始めよう。お前らも死体なら死体らしく、知識の礎になり給え」
もし。これは、「仮に」と言う枕詞有り気の話なのだが。もし村人ゾンビに未だ意識が残っているのならば。その白濁した眼で見上げる紅朗の笑顔は、自らの臓腑よりもどす黒いものとして映っていただろう。
だが例えそうであったとしても、それを他者に伝える術を彼らはもう持っていない。
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「……変ね」
紅朗とテーラから離れ、一人で村の出入り口たる門へとひた走るソーラは、村内の閑散とした風景に首を傾げていた。
というのも、ゾンビが居ないのだ。一体たりとも。かなり大きな足音を立てながら走り、門へと向かう道中に要救助者は居ないかと家屋の一つ一つを虱潰しに開けては呼びかけていたソーラだが、しかし物音にも騒音にも、ソーラの声にも反応する者は今のところ一人たりとて居なかった。
要救助者、つまりは生存者が居ないという事は、他の村人は既に逃げた後なのだろうが、それに安堵する反面、余りにもの静けさにソーラは思考を巡らせる。
「これだけの音を立てているのにゾンビが見えないと言う事は、今のところゾンビの総数は紅朗の所の五体だけ……?」
確かにある。死体の数が足りないのか負の魔力とも言える怨念が弱いのか、少数しか出現しないゾンビの発生事例は確かに存在する。だが、ゾンビの発生事例は基本的に十体以上の同時出現だ。一桁台の発生数なぞ、極稀にしか無い。
では、今回の件はその極稀な少数発生だったのだろうか。あるいは幸いな事に、増え始めでの早期発見、解決途中なのだろうか。
アンデッド系に詳しいとは言えないソーラにはその判断がつかない為、幾ら唸って考えても答えは出なかった。
それに加え、不可思議な点はもう一つある。それは、紅朗と離れた今の今までの道中で、死体を見かけたのが一体しかいないという事。
最初に複数体のゾンビと遭遇した場所には十体以上もの死体があったのにも関わらず、なぜ門に近付けば死体の数が無くなるのか。村人の姿を見かけないのはまぁなんとなくは理解出来る。恐らくは昨日のラウマの件で深く眠れなかった村人達が騒ぎを聞きつけ、既に避難した後なのだろう。しかし、では何故、複数体のゾンビが暴れていた場所よりも門に近い方での死体が皆無に等しいのか。
まるで、ゾンビが村の中で自然発生したかのように。
いや、そんな馬鹿な話はあるまい、とソーラは首を振るう。この村にはゾンビ化の土壌が無い。怨念が渦巻いている訳でも無く、死体を放置する事も無い。この村の中でゾンビが産まれる可能性はゼロに等しい。ではゾンビは、どこから発生したのだろうか。
考えながら走り、思案しながらも生存者を探しながら彼女は門へと急ぐ。答えも生存者も見付からないまま目的地に辿り着いたソーラは、急いで門の上から周囲を見渡す為の見張り櫓を駆け登った。
この上からならば、村中を一望出来る。生存者もゾンビも見付けやすい上に、同時に村の被害状況を把握出来る。故にソーラはこの場所を目指していたのだ。それに、もしかすれば、職務に忠実な門番が未だこの櫓の上で門番としての役割を全うしているのかもしれない。というのもソーラが門を目指した理由の一つだ。
そしてその期待は、ものの見事に正当する。
櫓を登り切ったソーラが目にしたものは、仁王立ちで村の外を見張る門番の背中だった。槍をしっかりと握り締め、ゾンビに狂乱した村を背に、鼠牙族の彼は睨み付けるように門の外にある森から視線を外していなかった。
櫓の上にも、勿論櫓の下にも誰一人として門番は居なかったから、この門番はずっと一人で村の外からの脅威を見張っていたのだろう。村内部の脅威に対してさえ曲がらなかった職務精神に多少の呆れと共に感心しつつ、ソーラは情報収集の為に彼へ声を掛けた。
「ちょっと良いかしら。ゾンビの発生について聞きたいのだけれど」
「ゾンビ? ……あぁ、冒険者さんか」
だが、返ってきたのは胡乱気な声だった。まるで村の狂騒を度外視しているかのような、気にも留めていないような声音。余りにも人情味の無い態度に腹を立てかけたソーラだったが、そこで彼女は気付く。
門番の肩が震えている事を。
肩だけでは無い。足も小刻みに震え、呼気は浅く短く、掌が白くなる程に槍を握り締めている。一目で解る緊張による強張り。その状態に、只事では無い雰囲気をソーラは感じ取った。
思えば、それはあからさまに散りばめられていた。門番とて村の住人の一人だ。なのに村内の狂騒に無関心なのは明らかにおかしい。事件は村内で起きているにも関わらず、どうしてこの門番は村の外ばかりを気にしているのだろうか。
まるで、村内部の事よりも大きな事が村の外で起こっているかのように。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
「……あんた、聞いてないのか」
戦場に居る時のような、背筋が凍るような不快感を覚えたソーラは門番を気遣いながら周囲に視線を向ける。その感覚をソーラは知っているからだ。戦場にて、相対する敵以外に伏兵の居る感覚。紅朗と初めて会った時のような、誰かに敵意を持って見られている感覚だった。
「……何を?」
「危険なのは、村内のゾンビだけじゃない」
門番の言葉は確信を孕んで断言していた。それはつまり、門番の勘違いでも何でもなく、確実にゾンビ以外の敵が居るという事。ただでさえ村内部でゾンビのような狂人がラウマを入れて四人、本物のゾンビが二体も出てしまったこの状況で、村の外に潜む外敵の存在が判明。
「俺は聞いたんだ。早朝、畑を見に行ったおっちゃんが顔を青くして走ってきた。そのおっちゃんは、こう言っていた」
その存在は門番達に膨大なストレスを与えると同時に、ある一つの未来を幻視させる。
「森に、スケルトンが溢れていると」
伏兵染みたその存在は破滅を幻視させ、村の壊滅を予兆させる。
今回の騒動は最早、村の存亡に関わる事件に発展しようとしていた。
――巻き込まれた。
あの時、紅朗がぼそりと呟いた言葉が、ソーラの脳裏に過ぎる。
ぶっちゃけ現代日本人が文明レベルの低い場所に行った際、一番怖いのが疫病だと思う。




