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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第二章 世界ドルルン滞在記編
49/53

滞在二日目 ~夜~小コミュニティ

すいません。寝落ちして遅れました。




 ゾンビ【ZOMBIE】


 映画や小説、漫画やゲーム等、創作の世界に登場する架空の敵性モンスター。【リビングデッド】や【蘇る死体】、【生ける屍】等と言われるこれ等は、その名前の通りの容姿をしている。


 目は白濁しており、身体の所々が欠損、あるいは腐敗している。知能レベルは低く、生前のような文明的な知性は欠片も見せず、意思の疎通は不可能。形あるものはなんでも喰らい、作品によっては生きている人間に対する嫉妬や羨望によって暴虐性を見せるらしい。


 それが、オカルトでのゾンビ像だ。では現実でのゾンビ、古くから伝承等にて知られるゾンビはどうかと言えば、細かい所は違えど、大まかに言えば特に変わる事は無いらしい。らしいというのは、紅朗がたまたま知り合ったブードゥー教の教徒と適当に会話していたからである。その時の会話など「宗教に脳味噌が煮やされたおっさんがまた可笑しな事をほざいちょるわ」程度にしか覚えていないのだから仕様が無い。


 というかゾンビの発端などは恐らく、土葬を文化としている文化圏内の人間が、死んだと思った人間を適当に土に埋めたら実は死んでおらず、仮死状態から復活して土から這い出たり呻き声を上がったりしたからだと紅朗は睨んでいる。原始の文明だ。死んでるかどうかの確認など曖昧に決まっている。そもそも回線とちゃんとした機材さえ繋がっていれば世界中とタイムラグ無しに繋がれる程の文明を築き上げた西暦二千年代でさえ稀とは言え誤認があるくらいなのだから。原始の時代の死亡誤認率が50%以上であっても可笑しくは無いと紅朗は思っている。


 故に紅朗にとってゾンビとは、あくまで娯楽作品に登場する想像上のモンスターでしか無い。ましてや、死後一日も経っていないゾンビなど聞いた事が無かった。


 だが、目の前の現実はどうだ。骨を圧し折りながら組み伏して尚暴れるラウマという農家のおっさんには脈が無く、体温が無い。つまりは血が通っていない状態という、動物的には死を意味している状態でありながら、自発的に活動しているというこの矛盾を孕んだ現実。これに対する解答を紅朗は持ち合わせておらず、不愉快な現実に溜まらずソーラへと紅朗は問いただした。



「お前の頭ン中に、死んでも動く事が出来るものはあるか?」



 魔術というクソオカルト文化を発展させたこの世界においては、もしかしたらこの現象を裏付ける何かがあるかもしれないという、不快な程淡い希望。それに対する回答が、



「……まさか、ゾンビ?」



 という、やっぱりどうしようもなくファッキンファンタジーな答えだった。




 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲




「ちょっと待って。ラウマさんがゾンビだって言うの? だって、つい数時間前に案内してもらったじゃない!?」


「これがゾンビじゃなけりゃなんだってんだ。俺の方が教えて貰いてぇわ」



 目に見えて狼狽するソーラに向けて、紅朗はラウマの首根っこを鷲掴みにしたまま持ち上げる。両肘が砕けてひしゃげ、腰骨も破壊されて不自然な程に歪んで伸びていた。にも関わらず、痛みを感じさせずにラウマはじたばたと足掻いている。ひしゃげた肘関節をものともせず、歪んだ腰を捻らせて、自重がそのまま首に掛かっているのに窒息する様子も無く彼は未だ暴れていた。



「脈は無ぇ。体温も無ぇ。痛覚も無さそうだし知性も感じられねぇ。明確な言語も喋らずただ呻いて暴れるだけの元・人類を、お前の知識はどう判断しているんだ」


「……それ、は――」



 ラウマの狂った相貌を見せられて、ソーラは言葉に窮した。答えに詰まったんじゃない、言葉に詰まったのだ。ソーラの知識は、先程迄普通に意思の疎通を見せていた相手を、ゾンビだと認識していたのだから。


 脈も体温も見ただけでは解らないが、痛覚も知性も感じられないのは見て取れる。なにより、紅朗の右手で軽々と持ち上げられながら暴れているその姿は、生物として相応しくない。紅朗によって持ち上げられているという事は、彼の足は地面に着いていない事を示し、その自重は全て彼の首に掛かっている事だからだ。ラウマの体重は見た目から恐らく70kg前後。その重量を右手一本で支えるという事は、相応の握力も彼の首に加えられているという事になる。


 常人ならば、持ち上げられてから二十秒保てば良い方だ。なのにラウマは、五分以上経っている筈なのに、未だ活発に暴れている。その事実に、ソーラもテーラもスイさえも、ラウマから命の息吹を感じ取る事は出来なかった。


 現実がまざまざと示している。この肉の塊は、呼吸をしていないという事を。


 しかし例え彼女らの知識がそう判断しようとも、数時間前に言葉を交わしていた事は事実。その余りにも無慈悲な変貌ぶりに、ソーラ達は自然とラウマから何も言わぬ地面へと視線を逸らして俯いた。


 その彼女らの行動に、彼女らが答えを察したのだろうと見た紅朗は、「さて」と話を進める。



「取り敢えず鬱陶しいから出来るだけ無力化しておこう」



 言うや否や、紅朗は右腕を少しだけ下ろし、ラウマの両足を地面に着けたと同時に両の膝関節を逆方向に蹴り砕いた。冒険者ギルドで最初に喧嘩を売ってきたガルゲルと同じ要領で。それでも尚も動くラウマの足を麻縄で縛り付け、彼自身の背中側へと捻じ曲げる。そこに彼の圧し折れた両腕も繋げてラウマの動きを完全に封じた紅朗は、路傍の石同然にラウマを放り捨てた。これでラウマに出来る事は腹這いに蠢く事のみとなったのだから、もう手に持つ必要は無い。



「ちょっと!」



 余りにも平然と行われた早業にソーラ達が口を挟みこむ余地は無かったが、それでも紅朗の行動を行き過ぎと見たソーラは、紅朗がラウマを放り捨てた段になって声を荒げる。だが紅朗にその非難は届かない。



「なんだよ。動く死体を動けないようにしただけだぜ? 何を声を荒げる必要がある」


「それでも! 彼は私達を遺跡まで案内してくれた人よ!?」


「それでもソレは死体だ。ただ死んでるだけならまだ良いが、暴れるというのなら話は別だろう」



 余りにも価値基準が違う。ソーラはそう思わざるを得ない。情によってラウマを雑に扱う事を嫌うソーラに対し、ラウマを見る紅朗の瞳に浮かぶのは敵性生物へのソレだった。慈悲は無く、容赦も無い。敵対者にどんな過去があろうが、どのような経緯を辿っていようが関係無い。メリットが無いからか殺すことまではしないが、デメリットが無くなるまで痛めつける事に一瞬の躊躇も存在していなかった。


 余りにも価値基準が、他人への感性が違い過ぎる。紅朗との間に引かれた基準点の相違が、ソーラに悲観に近い感情を浮かび上がらせた。


 だが今回の件に関して言えば、人情は兎も角、冒険者として生計を立てているソーラの方が間違っているとも言えるだろう。冒険者という荒事を生業としているのならば、一瞬一秒の躊躇いが死を招く事もある。敵と味方を瞬時に見分けるのは生還率を底上げするし、敵に情を持つのがご法度だという事ぐらい、彼女だって知っているのだ。敵対者に情を持ってしまい、結果殺されたヤツだって、冒険者という稼業を続けていれば何度かは見るものだ。それはソーラとて例外では無い。そして何より、彼女の知性は紅朗の言い分を認めているのだから。



「ソーラ」



 そういったソーラの中に広がる葛藤を、姉妹ならではの感覚で察知したテーラはソーラの肩に手を置き、首を横に振るう。その行為が村人への心情にどう影響するかは兎も角として、ことこの状況に至っては、一片の躊躇も無いのはどうあれ、冒険者という立場的に紅朗の行動は正しいと言うように。


 テーラの行動によりソーラは一定の理解を示すように諦めの息を吐く。ソーラの浮かべた表情に納得の色が蘇ったと見た紅朗は、ようやっと話を進められると少ない安堵を見せた。



「それじゃあまず、ゾンビについて情報を整理しておきたい。死んだ生命体がなんらかの方法で自発的に動いていたら、それはゾンビという事で間違い無いな?」


「……えぇ、そうね。そうだわ。その条件に適合するものはゾンビ以外に無いと思うわ。クロウはゾンビを知っているの?」


「俺の故郷で聞いた事があるだけだ。それがこっちでも同じとは限らないから詳しく聞きたい」



 そこから始まるソーラ先生のゾンビに関する説明を聞くと、やはりどうも紅朗の知る地球産のゾンビとは細部が違っていた。


 曰く、この世界でのゾンビの出現には地球には無いプロセスを踏んでいるらしい。荒野や森林など、場所は問わないが何処かで誰かが死ぬ。その死体にレイスとかいうファッキンオカルトな悪霊(笑)が憑いてゾンビとなって動き始めるらしい。らしい、というのはソーラが実際にゾンビを見たのは今回が初めてであり、今迄の情報はあくまで伝聞によるものだから正確かどうかは解らないときた。


 つまりこの世界のゾンビとは、悪霊とかいう幻想の有無はさておき、自然発生であるらしいのだ。地球でのクソオカルト分野こと魔術を媒介とした人為的なものでは無い。死んだ元生命体が動くという理屈に合わない不条理極まりないものが果たして本当に【自然】なのか紅朗は理解に苦しむが、ソーラ達の言い分はそうである。そこを突いても今現在において意味は無いので、紅朗は取りあえず現在直面している危惧に関して説明を求めた。



「因みに、噛まれた被害者がゾンビ化する事はあるのか?」


「それはグールの事ね。確かに伝聞で聞けば混同されるでしょうけれど、ゾンビとは関係無いわ」



 グールは吸血鬼の成りそこない。ゾンビのように醜いとは言え、腐っている訳では無いから同じモンスターでは無いらしい。吸血鬼もこの世界には居るのかよ、と紅朗は嘆くが、今はゾンビの問題を解決する方が先である為に割愛。



「ゾンビと言えば動きが鈍いと聞くが、それはどうなんだ?」


「ある一定距離までは緩慢とした動きだけれど、手を伸ばしたら触れるくらい近付けば俊敏になると言われているわ」


「危険度はどのくらいだ」


「単体ではC。だけど基本的にゾンビが発生したら複数体発見されて、その処理に追われる事になるから事実上Bランクに指定されているわ」



 ソーラの言葉が確かならば、対処は充分に可能。今回発見されたゾンビはラウマの一体だけだから造作も無く無力化出来た。例えこれで複数体現れても、まぁ逃げ切る事は容易い。


 だが紅朗は知っている。危惧している。ゾンビの本当の恐ろしさは、一度死んでいるという未知性でも、話に聞く不死性でも無い。紅朗が本当に恐れている事は、死体である事。そこに尽きるだろう。


 今回、ラウマは新鮮な死体であるから表面状は大丈夫だろうけれども、それがウイルス性で無いとは誰にも証明出来ないのだ。この世界は魔術という地球には無い未知の技術があるからか、文明のスキルツリーが地球と比べてわやくちゃだ。それでも、こんな中世に近い文明だ。疫病対策が万全とは言えないだろうし、もしかしたら目に見えない病原菌の事は未だ未発見な可能性が高いのだから。


 そして紅朗の危惧がこの世界を正当に評価していた場合、腐敗した死体がどれ程の病原菌を保持しているかを理解しているとは到底思えない。



「過去にゾンビが発生した場所の周囲で疫病が流行ったりした事例は?」



 紅朗が危惧しているのは、つまりはそこ、病である。腐敗した死体から生み出される疫病は破傷風や敗血病、ペスト等と、ざっと考えただけでも腐る程出てくるのだ。そしてこの原始的な世界には、治癒魔術なんてものがある所為か医学はさして進んでいない可能性が高い。


 そんな中で致死率の高い病に罹ってしまったらと考えると、ゾッとする他無いのだ。


 しかし戦々恐々と聞いた紅朗に返ってきたのは、紅朗の心情を不快な程に柔らかく撫でるような、甘く稚拙な答えだった。



「……そこまでは。でも、そういった流行り病は聞いた事無いわね」


「基本的に見付けて倒したら直ぐ焼くからね」



 腐乱死体が跋扈していた地域に病が流行らないなんて、正直魔術があったとしても意味が解らない。ナノサイズレベルの生命体ナメてんのか。どうなっているんだこの世界は。と内心で頭を抱える紅朗。



「……死後一日経っていない死体のゾンビ化は有り得るのか?」


「有り得ないわ。さっきも言ったけれど、ゾンビ化するのは怨念が凝縮して死体に憑依した結果と言われているのよ。それには長い時間が必要で、決して死んだばかりの死体がゾンビ化する程の短期間では無いわ。勿論例外はあるけれども、このヘイルディ周辺に、そういった熟成期間を短縮出来る程の密度を抱えた負の感情が渦巻いている感じは無い。つまり、時間的にも環境的にも、新鮮なアンデッドが出現するのは有り得ない」



 ならば何故、ラウマはゾンビ化したのか。そこも問題の一つであった。だがまぁ、理屈も方法も解らないが、ソーラには解らなくとも紅朗には解る事が一つだけある。自然的に発生しないのならば、これは故意的に発生したものだ。という事。何処かに人の手が加えられているという事だろう。


 少しだけきな臭くなり始めた状況にどう動くべきか思案する紅朗。そんな紅朗の思考を中断させたのは、テーラの声だった。



「因みに、クロウの故郷ではどう教わっているんだ?」



 恐らくは暗中模索の状況を打破しようという目的の質問なのだろう。なんでもいい。何か状況を打開するヒントを掘り当てようという足掻きのような感情がテーラの声には籠っていた。だが残念なるかな、紅朗は実際にゾンビなんて見た事は無いし、遭遇した事も無い。ましてやゾンビなんざオカルト、科学に切り拓かれた現代日本では実在するとさえ思われていないのだ。


 故に紅朗の脳内にある情報は、全てが娯楽目的に生み出されたゾンビ像しか無い。



「んー、そもそも俺の故郷ではゾンビなんてのは空想上の存在なんだ。物理的に有り得ねぇだろ、死体が動くなんざ。仮に蠢く事が出来ても、腐った状態で筋肉が正常な働きを続けられる訳が無い。肉体を支える事さえ不可能だ」



 そう。そうなのだ。現実的にゾンビとかいう腐乱死体が動く事は有り得ないのだ。筋肉が腐っているという事は骨を動かす事もままならない状況。そんな中で、自然と二足歩行をしたり、標的を見定め走り出したり、あまつさえ肉を齧り取る事なんて到底不可能だ。しかも筋肉が腐っているという事は、それよりも柔らかい脳味噌なんてもうグッズグズである。そんな脳で網膜から検出した光を認識出来るのだろうか。鼻に入った化学物質を嗅ぎ分ける事が出来るのだろうか。鼓膜を震わす振動を検知出来るのであろうか。そして、四肢を動かす電気信号を出せるのであろうか。


 断言する事さえ嫌悪する程、不可能である。



「だから現状、俺の知り得る情報で考えられるのは、死体では無く、あれは生きた身体であるという事だ」



 実際、実例はあるのだ。死んだ状態から神の奇跡とも言える程に劇的な生還例は、実例として残っている。それにだって大抵は理屈が存在するのだが、中には本当に理屈が通らない不可解な死亡確認の撤回例は日本にだって実在している。


 だがしかし。その実例の中に、肉体が死んだ状態のまま、痙攣等の反応では無く自活的行動が出来る例は多聞にして聞いた事が無かった。それはこの世界でも同じなのか、ラウマをちらりと見やるソーラの顔に、まるで腑に落ちた様子は見られない。



「だけど……」


「あぁ、解ってる。ラウマは確かに死んでいる。それは俺がしっかりと確認したし、あの状態の肉体はとても生きた身体とは言えない。だから困っているんだ。この状況にもな」



 ソーラに応えつつ、紅朗は後ろを振り返った。そこには村役場とも言える程には大きい家屋。その入口付近に村人達は一塊となり、紅朗達を訝し気に警戒しながら話し合っていた。


 紅朗の言う状況とは、紅朗達から離れた場所で緊急会議をのような話し合いの場を設けている村人達の事だ。


 緊急会議を開くのは致し方ない。なにせ同じ釜の飯を食らった家族のような隣人ことラウマが、急にゾンビのような存在に成り果て、村人達を襲っていたからだ。彼らが現状を憂うのも当然と言えよう。今日を不安で満たし。明日へ心配を寄せ、その心中を疲弊させているのも無理は無いだろう。


 だが何故か、何故だろうか。彼らは現状の不安を怒りへと変換し、どうしてか紅朗達にその怒りの矛先を向け始めているのが問題であった。


 彼らは口々に言う。ラウマがゾンビ化したのは紅朗達の所為なんじゃないかと。


 確かに、前日まで平穏に暮らしてきた彼らだ。西の方に遺跡が発見された事だって三年ほど前の事。それからは妙な事は何一つとして起きていないのに、昨日の夜からこの村に紅朗達という異分子が入ってきたのだ。そして渦中のラウマはその紅朗達と共に遺跡へ向かい、一人で帰ってきたと思ったら暴れ狂い、村人達へと牙を向けた。


 疑いようの無いその事実は狭いコミュニティで奔雑に枝葉を伸ばし、嫌疑は指数関数的に増大し、彼らの心情は理解出来るもののソーラやテーラでさえ不愉快だと思ってしまう程の視線を紅朗達に向けている。


 つまり、今回ラウマが暴れ狂った原因は、紅朗達にあると疑われているのだ。


 まぁ、疑うのは理解出来る。彼らの立場に紅朗が居たら、紅朗も少しは嫌疑しただろうから。しかしそれは違うんじゃないかと少し考えれば解るというのは、いささか紅朗側に立ち過ぎな推測だろうか。



「それはまぁ、自業自得ってヤツだね」


「ただでさえ疑われる要素の強い私達が、ゾンビ化しているとは言えラウマさんに暴力を働いたのだもの。だから形だけでも怒ったのよ。こうなるって解り切っていたもの」


「いやちょっと待てよ。俺がやったのは正当防衛だぜ?」


「あの人達から見れば明らかな過剰防衛よ」



 うへぁ。と紅朗が面倒臭そうに顔を歪めている間にも、村人達の声はどんどんと大きく、当て付けの様に荒くなっていく。「だからワシは反対したんじゃ」だの、「全部余所者の所為だべ」だの、「もしかしてアイツら、おら達をラウマのようにする為に来たんじゃなかか」だの。聞くに堪えない風評が立ち込め始めていた。


 見れば、いつの間に戻っていたのかムース村長が孫娘のラトリエを後ろに抱えるようにして立ち、村人達を護るようにワラーキンとその取り巻きのような、カピバラのような男が紅朗達を腕組みしながら睨んでいる。


 そんな様を見ていれば、どんどんと紅朗のやる気ゲージが減退していくのは当たり前であり、それは余程の馬鹿かお人好しでも無ければ誰であっても同じ道を辿るだろう。



「……メンドクセェな」



 そして、やる気ゲージが思考放棄レベルまで落ちた紅朗は、おもむろに立ち上がる。


 民衆の意気。例え小コミュニティであろうとも人が同じ意思を持って集まれば、そこには民意というものが発生する。例えばイジメ。例えば喝采。例えば排除。例えば優遇。それらが作り上げたものはやがて【社会】と成し、それらが成り果てたものが【宗教】である。そういった民意というのは小さいものにせよ大きいものにせよ、個人の力で覆す事は難しいだろう。諍いとは規模の大小に関わらず、大抵は数の大きいものの方が勝つのが世の道理。


 それでも覆したい時はどうすれば良いか。その答えの一端を紅朗は知っている。こんなくだらない事に時間も労力も割かずして民意を覆すにはどうすれば良いか、その後の何もかもを捨てる覚悟さえあれば、実は割と簡単な話である。



「おい、そこのデケェの」


「あん?」



 紅朗が目を付けたのは、村人の中で一際ガタイの良い男、ワラーキン。宴会前の事と良い、そのガタイと良い、彼はきっとこの村の中で中々な発言権を持っているに違いない。


 そう判断した紅朗は取りあえずワラーキンの視線を自身に向け、未だ全力で疑いの眼差しを向けてくるワラーキンの顔面を何の躊躇も見せずに自らの足を叩き込む。


 ドガァッ!! と、ワラーキンの顔面が大地に減り込んだ。


 紅朗がやった事はなんの事も無い。ワラーキンの側頭部にハイキックを叩き込み、攻撃に備える事もしていなかったワラーキンは紅朗の蹴りの威力によって頭と足を入れ替えるように回転。ものの見事に大地へと顔を埋めただけの事。



「ぐ、むぅ……っ」



 それでもワラーキンの意識がある事に多少の驚きを見せる紅朗だが、一瞬の逡巡も無くその後頭部を踏み潰し、ワラーキンの意識を大地の底奥深くへと追いやった。背後で狐兎族姉妹が絶句している気配を感じつつ、紅朗は足下のワラーキンを一瞥する事無く村人達へと視線を向ける。



「これは別に、自慢する訳じゃ無いんだが」



 ぴっ、と紅朗が足下を指差せば、そこにあるのは明らかな死に体。抵抗する間も無く意識を刈り取られた村一番の力自慢の姿。



「俺なら一時間も掛からずお前ら全員を皆殺しに出来る」


「て、めぇえええええあああああああ!!」



 倒れ伏したワラーキンの姿を見て頭に血が上ったらしいカピバラ顔の男が紅朗に掴みかかるも、紅朗は余裕綽々と踏み込んだ瞬間のカピバラ顔の膝頭を踏み砕く。バギャッ!! と骨の弾ける音と共に曲がってはいけない方向へと曲がるカピバラ頭の右足。突進の最中に自身の足が自重を支えられなくなるとどうなってしまうのかは考えるまでも無く、もんどりを打つようにカピバラ頭は顔面から紅朗へと突っ込んでしまう。その隙を逃す紅朗では無い。


 紅朗の膝がカピバラ頭の顎へとカウンターよろしく突き刺さる。強制的に口は閉ざされ、下の歯と上の歯が火花を散らすかのようにぶつかり、罅割れ、そして砕けた。ついでのように彼の口から飛んだ肉片は恐らく強引に閉じられた歯によって切断された、カピバラ頭の舌先だろう。



「さて、ここで疑問だが。そんな俺が何故、回りくどい真似をして村人のゾンビ化なんぞしなければならないんだ? するにしたって、先にすべきはテメェらの捕縛だろう。反抗されたって面倒臭いからな」



 土を巻き上げて倒れたカピバラ頭を歯牙にもかけず、紅朗は続ける。その余裕を崩さない姿勢は彼の言葉に真実味を帯びさせた。村人達はおらが村の力自慢を十秒足らずで沈まされた事実も加味して総員が押して黙り、冷や汗を流す。


 こうして、民意は紅朗の手によって支配された。これこそが民意の覆し方だ。犠牲を持って、暴力によって黙らせる。くだらないその場限りの思想群など、所詮はこのように、簡単に掻き消されてしまう。


 阿保らしい。紅朗の心境を一言で表すのならば、まさにこの言葉がうってつけだろう。他人を害する事に対して余りにも覚悟が足りない。信念が足りない。周りに流され、埋もれ、群集心理に己の意志を託す。そんな事だから、他人が犠牲になった程度で歯向かう気概を無くしてしまう。ただの暴力に屈服してしまう。そんな路傍の石よりもゴミに近いものを相手取らされた紅朗が、心の底から呆れ果ててしまうのも無理は無かった。



「そんなお前らに朗報だ。俺らは今からこの村を出ていく。良かったな。ゾンビちゃんと和平が結べる事を心の何処かで祈っているよ」



 ざり、と紅朗は踵を返して歩き始める。その視線に同情も何も無い。歓喜も嫌悪も何も無く、ただただ無人の荒野を眺めているかのように、その眼には何の感情も込められていなかった。このヘイルディ村が明日、ゾンビの肥溜めに成り果てていようともきっと、紅朗の感情が波立つ事は無いとソーラ達が確信する程に。



「お、お待ちください冒険者殿!」



 そんな紅朗の歩みを止めたのは、有象無象の群れから飛び出してきた一人の男。この村の村長たるムースであった。


 ムースは村人達の群れから慌てふためいて飛び出し、村人達につっかえたのかその最前で大地に膝を着く。



「冒険者殿、恥を忍んでお願いします。どうか我らを助けては頂けないでしょうか」


「そ、村長!」


「何を言っとるか解ってるだか!?」



 後続から次々と上がる抗議の声を無視し、ムースは一心に紅朗の背中を見続けた。彼は解っているのだ。此度のラウマの狂暴化が紅朗達の手によって引き起こされたものでは無い事を。その証拠など何処にも有りはしないが、紅朗の言葉通り、紅朗達がわざわざ遠回しにこの村へ悪意を振りまく意味が無い事ぐらいは理解出来るのだ。そんな事をするぐらいなら、ラウマへやったように全員を無力化させて捉えれば良い。紅朗にそれを可能にする実力がある事は、先程ワラーキンを相手取った時に愕然とする程、ムースは見させられたのだから。


 故に彼は決断した。今目の前にある脅威に立ち向かうには、紅朗達の手助けが必要不可欠なのだと。ゾンビは一匹出ればその勢力を爆発的に増やすと言う。であれば、村人全員を駆り出しても全滅は不可避。そんな事件を解決するには、荒事に長けた実力者が必要なのだ。


 故に彼は決断し、跪き、懇願する。この村を束ねる長として。ヘイルディを治める代表として。


 しかして彼に向けられた返答は、ただの一言だった。



「幾ら払う?」



 ムースに背を向けたまま、親指と人差し指で軽く円を形作る紅朗。そのマークは世界共通――否、異世界共通のマークのようで、その場にいる全員が紅朗の言葉の意味を理解した。


 紅朗は、この期に及んで金品を要求しているのだ。村人を助ける為に、ヘイルディを護る為に、その為に動く代価を請求しているのだ。



「クロウ!」



 その無慈悲とも言える要求に、紅朗の行動に絶句していたソーラも流石に声を荒げて紅朗を責める。



「貴方ちょっとおかしいんじゃないの!? こんな状態の人達を前にどうしてそんな要求が出来るのよ! 人情ってものを知らないの貴方は!!」



 確かに、人情の方に立つのならばソーラの言い分は道理だ。ラウマのゾンビ化。それが人為的であろうが自然発生的であろうが、現在、このヘイルディないしその付近には不特定多数がゾンビと化してしまう条件が整っているという証拠だろう。明日どころでは無い。もしかしたら今にでもゾンビが大量発生して村が飲み込まれる事だって考えられる。


 何の罪も無い村人達が無為に命を落としかねないこの状況で、悪辣にも稼ごうとしているのが紅朗だ。人情家が激昂しない筈が無い。


 だがそれは、人情家のみに視点を置いた話である。そして紅朗は、決して人情家では無かった。



「お前こそおかしいんじゃないのか? 俺達は何を生業としているんだ。少なくとも慈善事業をしてるつもりは俺には無いぜ」



 紅朗は、言わば社会人(ビジネスマン)だ。組織というものには属してはいなかったし、税を納める事も少ない、安定と言う言葉とは程遠い人間ではあったが、少なくとも人間社会には属して生きてきた。金銭を稼ぐ苦労も、難しさも、そして重さも知っている。



「俺はまだこの仕事に就いてまともな報酬を稼いだ事は無いがよ、だがお前を含めて俺達は冒険者だ。こちとら金を貰って依頼をこなすプロフェッショナルなんだよ。それを二束三文で仕事を請け負ってみろ。今迄俺達に金を払ってきた人に対して不誠実だとは思わないのかテメェは」



 確かに、紅朗は冒険者では無い。だが他人から仕事を請け負い、その代価を金銭という報酬で支払われるのならば、それは紅朗が地球で務めてきた【何でも屋】と何も変わりはしない。そして彼は、今まで【請負人】として業務を全うしてきた実績があるのだ。その観点から言えば、ソーラの言う【人情】とやらは不誠実の塊でしか無かった。


 今まで金銭を代価に色んな仕事を請け負ってきた。依頼をこなして報酬を貰ってきた。それらは決して少なくない金額だ。子供のお小遣い程度では支払う事の出来ない金額だった。それなのに今、此処で二束三文で動いては、今まで報酬を支払ってきた者に対してどう言い訳するつもりなのだろうか。申し訳が立たないとは思わないのだろうか。


 今此処で二束三文を受け取ってしまえば、今までも二束三文で良いという事ではないか。それはつまり、今まで金を払ってくれた依頼者達に対して暴利を貪っていたという事になってしまう。例え自分がそうと思わなくとも、依頼者から見てそう捉えられてしまえばもう終わりだ。信用は崩れ、評価は地に落ちる。社会人として、人間社会で生きる者として、それだけはあってはならない唾棄すべき行動だ。それはそのまま、自らの生命を侵す毒となるのだから。



「ムースさんよ。俺はお前らみてぇに狭いコミュニティで安穏と暮らしているような人間じゃねぇ。切った張った死んだ死なれた殺した殺されたの世界で生きるもんなんだよ。そんな俺に、あんたは、この村(ヘイルディ)は、一体幾ら払うつもりなんだい?」



 さりとて紅朗は別に完全な社会人(ビジネスマン)という訳では無い。彼だって社会と関わらなえればただ一人の人間だ。人情が無い筈も無い。


 つまりこれは、ポリシー(こだわり)の話なのである。富裕層と貧困層の一万円は決して同価値では無い。故に紅朗が決めている仕事を請け負う可否は報酬の額だけに非ず、どれだけの代償を代価として差し出せるかを見ているのだ。依頼人の懐が痛まない程度の額であれば相応に手を抜いて仕事をし、懐が痛むも是非にと請われれば全力を賭して遂行する。紅朗が請負人稼業で育んだ信念とも言うべき労働基準。


 紅朗が代価を求めるのは金銭が目的では無い。依頼人にとっての、その仕事の意義と価値と覚悟を問うているのだ。



「猶予は明日の早朝。それまで俺は寝泊りしたあの小屋で待機するとしよう。それまでに決断しろ。金を払うか、黙して死ぬかを」



 再度踵を返して立ち去る紅朗。しかし向かう先は当初の村の出口である門では無く、今朝方まで寝泊りしていた鍵さえ無い小さな小屋。その後ろ姿を今度は誰も止める事無く、ただ黙って見送るしかなかった。





 ワラーキン

  ヘイルディ村の住人で、村の狩人担当。ごつい馬のような肉体を持つ男。その見た目通り筋力は村一番であり、有事の際は滅法頼りにされている。また肉体と同様性格面もしっかりと頑強な考え方をしており、村の兄貴分のような立ち位置で若い男衆の良き相談役ともなっている。肉を食った後に骨を長時間しゃぶる癖があり、それが悩みと言えば悩み。


 命名は適当。特に意味は無い。






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