滞在二日目 ~夕~強襲
GW前はやっぱ忙しいなぁ。
「待て。いいか、「待て」だぞ。ようし、その調子だ。「待て」とは「動くな」という意味だ。解るか?」
「……」
「良し、食べて良いぞ」
「ハグハグハグハグアグアグアグアグ」
「グッボーイ、グッボーイ。ようし、次はこの木の枝を取ってくるんだ。取ってきたらまた干し肉をやろう。そぉれ行けぇ」
「シャアアアアアアアアアアアア!!」
「おぉ、良いぞぉ良いぞぉ。物覚えが凄く良いではないか。良ぉし、ナイスキャッチだ、シロ!」
「……なぁにこれ」
遺跡から出て、現在はヘイルディ村に戻っている最中の帰り道。紅朗とシロが織り成す奇行にテーラが呆れた声を上げる。時刻は昼と夕暮れの境に当たるだろう頃だった。
何故、紅朗がシロと共にこのような奇行とも言える行動を取っているか。それは至極単純。
「何ってお前、褒め言葉とご褒美は躾の定番だろ。こういうのは過度なぐらいが丁度良いんだ」
そう、シロへの躾が目的だ。空高く放り上げられた木の枝を取ってきたシロに干し肉の欠片を与えながらその白髪を撫でる紅朗は、テーラとソーラの寒々しい視線を真っ向から受け止めていた。
というのも、シロに対する躾は思い付きや暇潰しでやっている訳では無いからだ。ただ単にコミュニケーションを取るのなら躾する必要は無いのだが、シロの戦闘力をそのまま腐らせるのは勿体無い。だが言語能力も未発達な今、戦闘行動という一瞬一秒を争う場面で長ったらしく説明している暇は、当たり前の事だが皆無だ。故に、せめて一言。合図のようなものを覚えてくれたのなら、それは遊撃兵としての運用効率が格段に上がる。
だから紅朗は、その一環としてシロに干し肉を用いた躾をしているのだった。その為の干し肉。この為の干し肉である。ただ漠然と無闇矢鱈に携行食料を欲してソーラに値切らせた訳では断じて無いのだ。
「良ぉしシロ、次はちょっと難しいぞ。出来るかなぁ?」
「シロ! できる!」
「良い返事だ。それではシロ、あの木に向かってアイアンテールだ!」
「シャアアアアアアアアアア……、……。……?」
紅朗が適当に指した木に向かって突進するシロは、しかし木に近付いた所でどうすれば良いのか解らず、紅朗に振り返って首を傾げる。紅朗の示す目標物は理解出来るが、流石に「アイアンテール」というものが何を表しているのか解らないのだろう。
「あぁ、やっぱ難しかったか。じゃあちょっと難易度を落としてみよう。シロ、一旦下がって、その木に体当たり! 体をぶつけろ!」
「! シャアアアアアアアアアア!!」
バガァン!! と紅朗の命令を理解したシロは、尻尾の力を使って木にタックルをかます。別に紅朗は、難しい事を言ってシロを困らせようとはしていない。わざと難しい事を伝え、悩んだその後に噛み砕いて説明し、正解を教える。これを繰り返せば、簡単な合図は直ぐに覚えられよう。
「よし、良いぞ! そのまま「まきつく」! からの「かみくだく」! トドメに「ギガインパクト」だ!!」
「……??」
だから決して巫山戯ている訳では無いのだ。技名にだって特に意味は無い。断じて他意など無いので邪推はしないように。
因みに紅朗は生粋のソロプレイヤーなのでバトルは基本的に対NPCオンリー。であるが故に破壊力重視の脳筋プレイ。厳選もしないしバフやデバフ技はいの一番に忘れさせるタイプだったが、それはまぁ完全に余談であるからして無意味な邪推は決してしないように。
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思い付き染みた躾と言う名の御巫山戯に満足したのか、当事者である紅朗を含めた一行は帰路の足を少しだけ早め、今はヘイルディ近郊、ラウマの開拓した麦畑の中を歩いている。時刻は陽の傾き具合から見て、四時前後と言ったところか。空がやや赤味がかっている中の麦畑はその規模も相俟って、まるで黄金の海のようだった。
その中で交わされる紅朗達の会話は、必然とこれからの予定に関するものになる。
「割と時間食ったな。どうする? ヘイルディに戻ったら挨拶だけして直ぐに出るか?」
「そうした方が良さそうね。時間的余裕がどれだけあるか解らない今、なるべく早くホレヘルベルトに戻るべきだわ」
というのも、元々紅朗達は王都の祭りに参加する為、王都行きの馬車が出るホレヘルベルトという町を目指していたのだ。道中の紅朗の暴走によりホレヘルベルトよりも東のヘイルディという村に着き、本来は三日で終わる筈だった旅路も今日で五日目に突入している。これ以上の放浪は避けるべき、という思考は紅朗とソーラの間にて一致していた。
「そうだねぇ。クロウもソーラも我儘言って寄り道するからねぇ」
だがテーラは違う。他人事のように聞こえる言い分は、正味完全な他人事だからだ。テーラは別に王都へ行く事に対して否やは無いが、急いで行く必要は無いとさえ思っている。王都の祭りは観戦出来ればそれで良いし、それならばのんびり歩いていけば充分間に合うのだから。
「いや、俺は寄り道すべきでは無いと言ったじゃないか」
「はぁ? 時間が無い大本の元凶は貴方でしょう?」
しかし紅朗はテーラの言い分を承服する事は出来ずに否を唱え、まるで自分の責任を回避するような台詞に反論したのはソーラだ。
「いやまぁ確かに大本は俺だが、今回の寄り道はあくまでソーラとの関係を拗らせたくなかっただけだ。気配り出来るナイスガイと言われこそすれ、責められる謂れは無いね」
「気配り出来るのならロレインカムで暴れないで欲しかったのですけどねぇ」
「お前何言ってんのソーラ、あれはアイツらが噛み付いてきただけじゃん。俺は降りかかる火の粉を払っただけ。何も悪くない。クロウ君マジ大正義」
「それ本気で言ってるんなら真面目に引くんですけど」
ロレインカムでの暴走さえ無ければこんな急ピッチで王都へ向かう必要は無く、ロレインカム発の馬車で行けたと言うのに、この現状だ。しかも途中で寄る筈のホレヘルベルトさえも通り過ぎている始末。こんな現状を作り出したのは、どれもこれも何もかも紅朗の暴走が原因である。
にも関わらず、自分は悪くないとまるで悪びれない。余りにもな言い分にテーラとソーラは「マジかコイツ」と言わんばかりに引いていた。
ともあれ。そんな風にぎゃいぎゃいと、雑談を交わしている間にも紅朗達の足は着々と麦畑を踏み越えて、ヘイルディ村に近付いている時の事である。
「……なんか、五月蠅くない?」
ヘイルディ村の門が見えるか否かの所で、まずソーラが異変に気付いた。彼女の種族、狐兎族特有の頭部に生えた集音センサーである大きな耳が、かの村から微かに響く喧騒を拾ったのだ。老若男女の入り混じった騒ぎ声。昨日に開いた宴の時のような、聞き分ける事の出来ない多数の声が複合されたそれは、やがてテーラの耳にも入る。
「……宴って感じじゃないね」
自然と歩みの速度を上げて開いた門に近付き、紅朗も異変に気付いた。そこまで来れば、どういった類の喧騒なのかを聞き分ける事は、狐兎族でなくとも容易い事だ。ぎゃー、と。わー、と。性別も老いも関係無く、全ての村人が甲高い声を上げているその喧騒は、誰の耳にも明らかだった。
「こりゃ悲鳴だな」
「まさか、襲われている!?」
危機感を感じさせない紅朗の台詞を聞くや否や、走り出したソーラとテーラが開いた門を越えると、そこから広がる光景は正しく襲撃然と言わざるを得ない。
道の上で無造作に倒れ伏す村人たち。そのどれもが着用している服と共に大地を赤く塗り広げており、体の一部が欠損していた。片腕が無い者、片足が千切れかけている者、内臓を露出している者もいれば、首が抉られている者まで。そして、そのどれもが胸部を動かしておらず、スイの目にも死んでいる事が見て取れた。
「なんだろね、魔物かな?」
「声は広場から聞こえている! 行こう!」
テーラが先行し、ほぼ同時にソーラも続く。二人仲良く昨晩宴を開催した広場に向かっているのに対し、紅朗は立ち止まって遺体をまじまじと見ていた。顎に手を添えて、「ほーん」と何処か呑気に呟く様は緊張感の欠片も無く、溜まらず急かす様にスイが紅朗の服の袖を引っ張る程だ。
「あ、あの……ソーラさんとテーラさん、行っちゃいました、けど……」
「え? あぁうん。今行く今行く」
ふい、とスイを見た後に広場への道を一瞥しただけの紅朗は、また道端の遺体に目を落とす。その目に映るのは、遺体の損傷個所だ。
「何を、見ているん、ですか……?」
「ん? 傷跡」
傍らのシロが欠伸しているのを横目に「傷跡?」と呟いたスイの言葉が届いたのだろう。紅朗は遺体の損傷個所を指差した。
「こいつらの死因をな、探れねぇかなって。傷口の小ささからして多分、出血多量によるショック死かなぁ。どれも動脈逝ってるもんなぁ」
人間の身体構造に当て嵌めれば、という前置きが必要ではあるが、遺体の欠損箇所はどれも動脈を断ち切る程深々と抉られていた。それが彼らの主な死因だろう。そして死因を探れば、自ずと致命傷を与えた相手がどのような手法で与えたのか、ぼんやりと見えてくるものだ。
「傷口の一部が等間隔で波打ってる事から鋭利なもんでやったな。無理矢理引き千切った訳じゃねぇ。これは多分、歯型かな。ここに並んでる死体の全部がこんな傷だって事は、相手は四足獣か何かか。少なくとも傷が無いって事は手足を使うタイプじゃ無い。全員一撃で仕留められているから相当足が速いんだろうけど、でもなぁ。足が速い肉食獣で爪が発達しないヤツなんて居るのかね?」
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。自衛の為、戦力分析の為に検分は必要不可欠だ。だが残念な事に、ここは地球の常識が通じない世界。転がる遺体の全てが一撃で殺されている現状を作り出せるような獣は紅朗の脳内でも何件かヒットするが、それら全てが何処かしらに必ず爪の傷が残る。では紅朗の脳内では無く、この世界特有の魔獣なのかとスイを見て見れば、彼女も彼女で首を捻るばかりだ。
それもその筈。幾らこの異郷出身だろうとスイはまだ十歳前後の年齢。しかもその半分近くを監禁されて育った者だ。この異郷特有の獣の情報量は紅朗とどっこいどっこいだろう。死体を見て気分が悪くならないのは、幼少期の頃から森で過ごしてきたが故の純粋培養だからなのかもしれない。森で生きれば、自然と弱肉強食の世界を目にするからだ。
うんうんとスイの背景を推測しては一人納得した紅朗は、再度遺体を一瞥して、違和感に気付く。傾いた太陽光に邪魔されて見難くなってはいたものの、その違和感の正体を素早く突き止めた紅朗は、死体の欠損箇所から一定の距離を離して肉に浮かんだ五つの赤みに視線を落とし、へらりと笑う。
「は。な・る・ほ・ど、ね」
「何か、解ったんです、か……?」
「あぁよ。こりゃ、共食いだな」
五つの赤みは、まるで人の手の平で強く鷲掴みにしたかのような形を表していた。
否。その赤みは、正しく人の手によって造られたのだろう。紅朗の推測に対する答えは、すぐそばの広場にある。
ソーラとテーラに遅れる事、数分。紅朗達はすぐに狐兎族姉妹の後ろ姿を捉え、その向こうに繰り広げられた光景を目の当たりにする。その光景にシロは首を捻り、スイは驚愕を表し、紅朗は困惑に顔を歪めた。
「や、やめてくれええええええええ!!」
「お父さああああん!! ラウマさんやめてェっ!!」
「なァにコレェ」
多数の悲鳴が打ち上げられているその中心地の光景に、そう紅朗が間抜けな声を上げるのも無理は無い。何故ならば村人を手当たり次第に襲う襲撃者の正体は、同じ村人である自称開墾王の農家、ラウマなのだから。つい数時間前まで自分達を遺跡に案内してくれた気の良い馬面のおっさんが、顔面を狂暴に歪めて同じ村の人の肉を食い散らしている。その光景を見れば紅朗のように間抜けな声は出さなくとも、どういう事かと困惑するだろう。現にソーラとテーラも強烈な違和に足を止めているのだから。
村の襲撃者が村人と同種族かそれに近しい人類であると踏んでいた紅朗ではあるが、流石にそれがラウマであることまでは読めなかったようだ。
「あ、クロウ」
「どういう事よコレ。なんでラウマのおっさんが食人嗜好に目覚めてんの」
「いや、あたしたちも良く解らないんだけど……」
紅朗の声に意識を戻したのだろうソーラが反応するも、テーラ曰く呆然と立ち尽くしていたようで詳細は知らないようだ。
同じ村の人間が同じ村の人間を捕食する。この村と言う小さなコミュニティにしてみれば、家族を食らっているのと同じ事だ。であれば、家庭内の問題であると言い換える事も出来る。はてさてそこに、部外者である自分達が立ち入って良いものかどうか。そういった文化的な問題に直面した事も相俟って、未だ眼前で繰り広げられる狂騒にソーラ達は立ち尽くしていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
珍妙な濁声で村人を襲うラウマ。良く良く見ればその視線はまるで定まる事を知らず、右往左往と目まぐるしく動き回り、白濁していた。口角は泡を吹き、涎をしとどと垂らし、食い千切った証である鮮血と混ざり合い、毛並みも衣服も大地さえも朱に染めている。有り体に言ってその様は、あからさまに健常な状態じゃあ無かった。もしかしたら人を襲っているという意識さえ無いのかもしれない。
「どうしたってんだラウマ!! 落ち着け!!」
「おい!! 村長はどうした!! 早く連れて来ねぇとまた誰かやられちまうぞ!!」
「嬢ちゃんが居ねぇってんで探しに行ったっきりだ!! 取りあえずソイツぶん殴ってふん縛るべ!!」
「あぁ!? ラトリエちゃんなら外れの小屋辺りで見かけたぞ!!」
「どっちだ!? 冒険者に貸した方か!? 資材置き場か!?」
「資材の方だ!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
尚も続く狂騒。悲鳴と恐慌の間に交わされる言葉は怒号のようにうねりを上げ、叫び上がる言葉に呼応するかの如くラウマが吠える。阿鼻叫喚とは正に眼前の光景を指していた。
それに何を思ったか、スン、と鼻を鳴らした紅朗は取りあえず情報収集の為に近くの村人へ足を向ける。その者はラウマの隙を縫って背後を打とうと太いこん棒を持った男。紅朗達がヘイルディに到着した際、紅朗の手からアウテガンデを渡した馬脚族の男だった。名前は確か、ワラーキンとかだったか? と紅朗は記憶している。
「なんだお前ら。ラウマのおっさんでもイジメてたのか? 中途半端なイジメすっからこうなるんだ。やるからには二足歩行する気概さえ圧し折る程やれよ」
「イキナリなんだテメェ!! これがイジメの復讐にでも見えんのかよ!!」
余りにもあんまりな紅朗の台詞に、ばんえい馬のようなゴツイ馬脚族の男ことワラーキンは振り返ってがなり立てる。しかしその怒号もどこ吹く風。さらりと受け流した紅朗は情報収集の名目上、尚も続ける。
「ちっちぇえコミュニティって割と馬鹿げた法則が適用されるからな。何があったっておかしか無ぇ。で? なにがあった」
「俺らにも良く解んねぇよ! 昼過ぎに帰ってきたと思ったら急に周りの奴らを襲い始めたんだ! レグマも食い殺された!!」
「知らねぇ固有名詞出すなよ。誰だよレグマって」
「ラウマのおっちゃんの息子だよ!! なんだってんだ一体!!」
そう言われても誰だか解らない紅朗だが、現状がどれだけ狂った状態にあるのかは理解出来た。父親が息子を食い殺すなぞ、正常である筈が無い。正常であってはならないのだ。そういった事が起きる場合は、父親か息子か。あるいはその両方かが異常を持っていないと有り得ない現象。であれば、今この状況で推測出来る理由は一つ。
「ふむ……。家庭内不和からの無理心中が目的かな?」
そう呟いた紅朗の声音はどう聞いたって真剣味が足りない。言葉面からどうも真面目に考える気が無さそうな紅朗に気付いたワラーキンは、眼前の光景をどうにか治めるべく吠える。
「馬鹿な事言ってないでどうにかしてくれ!! あんたら冒険者なんだろ!?」
「えー。コレの発端が複雑な家庭内事情だったらどうすんだよ。家族間抗争に首突っ込むつもりは流石の俺も無いぞ」
しかし紅朗は余計な面倒を背負い込みたくないとワラーキンの要望を突っぱねた。そんな感じでぎゃあぎゃあと騒いでいるのが余程五月蠅く感じたのだろうか、村の広場にて絶賛孤軍奮闘中のラウムが紅朗達に狙いを定め、一足飛びに襲い掛かる。
「クロウ!!」
「はいはい」
ざしゃあっ! と土を巻き上げて飛び上がったラウムの矛先はクロウとワラーキン。危険を知らせる為か反射的に紅朗を呼ぶソーラの声。位置関係からしていち早くラウマの手が届くのはワラーキンの方だが、まぁ、なんだかんだ考える事すら面倒になってきていた紅朗は取り敢えず事態の鎮静化を図る為、後退して避ける事はせずにわざわざ無防備に腹を晒した形で襲い掛かってきたラウマの鳩尾をカウンター気味に蹴り抜いた。
巨大な猪の突進ですら押し潰す紅朗の前蹴りは拍子抜けするほどあっさりとラウマの鳩尾にズドム! と深く減り込み、反動によってラウマは数m離れた大地に派手な音を立てて倒れ伏す。
そこに容赦は存在しない。
肉が潰れる音と骨が砕ける音を同時に奏でた紅朗の蹴りは、決して一般的な村人に与えて良い類の威力では無かったが、ソーラ達がそれを責め立てる前に、彼女達は絶句する。
倒れ伏したラウマが、腹部のダメージをものともせずに立ち上がり、再度紅朗に向かって襲い掛かったからだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「……これは、どういう事だ?」
振り回されるラウマの手を躱しながら、紅朗は困惑を隠せない。与えたダメージからして――憶測では無く、足に伝わった感覚からして、余程鍛えていなければ悶絶して動けなくなるだろう威力を叩き込んだ筈だ。背骨とは言わずとも、肋骨の二本程度は折れているだろう感触もした。
だが現実はどうだ。血反吐を撒き散らして激痛に苦しむ筈の腹部を庇う事すらせず、ラウマは体を捻って両の腕を振り回し、隙あらば噛み付こうとしてきている。これは、どういう事なのだろうか。
毎日クワを振れるぐらいには必然と鍛えられているだろう農夫のラウマでも、その筋量や耐性は、所詮は凡夫よりも上程度。ましてや突進の速度や飛び掛かってきた飛距離から考えれば、紅朗の地球的認識であっても凡夫との差はさして無い。なのに何故、この目の前の農夫はこうも動く事が出来るのだろうか。
理解不能な不快感を抱いた紅朗は、ラウマの突進を半身引いて避け、避けずに残しておいた左足を使ってラウマの足を引っ掛けて転ばせる。
「手荒な真似するけど構わねぇよな」
言うや否や。誰の返答も聞かずして紅朗は倒れたラウマの腰骨目掛け、右脚を踏み抜いた。ボギリュッ! と、醜い音と共にラウマの腰骨が砕かれる。紅朗の右足がラウマの腰に埋まっている様子は、傍目のソーラ達からでも見て取れた。
手荒も手荒な鎮圧行為。しかし少なくとも、人体構造的に動作の要でもある腰が砕かれたのだ。これで二足歩行は出来まい。
だがそれでもラウマはじたばたと藻掻く。本来ならば全身を駆け巡る激痛で身動き一つ出来ない筈なのに。通常では有り得ない、有り得てはいけない出来事に、クロウの動きは早かった。
「お、おい! ラウマのおっちゃんに手荒な――」
「五月蠅い」
ワラーキンの抗議を一瞥する事無く黙らせ、紅朗はその場で跳ねる。そして藻掻くラウマの両肘を砕くように着地した紅朗は、そのまま体に巻いて携行していた麻縄をラウマの口に噛ませて縛り、ラウマの無力化に成功。
すかさず紅朗はラウマの首が激しく動かないよう鷲掴んで制圧し、頸動脈を確認した。そして判明する一つの事実。存在して欲しくは無かった、クソオカルトの世界に漂う現実に舌打ちした。
「ソーラ、一つ聞きたい事が有る」
荒れた村のど真ん中。鮮血が散らばる広場の中で、狂った村人を破壊しながら拘束した紅朗の表情は余りにも剣呑で、その中でいきなり声を掛けられたソーラは応えるのに一拍だけ遅れる。
「……、何?」
しかしそれは、ほんの序章に過ぎなかった。ソーラが覚えた、テーラが抱く、村の中に立ち込める不穏な空気は今序章を終え、現実の脅威として顕現する。
「お前が知っている技術の中に、死んだまま動く事が可能なものはあるか?」
紅朗が触れるラウマの首に脈は一切見当たらず、体温すら感じる事は無かった。
その現象を、あるいは幻想を、紅朗は話だけなら聞いた事がある。
曰く、【生ける屍】。リビングデッド。ブードゥー教言う所の、【ゾンビ】である。
ゾンビ
パニックホラーで良く多用される架空生物。ウイルスの所為だったり魔術の所為だったり呪いの所為だったり蜂の所為だったりどこぞのキングオブポップの所為だったりと世界中で引っ張り凧の憎いあんちくしょう。昔はだらだら歩いて腐敗臭と疫病を撒き散らす、死んでからも他人に迷惑をかけまくる第三帝国ばりに厄介なとんでも生物?だったが、割と最近ぐらいからなんかがっつり走るようになったりしてゾンビとは一体なんぞやと首を捻らざるを得ない状況になっている。これがウイルスの所為だったら燃やしたって意味無いね。走ったりしたらもう肉片が何処まで飛ぶか解らないもの。核落としても治まるとは到底思えない。むしろ放射能によって強靱な変異とかしちゃってまたぞろニューヨーク辺りでウィルなスミスが一人船上でゴルフするハメになるんじゃない?
踊りは好き。




