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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第二章 世界ドルルン滞在記編
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滞在二日目 ~朝~戦闘指南




 両手を、大地に着ける。手の平は出来るだけ大きく広げ、指の一本一本、掌底までしっかりと意識して地面に接着させる。そして足を真上に蹴り上げ、両足を高々と天空へと伸ばす。頭は当然下。肘を極力折り畳み、顔が大地に触れずとも、生えた草に触れる程に地面との距離を縮めさせる。紅朗が行うその様は、肘を折り畳んではいるものの、正しく、逆立ちと言えるものだった。


 そして驚く事に、逆さに直立しながらも、金属製のグリーブが装着されたその足先さえ、微動だにしていない。両腕は曲げているも、両足どころか背筋までピンと伸ばした直立姿勢。その状態で足先がぶれないという事が、如何に紅朗の体幹が優れているか知れるだろう。


 だがそこで紅朗の逆立ちが終わりとはならない。腕に力を込め、ゆっくりと少しだけ体を持ち上げる。肘を伸ばす事の無い逆立ち。あるいは、中途半端に肘を曲げた逆立ち。肘を完全に折り畳んでいる訳では無いという事は、彼の自重がそのまま両の腕に圧し掛かっている事だろう。


 その状態で、紅朗はまず両足を腹側へ倒す。足も腰も一切曲げる事無く、まるで一本の棒のように体全体を斜めに傾け、最終的に止まった彼の身体の角度は、凡そ50°と言った所。自重を支える腕は勿論の事、腹筋も背筋も胸筋も、当然両足全体の筋肉にも甚大な負荷が掛かっている。己が体重を一番下で支えている掌底が硬い大地に減り込む程に。


 だがまだ終わりじゃない。そのまま紅朗は、両足を頂点にしたまま、ぐるりと中空に円を描くように回す。その動作は極めて緩慢で、身体に備わる筋肉の一つ一つ、繊維の一本一本にまで負荷を浸透させるように動いていた。特に体を背中側に傾ける時は腹側に傾けるよりも深く、それこそ両手の五指が大地を鷲掴むようにして自重を支え、身体を深く倒している。



「……うおぉ」



 自然と漏れたかのようなテーラの呟きを無視するように、頂点の両足先が三周程時計回りにぐるりと回ると、次は反時計回りに三周。ギシギシと悲鳴を上げるのは紅朗の筋肉か、掴まれた大地か。


 その行為が終わると、次に紅朗は肘を完全に伸ばした。その状態で、先程もやったように両足を時計回りに三周。反時計回りに三周。その頃にはしっかりと大地に、指紋まで残っているんじゃないかと思わんばかりにくっきりと、紅朗の手の平の型が刻み込まれていた。視線を大地と水平にしたら手の甲から先が見えなくなる程に。それも、背中側に身体を深く倒したからか、掌底側よりも指先の方が深く沈んで見えなくなっていた。否、これはもう抉り込まれていると言っても過言では無い。


 そこまでしてようやっと、紅朗の両足は大地を踏み、頭が上がる。



「よし、準備運動終わり」



 これが、毎朝行われる紅朗の準備運動。如何に短時間で効率良く全身の筋肉に負荷を掛けられるかを模索していった結果の運動だ。


 そう、朝である。早朝、というにはやや遅めの時間。村民は全員が起き出し、にわかに村内の活気が湧いてくる頃。紅朗達はヘイルディからやや離れた丘の上に居た。


 全員が起き出してから携帯食やスイの魔術で食事をした後、スイとシロは外套を被り、それぞれの荷物をひっつかんで丘の上に来た理由は他でもない、先程発された紅朗の言葉通り、準備運動をする為だ。硬い大地のみならず、例えそれが人工的に造られた木材の床であったとしても、硬い材質の上で寝た体は思いの他、凝り固まっている。


 それを解す為に、彼らは朝一番でこの丘の上に来ていた。


 だが、ここで一つ疑問を抱く諸兄らも居るだろう。前述した紅朗の準備運動を見て、然程動き回る訳でも無いのに何故、たかが静かな準備運動のみで一々村から外れた所に来たのか。無論、そこには理由がある。



「はいじゃあまぁ、いっちょやりますか」



 肩をぐるりと回す紅朗の前には、左手に盾を構え、右手に抜き身の剣を握るテーラ。朝日に照らされた剣は鋭い日差しを鈍色に変え、しかしギラつくように反射している。その刃は、一切の刃引きをしていなかった。触れれば皮膚を裂き、肉を断つ様は刃以外の何物でも無く、その刃をテーラは、紅朗に向けていた。対する紅朗の足には、先程から金属製のグリーブが装備されている。


 詰まる所、この丘の上に来た理由、それは――



「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「うむ。その意気や良し」



 準備運動のついでに鍛錬もしようという事だった。




 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 紅朗との練習試合。これはロレインカムを脱してから、テーラの朝の日課になったものだ。寝起きの身体解しついでの、鍛錬。初日は本身の剣での試合にテーラは難色を示したものの、どう頑張っても紅朗に掠り傷一つ負わす事が出来なかった為、そのまま抜き身の剣での鍛錬は続行された。抜き身の剣を使う事は紅朗の提案だったが、その理由としては、本身の方が紅朗の気が引き締まる事に加え、練習で木刀等の、剣とは重心が違うものを使えば、その感覚の差は実戦で必ず露呈して失敗に繋がる為である。


 故にテーラと紅朗は、練習試合でもありながら、本番さながらの気合を持って朝の鍛錬に挑んでいた。テーラの剣は一筋煌めけば、紅朗は半身をずらしてさらりと躱す。テーラの剣が一筋閃けば、紅朗は上体をずらして足甲をテーラの脇に軽く当てた。



「くそっ! どうして当たらないんだよ!」


「剣ってのはどうしたって縦横斜めの八方向。プラス突きの九方向しか攻撃方法が無いからなぁ。余程速くなけりゃあ避ける事ぐらい造作も無い」



 紅朗にとって武器とは、攻撃力を増大させる代わりに複雑さを捨てた、ただの道具でしか無い。単純故に、剣を振り慣れていない格下の攻撃を避けるのは容易なのだ。最も、フェイントを入れればその限りでは無いのだが、如何に虚実織り交ぜようとも攻撃の始点を誤魔化す技量が育っていない為、やはり容易である事に変わりは無い。


 そんな紅朗に攻撃を当てるには、どうすれば良いのか。テーラは剣を振りつつも考える。この動作と思考の並列処理も紅朗の考案ではあるがそれはさて置き、やはり攻撃を当てるには速度と複雑さが鍵だろうとテーラは思う。速度を出すにはもう筋肉を育てるか効率化した動作を体に覚え込ませる以外に無いのだが、一両日中に出来るものでは当然、無い。であれば、複雑化の一手しかない。攻撃の複雑化とは、言い換えれば奇抜さとも捉える事が出来る。要するに、思いも寄らぬ一撃を産み出せれば良いのだ。


 そこまで至って、テーラの脳裏に過ぎったのは、つい先程の事であった。


 それは、テーラを含めた紅朗達が、一夜を過ごした小屋からこの丘に到着するまでの間に交わされた時の話になる。



「第六千八百二十五万六千回、紅朗君の、戦闘指南のコーナーァァァァァァァ……」


「え、いきなり何?」


「どうしたの? ついに頭でもやられた?」


「君達って割と無礼だよね」



 適当に暴れ回れる場所を探して村の外をふらついている時に発せられた、妄言にも似た急な発言にテーラ達は口々に本音を述べた。それに対して苦言を呈した紅朗だが、まぁそんな事はどうでもいいとばかりに紅朗は片手を振るう。



「いやまぁ、前回テーラは対多数を熟せなかったようで。母指球での動きも慣れてきているようだし、パーティーの役割的にもそろそろ次の工程へ移ろうかと思ってね」



 前回、というのはロレインカムでの戦い……防衛騎士団との闘いの事を指す。思い返すもテーラはあの時、確かに対複数戦闘という、多勢に無勢という言葉を地で表した状況に立ち向かい、結果どうにもならなくなって敗走したという苦い思い出がある。



「お? 技か? 技ですか? そろそろ技を習っちゃいますか?」


「前から言ってるけど、俺の体術に技なんて無いからな?」



 紅朗の言葉尻から、そんな対複数戦闘という圧倒的不利な状況を打破する為の秘策を教えてくれるようだ、と勘違いしたテーラだが、それは敢え無くご本人から否定を食らう。


 本人の言う通り、紅朗の体術に技は無い。見た目が派手で大衆にキャッチーなものなど存在しない。そこにあるのは唯々効率的で、殺人的に実用性しかない、体の動かし方だけなのだ。そんな彼が教えるものなど、前回の母指球での動きと同様、只管に地味で反復練習を持って体得するものだけだろう。それは今回とて、例外では無かった。



「んで、今回教えるのは、前回敗走を喫した対多数での動き方」



 ビッ、と紅朗は人差し指を立て、足を止めてテーラを見る。気付けば紅朗を含む彼らは、村の外れにある丘の上に立っていた。ここならば、魔術さえ使わなければ、派手に暴れようとも苦情は来ないだろう。



「そのやり方はスゲェ簡単に言えばただ単に「もっと動け」の一言で片づけられるんだけれど、それだけじゃアレだから詳しく教えよう」



 そこから、紅朗の座学が始まった。


 紅朗の言い分は、先程紅朗が言った通り、「もっと動け」という言葉そのものであった。だがそこには、彼が修めた体術――便宜的に【骨法術】という名を取らせてもらうが、【骨法術】特有の、無駄の無い理詰めの動きを標榜するに恥じぬ(ことわり)が存在する。



「まず、集団との戦いでは兎に角、動き回る事が何よりも重要だ。敵を一人殺したらば、即座に反転。逆方向に走る事」



 例えば、前方の敵を殺したとしよう。そこからすぐさま反転して後方の敵へと向かえば、先程迄前方であった方向に居るまだ生きている敵は、先程自分が殺したお仲間の死体が邪魔をして、こちらに斬りかかる時間にタイムラグが生じる。その間に距離を離してしまえば、反転した自分の背後はごく短時間ではあるが、敵の攻撃が無い状態を作り出せる。あとは三方向の敵に注意すれば良い。


 それを完璧に繰り返していけば、理論上、単独でも百人以上はいとも容易く(たお)せる。



「そして攻撃方法として、点での攻撃方法はお勧めしない。例えば突きだな。これは得物の長さにも寄るが、テーラの剣では一撃で殺せる敵がどう頑張っても三人にしかならん。それも縦に並んでるヤツだけだ。乱戦で2、3人殺した所で意味が無い。殺すでは無く、傷付ける事を意識しろ」


「え、殺さなくても良いの?」



 紅朗の言葉に、テーラが疑問を投げた。確かにテーラは冒険者という荒くれた職業に就いているが、何も殺しがしたい訳では無い。殺さないで済むのなら、それが一番ではある。だが敵の無力化は即ち「殺」以外に無いと思っているテーラにとって、確かに紅朗の言は疑問が湧くだろう。


 しかし、それで良い。否、それが良い。



「怪我を負わせるだけで良い。やるなら線。出来れば面での攻撃が望ましい。一人でも多く、掠り傷でも良いから負傷させろ」



 いくら訓練された兵士だろうと、そうすればコンマ何秒かの時間が稼げる。驚愕、または狼狽等の精神的な静止では無く、動作の弊害という物理的な静止を強制させるように動くべし。負傷した敵は相手方にしてみれば「障害物」では無く、「生きて帰すべき戦友」なのだから。それを意識して作り出すのと出さないのとでは、乱戦の生還率に大きく差が出るのだ。



「体力が多く、索敵能力に長け、足の速いお前に一番合う戦法がこれだ。敵戦線を翻弄しろ」



 その言葉に、テーラは知れず背筋にぞくりとした快感が走った。


 ――敵戦線を翻弄しろ。


 なんて闘争心を沸き立たせる言葉だ。そんな事を言われては、そんな事を夢見させては、それに向けて全速力で突っ走るしかないじゃないか。昨日の晩に決めた自分の役割、中距離での防衛、迎撃。昨晩に決めた自分の役割に、テーラは俄然意欲を燃やす。



「そんでもって、ここで育てて来た足が活きる。母指球で動いていて、少しは解ってきたんじゃないか? 母指球で動く事の真価は、転進にあると」



 そんな彼女に向けた紅朗の注釈こそが、今回テーラが思い出した事だ。場面は回想から現実へと時を戻す。


 確かに、テーラは理解した。母指球で動く事の真価は、転進こそに有る。今迄脳の片隅に漂うだけの理屈だったそれを、テーラは体で理解した。


 転進。剣を器用に動かせられないのなら、その母体も母体。足を使って複雑な軌道を描けば良い。鍛え上げられた足で、培われた足首の強靭さで、体得した足指で大地を掴む技法で、習得した転がるような移動法で。その全てを統一させた、体幹能力に寄って。



「う、り、ああああああああああああああああああああああああ!!!」



 ぎゅるりとテーラの身体が沈む。体勢は深く深く、地に生えた草が頬を撫でる程深く、一月前のテーラでは出来なかったであろう沈み込んだ体勢のまま、紅朗へ突進。先日までのテーラであればそのまま横薙ぎに剣を振るっていたであろうが、今回のテーラは一味違う。


 紅朗が己が剣の間合いに入った瞬間、体を前へ突き出す蹴り足をぐにゃりと捻り、体勢をうつ伏せから仰向けへ移行。その移行途中から振るわれていた剣の切っ先は単純な横一閃の動きでは無く、紅朗から見ても見事な程に円を描いていた。直剣から繰り出される湾曲した撃線は確かに奇抜そのものであり、これが相手が紅朗では無く並みの剣士であったとしたら、容易くその刃を肉に食い込ませていただろう。


 複雑、と言うにはまだ甘いものの、昨日までのテーラを知っている紅朗からしてみればそれは成長以外の何物でも無く、紅朗の口角は柔らかく吊り上がる。



「【(まろ)ばし】。俺の師匠はその動きを、そう呼んでいた」



 ギャリンッ、という深いな金属音と共に、テーラの剣は紅朗の具足によって横に流された。そう思った時には既に、紅朗の右脚の甲がテーラの頬に添えられている。紅朗が本気で振るっていたらカウンターが入っていただろう右脚によって、今回の鍛錬は幕を閉じた。毎度御馴染み、テーラの負けという結果を持って。


 だが、これは成長だ。小さな小さな一歩だが、テーラにとってこれはもう、快挙に近い。今まで避けられて掠りさえしなかった紅朗に、無傷とは言え具足を使わせたのだから。紅朗が先程呟いた言葉と合わせて、テーラの中には確かな歓喜に満ちていた。仰向けに倒れながら、空にかざした右の手を力強く握る。掴み取ったのだと誇るように。


 と言っても、テーラのそれは【(まろ)ばし】の基礎も基礎。基本的なものでしか無いのだが、それはまた別の話。




 【骨法術】


  特に名前を付けるつもりは無かったのですが、名前が無いと不便なので便宜上【骨法術】と名付けた紅朗の体術は、基本的に古武術を参考としています。他にも諸々あるのですが、それはまた次の機会に記しましょう。



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