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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第二章 世界ドルルン滞在記編
43/53

ヘイルディ不時着

お待たせいたしました。



 陽は没した。辺りは暗闇に沈み、陽の光が届かなくなった世界は静寂さえ木霊させる。そこに例外は無い。大森林も大草原も、等しく夜の闇に溶けて黒一色の世界を形作っていた。



「いやぁ……」



 そんな中。ロレインカムでの大立ち回りから早四日。王都へ向かう為にロレインカム東の町、ホレヘルベルトへと向かって道中狩猟という名の寄り道をしながらも只管突っ走っていた紅朗達はと言えば……



「……迷ったな」



 未だ森から抜け出せずにいた。


 紅朗の前にあるのは、滞る黒を一掃する野性的な明かり。原初の力でもある火だ。凡そ50cm程の高さに到達するまで威力を上げた焚火が、紅朗の達観したような顔を照らしている。照らし出されているのは紅朗だけでは無い。焚火を囲むようにして、彼のパーティーメンバーたる狐兎族姉妹の妹、ソーラ。そしてアルテリアの奴隷スイがぼんやりと爆ぜる焚き木とうねる火を眺めていた。


 野生的な明かりは彼らの表情に濃い陰影を刻み、濃い陰影は紅朗の台詞と相まって、深い哀愁を感じざるを得ない。


 場にしんみりとした、周囲と同じような鬱屈とした空気が流れ始める……かに見えたが、そうは問屋が卸さなかった。



「貴方が無闇に走り回るからでしょうが!!」



 ソーラが吠えるのも無理も無いだろう。何故ならこの現状を作り出したのは、他ならぬ其処の哀愁を漂わせた馬鹿(クロウ)だからだ。


 しかも必要不可欠で走り回るならまだしも、その日の食事の為に狩猟をするという名目で、獲物を追いかける為に無軌道に走り回った事が原因なのだから、度し難く許し難い。白の髪を震わせて怒るソーラの激情は察するに余りあるというものだろう。



「ロレインカムからホレヘルベルトまで真っ直ぐ東に行けば三日で着くって言ったじゃない!! 今日で四日目よ!! もう今何処に居るかも解んないし、一応言っておくけれどこれ完全に遭難だからね!?」


「ソーラ」



 憤慨するソーラに目線すら向けず、紅朗は火の中に枯れ枝を投げ入れながら彼女の名前を呟く。


 たった一言のその台詞だが、それでも言葉に含まれたトーンはソーラが想像していたよりも遥かに重く、望外に重厚な空気を孕んでいた。なにか大事な話があるのかもしれないとソーラが怒りを一時的に収めて次の言葉を待つと、その空気を感じたのか紅朗はスッと顔を上げ、紅朗とソーラの視線が交差した。



「今俺達に必要なのは、過ぎた事では無く、未来に目を向ける事じゃあないだろうか」



 そして出てきたのはそんな戯言と無性にイラつく決め顔。ソーラの怒りが限界点を突破した。



「誰の所為でこんな事になってると思っているのよ!!」



 滾る激情をそのまま行動に移したソーラは、背中の矢筒から一本の矢を取り出し、眼前の焚火に突っ込んでは矢先を跳ね上げる。そうする事により、矢先に引っ掛かった炭化しつつある燃えた枯れ枝が数本、紅朗へと散らされた。焚火そのもの自体を豪快に蹴り上げなかったのはソーラに残された多少の良心故だろうが、どのみち結果としてみればその行為に期待通りの効果は無い。


 火の粉が散ったと見るや否や、紅朗は全身の筋肉を行使して避けたからだ。その素早さたるや、恐らくソーラが精一杯素早く的確に焚火を蹴り上げたとしても、紅朗は火の粉一つ浴びる事無く避けられただろう。


 だがまぁ、少なからずとはいえ、冷や汗一つはかけられたようだ。



「うお危ねぇっ!! てめぇ何しやがる!!」


「あんたがこんな時にふざけるからでしょうが!! 私達今遭難してんのよっ!?」


「だからっつって普通燃えてるもん他人に掛けるかテメェ!! やり口が強盗のソレだぞコラ!!」



 驚愕の眼差しで声を荒げる紅朗に、ソーラも応戦。突如として始まった口論に、たまたま場に残っていたスイは困惑の極みだろう。


 そんな彼女に救いの手が差し伸ばされたのは、彼女の上方から。焚火の光が届くか届かないかぐらいの上方から、枝葉を揺らしてソーラの姉、黄金色の体毛を持つ狐兎族の女性、テーラが姿を現した。



「うーわ、めっちゃ荒れてるじゃん」



 幾つかの木の葉と共に大地へと降りたテーラは、荒れるソーラの様子を見て呆れながら一人ごちる。その姿を視認した紅朗は未だ鼻息荒いソーラを無視し、テーラへ向いた。



「よう、どうだった?」


「見付けたよ。あたしじゃなくてシロが、だけどね。いや、あの子すっごいわ」



 問われたテーラは後方を親指で指す。彼女が指し示した方向には、木の枝にでもぶら下がっているのであろう、逆さに揺れる白い異形、シロの姿があった。


 テーラとシロ。先程迄この場に彼女ら二人が居なかったのは、単に逸れたからでは無い。迷った時のお約束。高台に登っての周囲探査である。残念な事に今彼らの周囲に高台が無い事から木上に登っての確認となったが、その二人が今こうして顔を出したという事は、彼女らが木上に登った目的である人工物の有無が確認出来た、という事だろう。



「あった!?」



 ソーラの驚愕の声に貫かれたシロは、ブランコのような慣性の法則が面白いのか喜々とした表情で左右に揺れながら、言う。



「クロ、クロ、ひかり、アっち」


「お? マジであったのか」


「言われなきゃ気付かないレベルでね」



 シロの言葉を受けて立ち上がる紅朗は、テーラと共にシロがぶら下がっている木に足を掛けて登る。シロは蛇のように長い身体を駆使し、幹に纏わりつくように。テーラはシロのようにいかないまでも、野生児さながらするすると。テーラに負けじと劣らぬ速さで登る紅朗は、やがて木の枝が自重を支えられる限界の高さまで至ると、シロが指した向こう側へと目を凝らす。


 天候は晴れ。太陽は完全に沈み切っているが、この世界に人工的な明かりは少なく、また空に雲が少ないのが幸いし、月の光を遮るものは何も無い。そして月明かりに浮かぶ木の海の向こうには、確かに薄らと、月の光によるものでは無い明暗の変化が見られた。テーラの言う通り、言われなければ絶対に気付かないレベルで、ほんの微かに。



「おっほう。でかしたじゃねぇか、シロ」


「むふー」



 ぽすん、と紅朗に頭を撫でられたシロは大分ご満悦のように鼻を鳴らした。



「いやマジで凄いよ。あたし一人だったら絶対見逃してた」


「んだな。つくづく良い拾いもんしたわ」



 テーラに同調しつつ、紅朗は目測で目標との距離を測る。光と思しき現象のある場所までは、距離が離れているとは言え直線距離で凡そ3km。高低差を考えると所要時間は1時間半前後と言った所だろうか。それならば、ド深夜にまでもつれ込む事はあるまい。



「あれが自然発火で無ければ、きっとあそこに人がいるだろうな。ソーラ、スイ! 出発の準備だ!!」



 そう試算した紅朗は、眼下に声を向けながら器用に枝を伝って飛び降りる。焚火の周囲では既に地面に降り立っていたテーラとシロに加え、ソーラとスイも出発の準備として荷物を纏めていた。



「……荷物」


「おう、サンキュな」


「クロウ、今から出るのは構わないけれど、間に合うの?」



 たどたどしさを感じさせながらも紅朗に彼の荷物を手渡すスイに感謝を述べつつ、紅朗はソーラに向き直す。彼女の言う「間に合う」とは、今から彼らが向かう場所に人が居ると仮定して、単体だろうが複数であろうが、彼らが床に着くまでに間に合うかどうかの是非を聞いているのだ。



「多分な。まぁ間に合わなかったら間に合わなかったで、その近くで一晩過ごせば良い。今更焦ったって結果は変わらん」


「……それもそうね」



 とは言え、間に合わなかったとしても、それは此処で寝ても向こうで寝ても同じ事。ならば向こうで朝一に情報を尋ねられるよう備えた方が良いのも事実ではある。その事には納得を見せるソーラだが、今現在焚火に土を被せて消火している紅朗の傍に侍る二名に若干の不安が残るのも事実。



「じゃあ行くか」


「……やっぱちょっと待って」



 焚火が完全に鎮火したのを確認した紅朗は踵を返すも、その勢いをソーラが殺した。「なんだよ」と不満そうな紅朗を差し置いて、ソーラの眼には自らが不安を抱く二名の姿しかない。


 魔獣と見紛うばかりの異形であるシロと、アルテリアのスイが、方や小首を傾げつつ、方や不安そうにソーラを見返していた。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲




「……おい、これ本当に必要か?」


「当たり前でしょ。スイもシロも外見だけで面倒事が起きそうじゃない」



 夜の森の中。松明を掲げた紅朗達一行は、光源があると思しき場所まで歩いていた。その道中で上げられた紅朗の疑念を大いに孕んだ問いかけは、狐兎族姉妹頭脳担当ソーラに間髪入れず肯定される。


 というのも、スイとシロが紅朗の外套を目深に被っているのだ。彼女らが着用しているのは先程迄紅朗が着ていた外套と、その予備である一着ずつ。紅朗の身長に合わせて購入したダークブラウンの外套は裾が長く、さながらフード付きのロングコートのような形状をしているのだが、ただでさえ紅朗が着ても彼の脹脛まである長い裾。それを10才程度の少女達が着込めばどうなるか。


 簡単である。めっちゃ引き摺るのだ。ていうか現在進行形で絶賛引き摺り中である。


 元々防寒以外にも砂埃や土煙等から体を守る為の衣服なのだから汚れ等は気にする必要も無いし、紅朗も紅朗で全国行脚をしていたので現代日本人よりも不潔に対する耐性はあるのだが、如何せんフードを目深に被って顔をほぼ隠している事も相俟って、不気味さが天井知らずに跳ね上がっている。そんなビジュアルに紅朗は疑問視していた。



「いやだからってコレは……もう全身から怪しさしか伝わんないんだけど」


「中身がバレるよりはマシ」



 だがソーラは紅朗の疑問を否定する。


 シロの外見は明らかな魔獣であり、何も知らない他人が見たら騒ぐ事間違い無しだ。それをある程度緩和させる事が出来る道具はあるにはあるのだが、それは手持ちに無く、現状森を彷徨うソーラ達がソレを手に入れる術は無い。


 それに加え、スイ――というよりもアルテリアの少女を引き連れている事も、見る者が見たら憤慨を覚えさせるだろう。アルテリアという、最古の四族を引き連れている事。ましてやそれが奴隷だという事が知られてしまった時、アルテリアを崇拝し敬愛する思想を持つ者達が見たらどのような騒ぎになるか、ソーラは考えたくも無い。なまじソーラやテーラがそれに同調する思想を持っているからこそ、そんな思想を更に進ませた過激派に知られてしまったら。


 過激派の敵が大きな組織や貴族であれば、多少のごたごたはあるだろうけども、過激派も大手を振ってぶつかる事はしないだろう。だが、紅朗は違う。大きな後ろ盾も無い、ただのDランカー冒険者。過激派は侮りに侮ってスイの奪還、ついでに紅朗への私刑を敢行する事に違いない。


 これが只のDランカー冒険者であれば、それは問題無いだろう。いやまぁ問題だらけではあるが、哀れな犠牲者が数人発生するだけだ。だが、今ソーラの隣を歩くDランカー冒険者は只の冒険者じゃあない。命を賭してでも自分の意志を絶対に曲げない、鋼のような超絶自己中心主義を掲げる男だ。そして最悪な事にその男は、ロレインカムという町に着いてたった六日でロレインカムの最大戦力こと防衛騎士団団長と対峙し、撃退した男。法律も刑罰も度外視して突き進んだ実績と実力を持つ男なのだ。


 そんな男が過激派に襲撃される。そんな光景、ソーラは出来る事なら考える事さえしたくない。



「大分マシよ。血の海が流れるよりは、遥かにね」



 ぼそりと呟いたソーラの台詞に何を思ったか紅朗は小首を傾げ、「そんなもんか」と納得して、何の気なしに引き摺る大荷物を持つ手に力を入れ直した。ソーラの言葉を納得という名の妥協をしたのに深い意味は無い。単に重い荷物を引き摺っている事もあって面倒臭くなっただけだ。



「あたしとしてはスイやシロの恰好より、今クロウが引き摺ってるものの方が気になるけどね」



 その重い荷物とやらにテーラは興味を惹かれたようで、テーラの言葉に紅朗以外の全員が紅朗の背中側を見やる。其処には、大きな獣が息絶えていた。


 まず目に着くのはその巨体だろう。2m程近いその巨体は縦に大きく横に分厚く、何処を切っても肉がぎっしりと詰まっているだろう印象を見る者全てに感じさせている。次いで目にするのは、その剛腕。足よりも長く太い腕。ともすれば、その太長い腕を足と見間違えてしまえる程に。それでもその腕を足と見間違えないのは、その腕の近くに頭部を付随する首があるからだ。更に言えば、腕の先端に伸びる五指の生えたそれは、明らかな掌だ。


 その事から解るのは、この巨体な獣が二足歩行する人型に近い生き物であるという事だろう。


 ソーラに寄る所、その獣の名は【アウテガンデ】という魔獣の一種だ。二足歩行が出来るような身体をしているが、緊急時や腕が使えない時に二足歩行を余儀なくされるだけであって、基本的にはその剛腕を大地に着けての四足歩行を取っている獣である。体毛は基本黄土色。所に寄り黒。腹回りは白。更に特徴的なのはその顔面が馬面であるという所だろう。


 紅朗にとってみれば、ゴリラの身体に馬の顔をくっつけてでっかくしただけの獣だ。まぁ、その顔面は現在、紅朗が狩猟する際に、いつぞやのボアウルフ同様潰されてしまい見る影も無いのだが、それはさておき。


 テーラの疑問は何故、そのアウテガンデを狩猟し、しかもそれ程の重量を持つ獣の剛腕を掴んで引き摺っているのか、という事だ。その解は、とても簡単なものであるが。



「人が居たら御裾分け。居なければお前らの晩飯。デメリットはちと疲れるだけだ。なら持ってきた方が良いだろう?」


「御裾分けぇ? 紅朗がぁ?」


「おうなんだそのツラぁ。喧嘩なら買うぞ、おぉん?」



 だが紅朗の口から出た解はテーラのお気に示さなかったようで、テーラはあからさまに胡散臭そうな顔をして紅朗の不興を買った。そこから始まる紅朗の演技がかった大説明会。



「良いか馬鹿。御裾分けってのはな、人と人との関係をグリース捻じ込んだギアみてぇに円滑に回せる、費用対効果の高い対人専用の効率特化アイテムだ」


「おいバカって言うな」


「何故ならば御裾分けを貰った時、人はその人物に対して悪印象を抱く事はまず無い。有ってもそれは御裾分けを貰った人物が他人に狙われる事を常に危惧している屑だけだ。そんなもん思考から除外して良い。そんなヤツに好かれたって良い事無いからな。もうモノ渡しただけで付き合うメリットのあるヤツか否かを判断出来るんだぜ? クッソ楽じゃんかよ。解るか馬鹿」


「あ、二度も言ったコイツ!」


「次に貰ったヤツは上げたヤツに少なからず罪悪感を覚える。俺は貰ったのに、何も渡していないとな。そう思わせちまえば、余程の事じゃない限りコッチの発言を向こうさんは飲まざるを得ない。なにせ向こうさんは何もしていないんだからな。せめてものお返し、と内面はどうあれ喜々として胸を開くだろうよ。お前みたいな阿呆は特にな」


「ソーラ! ソーラぁ! クロウが等々あたしにアホってぇ!!」


「だが、中にはそんな事を毛ほども思わないヤツも居る。それはそれで構いやしない。こっちは上げたって名目があるんだ。更に言えばそいつにゃどうしても手に居れられないモンをくれてやれば、権力なり財力なり武力なりで上回っている証拠だ。一回だけなら強請りも集りも何でもござれ。正当権は我に在り。マウントとってフルボッコで終いよ」



 時折挟まれる直球の貶し言葉にテーラが抗議の声を上げるも、紅朗は聞く耳を持たない。それどころかドヤ顔で持論を振りかざして締めくくる。



「どうよ、たった一つ物くれてやるだけでメリットがこんなにあるんだぜ? たかが疲れるぐらいでやらねぇ手は無ぇだろうよ」


「うん。取り敢えずクロウが悪人だという事が解った」


「何故そんな結論に至る!?」


「え、そんなに驚く事!?」



 まるで予期せぬ方向から刺客が現れたかのように目を剥いた紅朗へ、逆にテーラが驚愕を返した。


 たかが贈り物一つに裏を読むだけならまだしも、それを利用して自己の正当化を計るなんて、これから悪い事をしますと言っているようなものではないか。と、テーラは考えているのだが、それは紅朗には当て嵌まらなかったらしい。


 否。紅朗にとってその思考は、自己の生存確率を高める為の外交戦略の一つなのかもしれない。そう考えると、これまで辿ってきた紅朗の過去を想像してテーラは浮かばない涙を拭う。紅朗のソレは只の素なのだが、それはそれ。


 ともあれ。そのように言葉を交わしながら歩く事、数十分。彼らは木上で微かに見た光の発生源を目視するまでに到達した。


 そこは、村だった。周囲をぐるりと丸太の柵で覆い隠しているから中は見えないが、見える範囲での柵の曲線が紅朗の想定通りの曲線を描いているとすれば、それはロレインカムよりも大分小規模な集落になる。また、柵の建材が石では無く木であるという事からも、経済や人材がロレインカムよりも小規模な事を裏付けていた。


 紅朗達が見た光源は、その村の門であろう箇所の両脇に括り付けられた松明、では無い。その向こう、柵の向こう側から溢れ出る煙と光だろう。紅朗達には推測するしかないが、恐らく光と煙の量から、大きなものが一つ、そして小さなものが複数設置された燃焼による副産物だと思われる。きっとこの集落の光源はロレインカムのような街灯ちっくなものでは無く、より原始的な着火によって供給されているものなのかもしれない。


 そしてそれが決して襲われたが故に焼却処分目的の燃焼では無く、規律を持って故意にやられたものである証拠が、村の門の上方。柵から飛び出た櫓の上に立つ一人の門番が暇そうに突っ立っている事が、何よりの平和の証だ。


 そんな櫓上の門番に紅朗達が気付いた時、門番からも紅朗達の姿が確認出来たようで、皮鎧さえ着用していない村人然とした者が前のめりになって紅朗達を注視する。傍らに立てかけていた棒状のものに手を掛けたのは、遠目からでは判別出来ないが、恐らくは槍系の武器なのだろう。


 紅朗達の掲げた松明は紅朗達全員を照らしていて、門番から見て紅朗達が魔獣の類では無い事は理解出来るだろうが、山賊の類と間違われてはたまったものじゃない。それを見越して、ソーラは一番前に立ち、門番へと大声を張り上げた。



「すいませーん」


「なんだーあんたらー!」



 返ってきた言葉は、ソーラと同様張り上げた声。それでも怒っている訳では無いのは、3m近い櫓の上にいる門番とソーラの間にある距離を考えての事だ。取り敢えずは対話は可能だと紅朗は判断し、それは門番も同じ事を思った事だろう。



 「私達冒険者なんですけど、迷ってしまいましてー、少しお尋ねしたい事があるのでちょっと良いですかー?」


「わかったー! おーい、冒険者さんが来たから門を開けてくれー」



 紅朗達に返した声とは数段ボリュームを落とした声は、門番の顔の向きからして下側に居た他の村人へと向けたものだろう。すると、櫓の前に造られていた門が観音開きに開かれた。ちょっと門を開くの早過ぎないか? 俺達が冒険者を騙る山賊だったらどうするのだろうか、と紅朗は思うが、紅朗達側からしてみればデメリットも無く手っ取り早いので黙っておく。


 丸太で出来た門が左右に開かれると、その向こうに複数人の村人が顔を覗かせていた。夜の帳は降りてはいるが、まだ寝るには早い時間に紅朗達の来訪だ。なんだなんだと騒ぎを聞きつけた村人が興味本位で門に集まってきたのだろう。


 人の群れの隙間から見える村内には、揺れる炎と煙が等間隔に並べてあり、麦系統の作物を乗せた手押し車が複数台置かれている。どうやらこの村は農村のようで、時折農具であるクワやカマ、熊手等が散見された。



「なんだなんだぁ?」


「こんな時間に客か?」


「お、冒険者じゃねぇか。こんな辺鄙な村にどうして来たんだ?」



 紅朗が村内を物色するように観察していると、好奇心旺盛なのか村人達が口々に述べ始める。その場に居る村人達の殆どが、くりっとした瞳に特徴的な前歯を持っており、体毛の違いこそあれ大体がげっ歯類に近い顔をしていた。



「夜中にすみません。実は私達、道に迷ってしまいまして。差し支えなければここが何処なのか教えていただけませんか?」


「ここはヘイルディって村だぁ」


「へ、ヘイルディ!?」



 紅朗の観察を脇にして投げられたソーラの質問に、村人の群れから顔を出して一歩前に出た男が答えると、ソーラの表情は驚愕に彩られた。どうも想定とはかけ離れていたようなソーラの顔に、紅朗は疑問を飛ばす。



「なんだ、知ってるのかソーラ」


「ヘイルディってホレヘルベルトよりも更に東の村じゃない!! やっぱ通り過ぎてたんだ!!」



 紅朗の質問を聞いたのか否か、ソーラは頭を抱えて嘆き始めた。中々の狼狽っぷりに紅朗のみならず村人達まで頭上に疑問符を浮かべる。



「なんだお前ら、どっから来た?」


「ロレインカムって町から」



 村人の問いに紅朗が答えれば、村人達は一斉に笑い始めた。しかしどうやら侮りや蔑み等の、負の感情では無い笑い。コメディアンの芸を見た観客が自然に浮かべる、何の裏も無い笑いだ。どうしてそんな笑いが起きたのか解らない紅朗だが、その笑いの理由は紅朗が聞くまでも無く、眼前のげっ歯類系では無い、馬系種族の村人が教えてくれた。



「そっからホレヘルベルトってどう行きゃ迷うんだ。真っ直ぐ一本道じゃねぇか」


「いやそれがよぉ。道中飯の調達してたら道に迷っちまってよ。あぁ、これ、迷惑料って事で獲ってきたヤツだ。受け取ってくれ」



 村人の言葉と反応に成程と一人腑に落とした紅朗は、それまで引き摺っていた肉の塊を馬系種族の村人に渡す。ロレインカム防衛騎士団副団長の座に就くアマレロのような馬の足を持つ馬脚族。だがアマレロのように細くは無い。何処か日本は北海道にて活用されて来たばんえい馬然とした、肥満では無い太ましい迫力を持つ男は、紅朗の持っている獲物に頬を緩めた。



「お、アウテガンデじゃねぇか。しかも雄だな。良いのかい? こんな上物」


「いいさ、あの丘の上から此処に来るまでに獲ってきたヤツだ。さした手間じゃねぇ」


「兄ちゃん良い腕してんな」



 適当に返す紅朗に何を思ったか、アウテガンデを受け取った馬脚族の村人がにやりと笑う。ひしゃげたアウテガンデの顔面を見て、そしてそれ以外の外傷が見当たらない事から、一撃で屠ったその手腕を見たのだろう。


 そして男は後ろに振り返り、アウテガンデを両腕で高らかに持ち上げた。



「よおっしゃ! もう飯食ったヤツは居るか?! 今日はこの冒険者さんの厚意で貰ったアウテガンデで宴会だ!!」


「おおー!!」「いいぞワラーキン!!」「俺まだ食ってねぇんだ!! とっとと捌いちまおうぜ!」


「おいおいなんだよ、殆ど食ってねぇのかよ! 先に食ってろってんだ! 俺の取り分が減るだろうが!!」



 途端に湧き上がる歓声に、ワラーキンと呼ばれた馬脚族の男は悪態を吐きつつ、紅朗に振り返った。



「寄ってけよ、どうせこんな時間だ。外を歩くにゃ暗過ぎる」


「良いのかい? そいつぁありがてぇ」



 どうもこのワラーキンと呼ばれた男、このヘイルディという村での発言権が強いようだ。村長としては若過ぎる外見年齢から、恐らくは力量と人柄によって構築された力関係なのだろう。


 そんな男から宴と宿泊の誘い。上出来な展開に破顔する紅朗は、歩き出したワラーキンの後ろを着いていく。テーラやソーラ、シロやスイもその後ろに続き、まるでちょっとした凱旋パーティーのようだった。



「おい、誰かちょっと村長呼んで来い。エンリケ、レグマ、お前らこのアウテガンデを頼む! 女衆は食事の用意、男衆は広場で宴の準備だ! 行くぞ!!」


「「「応!!」」」



 鶴の一声のように宴に向けて驀進するその光景に、紅朗の笑みは自然と深まる。自分の行動は何一つとして間違ってはいなかったのだという証左なのだから。故に紅朗は後ろを振り返り、



「ドヤァ」


「イラッ」



 最高のドヤ顔を決めてテーラの感情を逆撫でた。





 アウテガンデ

  馬の頭とゴリラの身体を持つ魔獣。性格は大人しく、草食。破壊的なまでの恵体を持つが、基本的に争い事を忌避する習性がある。アウテガンデのその巨体はあくまで異性に対する強者であるアピールの為であって、自己防衛以外で暴れる事は限りなく少ない。また、極端にストレスに弱い生き物でもある。


 彼らが発情期になり雌を取り合う時、彼らは自らの脚力のみの走行速度によって雄同士で優劣を決めるのだが、負けた際に陥る著しいストレスによって死亡する例が多数観測されている。同様に雌にフラれた雄もまた、ストレスによる死亡が確認されている。


 この種族、雌は兎も角、雄は恋に全身全霊を掛けているようである。


 冒険者ギルド的危険度はC。肉は濃い鶏肉のような味。魔獣認定はどこぞの馬鹿がちょっかいかけて殴り殺された為。



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