女の闘い(物理)
遅れましたが更新致しました。どうぞご賞味あれ。
紅朗は戦場から脱し、騎士団長はそれを追って戦場を離れた。ロレインカムの門付近で始まった冒険者+魔物と騎士団との乱闘騒ぎは、事の発端となった二人が居なくなりはしたものの、それでも治まらない。最初に暴れた魔物、【齧り取る蛇】ことシロが巻き起こす暴風は未だ勢いが止まる事は無く、騎士団は騎士団の職務と面子があるので止まる事は許されない。ましてや騎士団の副団長であるアマレロは、眼前の冒険者パーティーの一員に苦渋を飲まされたのだ。職務に加え、面子の為にも、自尊心の為にも止まれる筈が無かった。
だが、ソーラは違う。彼女に戦う意思は無かった。発端が紅朗に巻き込まれたようなものだし、反抗意思さえ無い。そりゃあ投獄されたくは無いが、だからって相手は人間。しかも国家権力だ。冷静になれば話し合いで解決する事も出来るし、きちんと話し合えばこの現状がどれだけ無意味なものか理解出来る筈。紅朗やシロは兎も角、ソーラ達は何ら犯罪行為を犯していない。紅朗の共犯者という勘違いから始まっている。現状の為にも、今後の為にも、争う事がそもそも間違っているのだ。
だというのに……
「シロ! シロ! 止まって! お願いだから止まって!!」
「シロ! とまらなイ! たたかウ!!」
なんとか諫めようと奮闘するソーラに構わず、シロは暴れ続けた。地を這うように滑っては騎士の股座を掻い潜り、力任せに足を払う。その威力は只の薙ぎ払いである筈なのに具足が凹む程。具足の内部にある生身の足は、凹んだ金属によって締め付けられる形となり、その激痛から動けなくなる騎士もしばしば生産されていた。
「あぎゃああああああああああああああッッ!!」
かと思えばシロは次に振るわれた剣を掻い潜り、その強靭で長大な尻尾を器用に使って騎士に絡みつき、鎧ごと骨を圧砕。断末魔の叫びがソーラの鼓膜に痺れを残した。締め付ける為に若干鈍くなった挙動のシロを前にして、勇敢な騎士は彼女に剣を振るうも、腕が悪いのか剣が悪いのか、彼女の鱗には歯が立たない。
かくなる上は、と思考を巡らせるソーラだが、現実は彼女が思う程甘くない。団長に捕縛を命じられた騎士達は、彼女の行動如何など関係無く、無力化して捕らえようと剣を振るうのだから。
「――くゥッ!!」
ギィン!! という、金属同士が激しくぶつかる事によって生まれる、耳障りな剣戟音。ソーラへと放たれた凶刃が、後ろ手に持ち替えられたテーラの剣にて弾かれた音だ。無理矢理に体を動かして、不自然な体勢で騎士の剣を弾いた為に僅かばかりの隙が生まれたテーラだが、彼女はすぐさま体勢を立て直して眼前の騎士に立ち向かう。
「無駄だって解ってるでしょ!! ソーラ!!」
立ち向かいつつ、テーラはソーラに向けて声を荒げた。この世界には治癒魔術がある為、多少の欠損ぐらいなら許容範囲として襲い来る騎士をなんとかあしらいながらの言葉は、騒乱の中でもはっきりとソーラの鼓膜を揺さぶった。
「あたし達は騎士の面子を潰したクロウの仲間!! 騎士団は面子を取り戻したい!! シロはこの町で騒乱を巻き起こした!! もう話し合いで解決出来るような状況じゃないって、頭の良い貴方なら解ってるでしょ!!」
テーラの言う通り、こうして騎士達と対立する図式はソーラが慌てふためく前に完成していた。シロの騒乱は切っ掛けに過ぎない。テーラとソーラは、紅朗がアマレロを下したその瞬間、将来的に大人しく捕まるか戦うしか道は残されていなかったのだ。ソーラが幾ら無実を訴えようとも、騎士達は面目を保つ為に目に見えた【勝利】を欲しているのだから。
その事実にソーラが気付くと同時に、テーラから悲痛な叫びが上がる。
「ていうか早く助けて!! あたしだけじゃどうしようも無いんだから!!」
騎士の攻撃を弾いたまでは良かった。しかし無茶な体勢で実の妹を護った事により、苛烈を極める騎士達の猛攻を防ぐ事は難しくなる。実際、テーラの力量は騎士達から比べると新兵に近い、下の中程度。物量差も考慮すれば、テーラ達は既に拘束されていてもおかしくはない。それを防いでいるのは偏にシロの恩恵が大きいだろう。彼女が縦横無尽に暴れ、騎士達の注意を引き、テーラ達に集中し切れない現状を作り出していた。また、刻一刻と騎士達の数を減らしているのも大きい。
そんなギリギリの状況で、それでもテーラは抗うのを止めない。もともと跳ねっかえり気質の強い彼女ではあるが、しかし彼女が今抗うのはそれだけじゃなかった。
テーラは見てしまったのだ。己の遥か上に居る存在を。
先程、アマレロの剣に襲われた時の事。実力者揃いの騎士団の中で副隊長の座に就いた者の剣に晒された時。命の危機を間近に感じ、反射的に腕を犠牲にしようとしたその時に、彼女はそれを見た。
迫りくる激痛の未来にテーラが怯えたその時、紅朗は自分よりも後方に居た筈なのに、アマレロへ特攻してその凶刃を退けた。己が、死の覚悟を決めたあの時、紅朗はテーラの死線を堂々と踏み越えていったのだ。
その光景は、テーラの心に深く刻まれた。死線を前にして、何一つ怯む事無く足を踏み出せる、蛮勇にも似た絶対的な自信。それはテーラにとって何よりも眩しく、そして手を伸ばすには充分過ぎる程の魅力溢れる光景だった。あんな風に成りたいと……あたしも、死を前にしても躊躇無く一歩踏み出せる程の勇猛な自信が欲しいと思ってしまう程に。
故に、テーラは戦う。あの光景を夢見て、追い縋るようにテーラは剣を振るう。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!」
今は未だ、足元にさえ至っていない事は重々承知だ。妹に助力を乞う程、自分は弱い。それでもテーラは、満身を込めて剣を振るった。
眼前の剣を弾き、横合いから胴目掛けて伸びる剣を腰を引いて躱し、そのままバックステップを使って背後の騎士にわざと密着。剣の間合いは当たり前の話だが手より前にある為、密着状態のテーラに剣を持つ騎士は咄嗟に攻撃出来なかった。そんな騎士の身体の上を滑る様に脇を潜り抜けたテーラは、潜り様に剣を一閃。ガキィッ!! と、鎧を着込んだ騎士の手首に剣が命中した。
鎧に阻まれ手傷を負わせる事は叶わなかったが、それでも人が振るった鉄の棒が命中したのだ。その衝撃は、連日の訓練で鍛えられた騎士でさえ、その手から剣を落とす程。腕が痺れて剣を落とし、隙だらけになったその背中をテーラは蹴り飛ばす。自重に加え鎧の重量を加算したその体は一種の鈍器のように、他の騎士達を巻き込んで地に倒れ伏した。
「気を付けろ! この女、喧嘩慣れしてやがる!!」
「はっはー! 伊達に村一番の御転婆娘と言われてないっての!!」
確かに、彼女の生まれた村で「御転婆娘とは?」と聞けば、全員が全員テーラを指すだろう。それほどまでに彼女は森で遊びまわり、同年代の男の子相手に喧嘩もした。その頃に育んだ経験が、逃げに徹すれば、という条件ありきではあるが騎士達をあしらえる要因の一つだろう。
だがそれ以上に、彼女が騎士団を相手に立ち回り続けられる要因がある。テーラ自身も自覚しているその要因とは、足だ。
厳密に言えば、足首。身体が不自然な体勢になっても、斜めに倒れそうになっても、その足は大地を掴み、足首は粘り強くテーラの身体を支え続けていた。以前までのテーラであれば考えられないぐらい深く倒れ込んでも、容易に持ち直せる程に。
それ程までに力強くなった足の恩恵は、それだけでは無い。訓練によって裏付けされた騎士の攻撃を剣で受け止めた時、以前のテーラであれば踏ん張りが足らず、たたらを踏んでいただろう。だが今では鍛えられた足が、騎士の剣に勝つまでは行かなくとも押し負ける事無く、拮抗状態に持ち込められていた。また、騎士の攻撃を躱す際にも、足の母指球を起点とした俊敏な機動によって、辛くはあるが躱せるようになっている。
その結果を産み出したのが、紅朗から与えられたたった一つの鍛錬によるもの。母指球で動くという、たった一つの鍛錬によってテーラは騎士団と拮抗状態に持ち込める程になっていた。高々Dランク止まりの自分が、ロレインカムの精鋭による猛攻を凌げる程に。
拮抗と言えども、凌げると言えども、それは逃げに徹した場合のみの話。しかもその上、テーラの身体は所々騎士の剣に切られ、皮一枚の被害ではあるが少なくない切り傷が走っていた。それでも、この状態を維持出来るのは快挙だと胸を張って言えるだろう。
その事実が、テーラを高揚させる。
「どうしたどうしたぁッ!! 皮一枚しか切れてないぞ防衛騎士団!!」
「舐めるな小娘がァッ!!」
テーラの奮戦は苛烈を増して、どう見ても押されているのは刻まれつつあるテーラである筈なのに、騎士達の剣はテーラに集中しつつあった。その行いがソーラへの攻撃を薄くさせようという、テーラの思惑であるとも知らず。
そんなテーラの思惑と奮闘を、実妹であり頭脳担当であるソーラが察知出来ない筈が無い。ただでさえ四面楚歌のこの状況。確かにテーラの言う通り、ここは戦う場面なのかもしれないと、ソーラは立ち上がった。
そして同時に、ソーラは紅朗の言葉を思い出す。確か紅朗は、こう言っていた筈だ。
強い相手に勝つ為にはどうすれば良いのか。「相手が本気を出す前に、相手が本気を出せないように追い込んでから、自分が本気を出す事」。
「勝つとか負けるとかって、つまりはそういう話なんだ。剣技が優れているから勝つんじゃない。腕力が優れているから、反射神経が、魔術が、武術を修めているから勝てるんじゃない。ルールに則った試合であれば優れている方が勝つんだろうけれども、ルール無用の喧嘩ならば、それはまるで別の話になる」。
ならば、そうしよう。これは試合では無い。競技ですら無い。互いの優劣を競い合う場では無い。ここからはルール無用。相手の気概を削げるだけ削ぎ落とす。その先に、活路はある。
「テーラ! 走って!!」
「――え、ちょ」
言うや否や、テーラとは逆方向に走り出したソーラに、テーラは驚愕で返した。とは言えソーラへと顔を向ける程の時間さえ与えてくれない騎士達を前に意識を逸らす程、テーラは馬鹿じゃない。ソーラの背中を尻目で確認しながら、テーラは騎士の剣を避けては捌く。
捌き損ねてテーラの身体に切り傷が二つ程増えたが、そんな事妹は御構い無しらしい。
「この状況を打開するには、貴方の足が必要なの!! 良いから攪乱!! 早く!!」
ソーラは近接武器らしい武器を持ち合わせていない。有っても調理など些細な事にしか使えない短刀止まりだ。にも関わらず近接担当のテーラに背を向けて走るという事は、そこに活路があるという事。おつむの宜しくないテーラは頭脳担当であるソーラの行動、その意味を察する事は出来ないが、妹がそう言うのならば、きっとそうすべきなのだろう。
「あぁもう!! うちの妹は人使いが荒い!!」
声を荒げて応えたテーラは、ソーラの言葉に従うように足を回し始めた。周囲を騎士に囲まれた上で「走れ」とソーラは言ったのだ。その言葉を実行するには、まずその包囲から脱さなければならない。空中に飛び上がっては姿勢制御が出来ないので悪手。であれば、這うように走り回るしか無いだろう。
「邪、魔、だあああああああああああああああああ!!」
そこでも、紅朗直伝の歩法が役に立った。不安定な歩行を強制する鍛錬は大地を掴む筋力を育み、己の体幹さえ鍛えたのだろう。身体全体を出来るだけ地面に近付け、今にも倒れそうな程に低い姿勢の中、それでもテーラは倒れる事無く前進する事に成功した。
通常歩行時である自分の腰よりも頭を低くしたテーラの走行に騎士達は対応し切れず、振るう剣は掠る事さえ出来ずに腰周りを擦り抜けられ、包囲を突破されてしまう。その光景を尻目に確認したソーラは、一息吐く間も無く顔を前に向けて走った。彼女が目指すは、未だ暴れてる異形、シロだ。
ソーラとテーラだけでこの状況を打開するには絶対的に力量が足りない。騎士団と比べて明らかに実力で劣る二人が、数でさえ負けているのだ。単純計算でも複雑に計算しても、勝てる見込みは余りにも低い。故にソーラは、戦闘において目に見えた実績を今尚積み続けているシロを活用する。騎士の剣を弾き、騎士の骨を砕き、敵の数を着実に減らし続けているシロを。
だがシロは、ソーラにとって有力なれども未知数の生物。此方の言葉を聞き入れるかも解らないし、理解出来るかさえ不明だ。それでなくともシロの言葉遣いからして意思疎通の未熟さは言わずもがなだし、そもそも騎士達の猛攻に阻まれて言葉を交わす暇も無い。
しかしそれは百も承知。それでも強敵の意表を突かなければならないのなら、自分から動けば良いだけの話だ。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「――ッの!! 化け物がァッ!!」
ソーラの眼前で、シロが蛇の威嚇染みた擦過音を放ちながら騎士に突撃した。姿形は女児なれど、全長3m以上もある筋肉の塊は屈強な騎士の剣であろうとも跳ね飛ばし、それがプライドを逆撫でされたのか騎士は吠える。次いで放たれた尻尾の一閃。剣の面を使い、両手で受け止める騎士。そのまま尻尾の上をスライドするように騎士は剣を走らせたが、シロの筋肉はそれを許す程緩慢じゃない。スライドの距離が10cmにも満たないうちにシロは尻尾を引き、胴体の周囲をぐるりと回転させて騎士の空いている逆腹に己が尻尾をぶち当てた。
バガン!! と、常時であれば身を竦ませる程の大きな破壊音。吹き飛ぶ騎士の姿をソーラの動体視力は一瞬だけ捉え、絶句する。
鎧の脇部分が砕けていたからだ。曲がったのではない。鉄の強度を遥かに上回る破壊力を受け、耐えきれずにひび割れて砕けたのだ。まるで、アマレロ戦の時に見せた紅朗の蹴りのようだ。
そんな破壊力が振り回されているあの戦に自分が飛び込まなければならないのかと思うと、絶句してしまうのも無理は無い。だが、遅疑逡巡している暇は無い。立ち止まる事は許されていない。今進まなければ、活路は何時まで経っても拓けないのだ。
「――行ける、行ける……私は、やれる……」
口から零れた言葉は自らへの発破。足を止める事無くソーラは進み、シロは新たな標的目掛けて這うように飛び出した。幸か不幸か、シロの予測軌道である直線はソーラが本気で走れば間に合う距離にある。
「――私は、出来るっ……」
言葉は、ソーラが足の回転率を上げた後に零れて置き去りにされた。自らの人生と、テーラの命と、圧倒的強者を相手に勝利をもぎ取るには、これしか方法は無い。彼女らの活路は、シロの目の前に在った。
全体重を乗せた体当たりで騎士をかち上げ跳ね飛ばそうとする、シロの眼前に。
「私は、耐えられるっ!!」
「オ姉っ――、ダメッ、止ま――」
活路その一。突発的な事故。
騎士団からすればソーラとシロは仲間同士と認識している。その仲間同士だと認識している両者が激突する事故を目の当たりにした時、例え百戦錬磨の騎士であろうとも、状況の把握の為に思考を停止させる。その一瞬。その僅かな隙間が、微かな必殺へと昇華するのだ。
シロの軌道上に立ち塞がるソーラ。シロはなんとか己が突進を止めようと試みるも、受け手であるソーラ自身が間に合わない距離を計算して立っているのだ。彼女の計算通りシロのブレーキはかかる余地も無く、激突。瞬間的に体を丸めた自身の腕に減り込むシロの頭部を激痛と共に体感したソーラは、これまた計算通り空中高く放り上げられた。
右腕から走る激痛に息が止まる。腕の骨が折れたか、最低でもヒビぐらいは逝っただろう。眼の奥がチカチカするのは痛みに因るものか衝突に因るものか。そんな中でも、ソーラは空中から眼下の様子をつぶさに観察していた。
アマレロを含む騎士達は、突発的な事故で吹き飛ばされている自分を見上げている。テーラも走り回っていた足を止めて驚愕に固まっているし、紅朗の言い付けを破ってソーラを轢いてしまったと思っているシロなんて今にも泣きださんばかりに顔を歪めていた。テーラとシロには悪いが、現実はソーラの目論見通りに再現されている。
戦闘中の静止は思考の停止を示唆し、動ける敵は全て自分を注視していた。テーラやシロといった敵対勢力を無視してでも注視しているのだから、思考停止と言われてもしょうがないその状況。そこへ更に予期せぬ事が起これば、停止された思考は目の前の事象へ過敏に反応してしまう。それは人として避けられない反応だ。
故にソーラは、空中で指を差した。標的はアマレロ。集団の気概を削ぐのに一番手っ取り早い方法は、集団の頭を潰す事だからだ。
「――て、ぇえラあああああああ!!」
激痛に苛まれながらも、ソーラは姉の名を叫んだ。どうか理解してくれと。痛みにつっかえてしまった言葉の意味を、なんとか察知してくれと。神では無く実の姉に祈りながら、ソーラは己が内に巡る魔力を放出した。
これも、紅朗が言っていた事だ。あの日、ゴブリンと出会った日の事。草原でテーラに歩法を教え、ソーラが紅朗に魔術を教えた日の事だ。彼は、生活魔術を目の当たりにして、こう呟いた。
――「であれば、怯ませて強襲を掛ける事も可能か……」と。
生活魔術という魔力消費の低い魔術を使って、敵を怯ませる事が出来るのなら。それは魔力量が決して多いという訳でも無い自分にとって、実にうってつけの戦法では無いか。しかも原理から考えれば、ほぼ安定した性能を引き出せる方法なのだから、これを取らない訳は無いだろう。
ましてや突然の事故に思考を奪われ、意志薄弱と馬鹿みたいに自分を見上げてくる相手ならば、尚の事。
「光よ!」
「――きゃあ!!」
ソーラの意思を汲んだ魔力はアマレロの眼前で魔術へと構築され、それは光となって放出した。太陽光の下でも一層明るい輝きはソーラの思惑通りアマレロの網膜を刺激し、直前まで思考放棄の状態に陥っていたが故に増幅されたアマレロの驚愕は、彼女に可愛い悲鳴を上げさせる。
それは、隙だ。屈強な騎士達の中でも強者の位置に立つアマレロが見せた、ほんの些細な隙。されどそれはソーラ達にとって、なによりも大きな隙でもあった。瞼を強固に閉じ、体を丸め、顔を護るように腕を上げたアマレロ。その隙をどうか突いてくれと願うソーラの祈りは、しっかりとテーラに伝わった。
テーラはソーラから目を離し、アマレロを背後から討ち取らんと剣を振りかぶっていたからだ。
テーラの動きは一挙動。アマレロの急な驚愕に騎士達は動けず、テーラを邪魔出来る者は誰も居ない。テーラにとっての好機は、此処にしか無かった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
この一撃で決める。その意思はテーラの剣だけでは受け止めきれず、自然と体外に排出されて叫びとなる。それでもテーラの剣は微塵も容赦を乗せず、アマレロの首を断ち切らんとばかりに振り下ろされた。
取った、とテーラは思っただろう。相手は驚愕に体を丸め、周囲を伺う事も出来ない状態。正に死に体を晒しているのだから。だが、彼女は忘れていた。相手が精鋭中の精鋭。騎士団の中において副団長に座す者だという事を。
「うああああああああああああああああああああああ!!」
咆哮と同時、アマレロは両の足を力の限り伸ばした。体を丸めた状態とは言え、彼女の足は地面に着いている。その状態で足を伸ばせば、彼女の胴体が標高を上げるのは至極当然の成り行きだ。だが、事象は自然なれど、その動作は決して一般人には出来ないだろう。
強烈な光に身を竦ませ、しかし次の瞬間には混乱を脱して意識を取り戻し、テーラの叫びで現状を正確に読み取った。それだけでも驚嘆に値するが、驚愕すべきは更にその後である。なんと彼女は自らの胴体をかち上げ、己が首目掛けて振り下ろされたテーラの剣を自身の鎧で受けたのだ。
弛まぬ訓練に裏打ちされた強靭な意思と類稀なる自尊心、その両方を持ってこそ出来る芸当。一歩間違えれば二度と起き上がる事の出来ない身体になっていたかもしれないその行動に、テーラは絶句し、そして機を逸した状況に絶望した。
これで二度と、自分がアマレロを討ち取る事は出来ないだろう現実に。
――だが……だが、だ。テーラが絶望しようと、その妹であるソーラはまだ絶望していない。一度歯向かうと決めた身だ。ならばとことん歯向かうまで。その胸中を持つソーラから見れば、現状は強者が強者らしく振舞っただけの事。まだ絶望するには時期尚早。空中を舞うソーラには未だ、懐刀が有るのだから。
聡明な頭脳と内包した魔力によって修得した、生活魔術と治癒魔術以外の、もう一つの魔術。生まれ持った特性なのか、ある一つの属性に彼女の魔力は反応を見せた。
属性は【土】。正真正銘の懐刀、最後の切り札の名は、【攻撃魔術】
「土よ、凝縮された強固な土よ、眼前の敵に己が鋭さを示せ! 【ストーンエッジ】!!」
詠唱と同時にソーラの周囲で凝縮された三つの土塊、つまりは石が出現した。形状は名に相応しく鋭利に尖り、投擲されれば命を脅かす武器となるだろう。その三つの尖った石を、ソーラはアマレロへ向けて射出した。弓の射手でもあるソーラの命中精度は高く、石の軌道は完全にアマレロの頭頂部を目指している。アマレロはテーラの方に目を向けており、ソーラの魔術に気付いた様子は無い。
これで終わった、とソーラは思った。だが彼女もまた、アマレロ討伐に傾注していたからか忘れている事があった。アマレロの周囲には、未だ思考停止してソーラを見上げている騎士が居る事に。
「副団長ッ!!」
その中の一人が、アマレロを突き飛ばす。ソーラが放ったストーンエッジは標的を外れ、アマレロを庇った騎士に降り注ぐ。アマレロと違い鎧兜を装着している騎士だが、それでも着弾の衝撃は意識を昏倒させるには充分で、ソーラの魔術を被った騎士は地面に倒れ伏した。
一人の騎士が、だ。それはアマレロじゃない。そしてソーラの作戦の肝は、アマレロを打ち倒す事であり、しかし彼女達には既に手は無かった。真正面からのぶつかり合いではテーラに勝ち目は無く、数の利で蹂躙されるだけだろう。ソーラは未だ空中に居る身だが右腕は動かず、あと数瞬もすれば地面に落下。それで意識を保っていても真面に戦える身では無い。
ソーラとテーラにはもう、打つ手は残されていなかった。
ソーラとテーラ、には。
「ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「――なッ!?」
だが、シロは別だ。刃を通さない鱗とその中に内包された筋肉は、例え屈強な騎士が相手であっても劣る事は無い。ましてやつい先程まで実績を作り上げてきた身。そのシロが、アマレロを拘束した。
シロは察したのだ。テーラの襲撃とソーラの強襲によって、彼女らが何をしようとしていたのかを。アマレロを潰したからといってどうなるかまでは、彼女には解らない。けれども、親として情を寄せる紅朗が仲間と言った者達が、己が身を賭けて成し遂げようとしていたのだ。それを手伝わない道理は彼女には無かった。
故にシロは、ソーラとテーラに意識を割いていたアマレロを、その五体全てを使って抱き着くように拘束。その後、3m余りある己が尻尾を使って巻き付き、締め付けた。
蛇の肉体は全身途切れの無い筋肉である。仮にシロが蛇の特性を持っていないとしても、己が巨体を楽々跳ね上げられる筋肉の塊に締め付けられては、アマレロに脱する術は無かった。
シロは断続的に絞めのレベルを上げていく。アマレロの肉を感じ、呼吸を感じ取り、その肺から空気を絞り出す様に。渾身を込めてさえ僅かに身動ぎする事しか出来ないアマレロだったが、呼吸を封じられてはまともに抗う事など出来ないだろう。酸素は脳に送られる事は無く、肉は次第に弛緩していき、意識はやがて混濁に溺れていった。
三回程の痙攣を感じて、シロはアマレロの拘束を解いた。シロの太い尻尾が離れて尚アマレロが動く事は無く、半開きの口からは泡状の涎が口角から流れ落ちている。その様は、誰が見ても気絶以外の何物でも無いだろう。時間にしてシロが巻き付いてから一秒にも満たない、明らかな瞬殺劇。
「副団長が、やられた……」
ソーラが地面に落ちた音で意識を取り戻したのだろう、瞬殺劇を見ていて呆けていた誰かが言った。その声は無音の戦場に浸透するかのように響き、次いで恐怖が伝播する。ロレインカム防衛騎士団の二番手を瞬殺したシロに対しての恐怖が。眼下で無残に転がる副団長の姿が、数秒後の自分の姿なのではないかとリアルに想像してしまったのだ。
ただでさえ、圧倒的強者が欠落した集団。精鋭とは言え、恐怖を抱えた兵ならばシロは言わずもがな、テーラでも充分戦力になるだろう。着地の瞬間になんとか受け身を取り、自身へのダメージを最小限に抑えたソーラは、体勢を整えながらもそう判断する。
当初よりも騎士の数は減った事だし、これならば手負いの自分が居ない方がよりスムーズに事を終えられるだろう。作戦執行で予定よりも受けたダメージは大きいが、足が動くのなら問題は無い。痛みを訴える右腕を庇いながらでしか動けないソーラは、この場では無用の長物に近い存在だった。
だから、彼女は言う。
「テーラ、シロ。ここは任せて良い? 私は、クロウの所に行かなくちゃ……」
紅朗は、この騎士団のトップと今も争っているのだ。自分を庇う為に左腕を犠牲にしたパーティーメンバーを、せめてその傷だけでもソーラは癒さなくてはならない。その為に魔力を消耗する訳にはいかず、自らの治癒さえ出来ない彼女はこの場ではなんの戦力にもならなかった。
そんな背景の言葉に、テーラとシロは力強く頷いて、ソーラと騎士団の間に立ち塞がる。
「任せて。ただし、ちゃんと連れて帰ってきてよ。一発ぶん殴ってやらないと気が済まないからね」
「オとウさン、よろしく!」
言葉以上に力強い二人の背中に、ソーラは笑顔を浮かべて頷いた。そのまま踵を返し、激痛にふら付きながらもソーラは紅朗を追う。あの二人の行先は解らないけれども、きっと直ぐに解るだろう。なにせ紅朗が戦うのだ。破壊音等、激しい戦闘音が鳴っていればそこが紅朗の居る場所だ。きっと、恐らく、多分――絶対に。
「さあシロ。いっちょ頼むよ!!」
「シロ、オまかせ!!」
テーラとシロ。急造コンビの掃討戦の開幕を背に、ソーラは走る。腹を空かせた子を持つ母のように。
御目通し有難う御座います。誤字脱字、感想等ありましたらどうぞご一報をお願い致します。




