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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第一章 環境適応のススメ編
31/53

突き付けられた刃

お待たせしました30話です。どうぞご賞味あれ。



 風が吹いた。


 つい先程まで戦場であった大地に、虚しい空っ風が吹いていく。その中心地にいるのは、四面楚歌で暴れていたリザードマン風幼女の姿をした白い異形と、紅朗。彼と異形を中心として、戦場の空気を一変させたのは他でもない。異形の発した言葉が問題だった。


 異形は紅朗に近寄り、こう言ったのだ。「お父さん」と。


 異形の顔に浮かぶのは安堵そのものであり、その表情は紛れも無く親を見上げる子そのものだった。


 だが残念な事に、紅朗の記憶では自分に子はいない筈であり、居たとしてもこの世界に居る筈も無い。何故なら彼は、本来この世界に居る筈の無い人間なのだから。つい先日迷い込んだばかりの、この世界にありふれた魔術を知らない世界の住人なのだ。彼の思考が止まってしまうのも無理は無い。



「……、クロウ、子供、居たの?」


「いやぁ……、居ねぇ筈、だし……、居たとしても、こんな奇抜な生き物じゃねぇよ……」



 紅朗の思考を再起動させたのはソーラの言葉だが、再起動されたとて理解出来ないものはどうしたって理解出来ない。ソーラの問いに首を振るう紅朗の対応は当然の事だった。異郷歴約一週間の彼だ。どんなに頑張ろうとも、そこまで早く子供は生まれないだろう。ましてや、見た事も無い生物の子供なんて。


 そう思っての否定した矢先。紅朗の腹下で異形がグァバッ、と勢い良く顔を上げたかと思いきや、片手に掴んでいた小さくなった肉片を持ち上げる。それは、先程までの争いの最中、異形がちょいちょい齧っていた肉だ。肉片の端には見覚えのある肉球と体毛が残っており、それがつい昨日駆除して回ったボイドウルフのモモ肉であろう事は、紅朗にも理解出来た。ではそれがなんだと言うのかといえば。



「オとウさン、がォはン、くれた、イっぱイ!」


「が、がぉはん?」


「にオイ、オった! ここ、きた!」


「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って。そんな未発達なべしゃりで捲し立てられても困るマスの事よ?」



 異形の不可解な単語に紅朗が首を捻るも、異形は解読を待たずして言葉を連ねる。舌足らずな上に不安定な発音だった異形の言葉は紅朗に数秒の思考を強要させたが、言っている事は単純な単語を続けただけだ。解読はそう難しくない。


 恐らく「がォはン」というのは異形の持つ肉片の事で、「ご飯」という単語が不安定な声帯を震わせてモニャっただけだろう。「くれた」という言葉からは、異形の持つソレが昨日紅朗達が狩ったボイドウルフなのかもしれないと推測される。尻尾だけ頂戴して帰ったから、その本体を異形が持って食しているのは何もおかしな話じゃあない。


 そして異形は、ボイドウルフの血臭かその場に残留していた紅朗達の臭いかは定かではないが、兎も角として何らかの臭いを追ってロレインカム(ここ)まで来た。異形の言葉を紐解けば、そういう事になる。


 と、紅朗が真面目に首を捻っているというのに、その後方では狐兎族姉妹がひそひそと会話に花を咲かせていた。



「待って、ソーラ。確かクロウって、過去の事殆ど話してくれないよね」


「まさか、子供を置いて逃げて来たって事……?」


「有り得ない話じゃ無い、よね……?」


「うぉおい、そっちはそっちで下種な勘繰りしてくれてんじゃねぇぞコノヤロウ」



 異世界から来た事実を煙に撒いた事がこんな所に弊害が生じるとは、流石の紅朗も想像出来なかっただろう。


 だが、まぁ良い。紅朗が狩ったボイドウルフを抱えていようが、臭腺を辿ってロレインカムに来ようが、自身を父と仰ごうが。後ろから事実無根な勘繰りを受けようが、それらは紅朗にとってさしたる問題にはならない。それ以上に不可解なのは、どうもこの異形、言語から察するに人の教育を受けてきた気配があった。


 声帯が問題なのか習熟度が足りないだけなのか、発される音は未発達であやふやなものだが、言語の意味を明確に理解して喋っているきらいがあった。餌付けした者を父と呼ぶ所もそうだ。野良猫や野良犬を餌付けしようとも、彼らは決して餌付けした者の事を父とは思わないだろう。精々が生きる上でのリーダーぐらいの感覚だろうし、そもそも生物界で餌付けするのは基本的に母親が多勢だ。


 では何故異形は(異形の認識上)餌付けした紅朗の事を父だと言うのか。考えられるのは二つ。他の町か村かで、そういう光景を見て学習した。あるいはそういう教育を受けてきたという事だ。


 勿論、これは紅朗が考え得る可能性の話であって、それ以外である可能性も無いとは言えない。だがなんにせよ、異形は学習出来る程の知能を有し、別種族の男女の差異と呼称の分別が付いている上で人語を喋る事の出来る生物である事に間違いは無い。そんな生物を、矢張り紅朗は魔物として見れそうに無かった。


 しかしそれはどうやら紅朗だけのようで、周囲の冒険者は依然と異形を魔物と捉えているようだ。



「お前の家庭に興味なんざ無ぇんだよ、安牌賭けェ!!」



 突如として紅朗達の空間に横入したのは、その場に集まった冒険者達の中の一人。大剣を片手に携えた、傷だらけの大男だった。傷だらけの皮膚は浅黒く、横にも縦にも大きな男は、見ようによってはカバの印象が強いだろう。種族名はきっと大口族に違いない、と紅朗は見た。



「お、おい……やめとけって。その男は――」


「うるせぇ! ガルゲルやアマレロを倒したっつったって不意打ちしかしてねぇだろ! 大体、今までどんだけそこの白いのにヤられてっと思ってんだ!」



 他称大口族のその男は、背後の冒険者仲間からの制止を振り切り、紅朗に食って掛かる。身の丈程の大きな剣を片手で容易に動かし、切っ先を突き付けながら。



「門番は全滅で、こっちゃあ仲間もダチもソイツに沈められた。それを今更全部無しってのはあんまりだぜルーキー」


「うへあはぁ。全く面倒な事が次から次へと……」



 白い異形に加えて背後の狐兎族姉妹の勘違いを正さねばならない。そんな所に被害を受けた冒険者だ。紅朗がうんざりするのも解るが、仮称大口族の言いたい事も理解出来るだろう。なにせここまで派手にやらかして、しかも武器も骨も折られているのだ。骨折り損のくたびれ儲けにさえなっていない。ではその損失の補填は、いったいどこの誰が取らねばならないのか。


 決まっている。加害者である白い異形か、あるいはその親と言われてしまった紅朗である。


 早い話が、加害者と血縁関係、ましてや知人ですらない赤の他人である紅朗が、事件の慰謝料を払えと(たか)られているのが現状だ。これには紅朗も反論したいが、血の気の多い被害者に正論をぶつけた所で糞の役にも立たないだろう。被害者が興奮して声高に自己の正当化を図っている時は、基本的に正論なんざアウトオブ眼中である。長い一人旅で人間なんてそんなものだと紅朗は学んでいた。目の前に居る大口族の容姿は到底人間とは思えないが、まぁ知能を持った人型の生物なのだからソレの範疇に入れても構わないだろう。


 しかし。だからと言って。



「こいつ一人ぶっ飛ばしても旨味無いしなぁ……」



 目の前の大口族を倒したとしても、周囲の被害者意識が高まるだけだ。得るものなど大口族の武器とか鎧とか懐の端金ぐらい。であれば、暴れた所で疲れるだけ。下手したらその上で第二第三の大口族が出てくるかもしれない。それは嫌だなぁ、と紅朗の顔が目に見えて歪んだ。


 なにか解決策は無いものかと周囲を見渡せば、そこに居る冒険者の殆どは大口族に加担する口のようだ。程度の差はあれ、白い異形を取っちめたい。恨みを晴らしたい。得したい。そういった雰囲気を持つ者が多勢だった。



「――ざっとー……百人ってトコか」


「ちょっとクロウ。何を考えているの」


「大金入手法」



 周囲の人数を呟いた紅朗に嫌な予感を覚えたソーラだったが、その予感は当たりくさい。いやに良い笑顔を浮かべた紅朗は、観衆に対しパン! と一つ、柏手を打つ。



「お前らは金が欲しい。しかし当然ながら俺は払いたくないし、言ってしまえば俺だって金が欲しい。だから、折衷案といこうぜ」



 腹下にある異形の頭部を撫ぜる紅朗。毛羽立った異形の頭髪は見た目と違って思いの他柔らかく、人の毛髪には無い軽やかさを紅朗は手の平に感じる。


 それは一見すればなんの変哲も無い、ある日の日常風景を切り取ったかのような光景だが、残念ながらカットしたは良いもののペースト先が最悪だった。なにせ場所は戦場、詰め寄るは被害者。頭を撫ぜられた子は加害者で、なによりも頭を撫ぜる当事者が、



「俺が今からコイツ護るから、俺かコイツが倒されたらお前らの良い値を払おう。だが俺が勝ったら――つまりお前らが全員潰れたら、お前らの全財産俺のものな。したら金板十枚ぐらいにゃあ届くだろ」



 場を丸く治めるつもりなんざ欠片も無いのだから。


 ソーラとテーラが、紅朗の宣戦布告に声を失った。紅朗と相対する冒険者達もそれは同様で、しかしソーラやテーラとは趣が少し違う。冒険者達は皆が皆、全身を総毛立たせていた。


 別に、紅朗の狂気にも似た気迫に充てられたからでは無い。むしろ逆。得物を持って殺気立ち、あるいは正義感に奮い立ち、あるいは仇討に身を鼓舞させた冒険者達約百人を前に、啖呵を切ったのだ。それが、どんな結末を辿るかは容易に想像出来るだろう。にも関わらず、この男は言ってのけた。


 その事実が、男達に憤怒にも近い激情を覚えさせ、体毛を逆立たせたのだ。



「テメェ、本気かよ……」


「別に良いんだぜ? 抜けるヤツは抜けても。取り分は減るが、なぁに。その分は向かってきた奴から毟り取れば良い」


「安心しな。これだけの戦力差で抜けるヤツなんざいるかよ。テメェは数分後の我が身を心配してろ」



 獰猛な表情を浮かべる冒険者。その背後に群がる複数の荒くれ共も同意なのだろう、各々が得物を強く握り締めていた。中には殺人を意識した者もいるだろう。そんな面々を前にソーラとテーラは血の気が引き、しかし紅朗と異形は揃って口角を釣り上げた。



「よし。じゃあお前ら、命ごと全部置いてけや」



 正に一触即発の空気。小石一つ転がる音が鳴れば……、そんな些細な切っ掛け一つでこの場は先程以上の戦場と化すだろう。結末は一人と一つの亡骸か。あるいは屍山血河か。どちらに転んでも、ソーラとテーラにとって宜しくない未来になってしまう。そんな中に追い込まれてしまったソーラが、現状の軌道修正を図るべく周囲を見渡すのも無理も無い。


 そして彼女は視認する。いつの間にかすぐそこまで来ていた、群れの存在を。



「話には聞いていたが、成程その通り。まるで手負いの獣だな、君は」



 一触即発の空気というのは、戦闘が始まる前の極度に静かな空間だ。嵐の前の静けさとでも言えば良いのか、そこには自然でさえも割り込む事を躊躇させるものがある。当人同士の意識が眼前に傾注しており、雑音はシャットアウト同然なのだから当然と言えば当然なのだが、しかしそこに割り込んだ声は一片の躊躇も無く、静かに溢れ出しそうだった戦場の闘気を一言だけで払拭した。


 だが割り込んだのは声だけでは無い。紅朗と冒険者の間には、いつの間にか見知らぬ男が立っていたのだ。


 緩やかなカーブを連続して描いた、長い白銀の頭髪。頭部のコメカミ辺りから生えた、羊を思わせる湾曲した角。体格は2m程と、この世界から見れば一般的だが紅朗から見れば大きく、その巨躯に見合う程鍛えている事が伺える首回り。そしてその肉体を飾るのは、何処かで見た事がある、猛禽系の鳥が紋章として施された鎧だった。


 その男の事を紅朗は知らない。鎧の事を思い出せば察する事は出来たのであろうが、今はそんな事よりも周囲の変化に紅朗は戸惑っていた。眼前の男が、その向こうにいる冒険者達までもが皆、恐れ戦いたように得物を手放したからだ。


 いったい、どうしたと言うのだろうか。先程まで息巻いて戦おうとしていた矢先の光景に、紅朗は面食らう。周囲ではガシャンガシャンと金属の落下音が鳴り響き、同時に冒険者達の言い訳染みた単語が溢れ出す。


「これは違う」と。「悪いのは俺じゃない」と。「あいつら(紅朗達)が喧嘩売って来たんだ」と。天下の荒くれが揃いも揃って、路上に投げ捨てられたチワワのように震えて責任転嫁する光景を、どう処理すれば良いのか。狼狽と呆れを足したかのような感情を持って見つめる紅朗だったが、その思考は直ぐに掻き消される事となる。



「静まれェッッ!!」



 突如響き渡る、皮膚をも揺るがす怒声。鎧と同じように、何処か聞いた事のある声に紅朗が振り向けば、そこには下半身が馬のような形状をした美女が立っていた。彼女の事は、流石の紅朗も覚えている。なんせ先日に蹴飛ばした相手なのだから。そして紅朗は彼女を見、その背後に連なる群れを見て、ようやっと思い至った。見覚えのある、猛禽系の鳥が記された鎧は、彼女らのトレードマークではないか、と。



「遅ぇぞ、防衛騎士団」


「これでも急いで来たんだ。そう言わないでくれたまえ」



 であれば、そう応えた目の前の大男はきっと、アマレロを始めとした防衛騎士団のトップにほど近い男。アマレロよりも先行して動いて尚アマレロの咎める視線が向かず、更に言えば私語に近い言葉の節々から防衛騎士団を率いているような物言い。背後の有象無象も、アマレロも、前方の冒険者達も、その視線に宿るのは強者に向ける信頼と恐怖だ。ならばこの男の役職は、一つしかない。



「成程、アンタが防衛騎士団の団長さんか」


「そうだよ。ロレインカム防衛騎士団団長、スカイクォーツ・コンソルディだ。初めましてクロウ君」



 男は――ロレインカム防衛騎士団団長スカイクォーツ・コンソルディは、紅朗の睨み上げるような視線を真正面から受け止めて見下ろす。その視線には当然、今回の騒動の中心である異形の姿もはっきりと映っており、次いで彼は周囲を見渡した。



「さて諸君。喧々諤々(けんけんがくがく)と言いたい事もあるだろうが、ここからは私の仕事だ。私の顔に免じて、ここは退いてはくれないかね」



 ロレインカムを防衛する騎士団のトップにそう言われた冒険者達は、渋々得物を納めていく。防衛騎士団と冒険者ギルドの間に何が流れているのか知らない紅朗だが、どうやら団長の言う事なら聞かざるを得ないような、それ程の明確な彼我の差があるらしい。先程の団長が現れた時に見せた冒険者達の怯えようは、つまりそういう事なのだろう。


 それを補助するかのように、紅朗の背後からソーラが語り掛けてきた。



「スカイクォーツ・コンソルディ、言ってた通りロレインカム防衛騎士団の団長。個人の実力だけでもBランク冒険者を凌ぐとも言われているわ」


「成程、暫定Aランカーと想定しても?」



 ソーラは緊迫感溢れる顔のまま首肯する。一介のDランカーからしたらAランカーの実力者なんざ雲上人みたいなものなのだから、それも仕方ない事なのだろう。



「彼に睨まれたら勝ち目は無いわ。ここは大人しく引きましょう」


「そうは言ってもなぁ。(やっこ)さんが逃がしてくれっかね」



 ソーラが紅朗の袖を引っ張るも、紅朗は微動だにしなかった。異形が未だに張り付いているから動けないのではない。此処で背を向ける事がどれだけ危険かを敏感に察しているからだ。


 その感覚は、ソーラにはまだ解らないだろう。魔物相手に幾ら経験を積もうとも理解は出来ない。雑多な感情を持つ知的生命体が獲物を狙う時に発する、特有の粘ついた感覚。何があろうと絡め捕ってやろうとする、纏わりつくような対人感覚は、対人間戦を百や二百は繰り返さないと会得出来ない感覚なのだ。


 そしてそれは今、紅朗に纏わりついていた。此方を見る、スカイクォーツ・コンソルディから、真っ直ぐに。



「経緯は大まかにだが理解している。今回、あの門を破ったのはそこの魔物だろう? 我々の方で処分しておくから、君達も帰り給え」


「いいやぁ、そいつぁ聞けねぇ相談だ」



 団長に向かって威嚇するように唸る異形を護るように、紅朗は間に割って立つ。異形を魔物と見れない紅朗の主観的感情もあるが、そもそもの話、ここでロレインカム防衛騎士団が黙って見過ごしてくれるとは到底思えなかったからだ。


 それを示す様に、団長は紅朗を見据えて皮肉気に笑みを浮かべた。



「そうかい。そう言えば、君の事はよく聞いているよ。なんでも、冒険者ギルド初登録の際、暴れたそうだね。ガルゲルというCランク冒険者相手に、初手で右膝を踏み砕いたとか」



 別にそれは、冒険者に聞けば直ぐに解る事実だ。紅朗が暴れた事も、ガルゲルの膝を砕いた事も、間違い様の無い事実である。しかし、スカイクォーツ・コンソルディが言いたい事はそんな簡単な事では無い。



「それぐらいならまだいい。所詮、冒険者同士の小競り合い。困った事ではあるが、血気盛んな君らにはよくある事だ。被害もギルド内で収まっている。であれば、処分も含めてギルドの管轄内だろう。冒険者ギルドもそう言っていた」



 そう。彼の言う通り、そんな事はギルドにしてみれば日常茶飯事なのだ。カウンターが壊された前例は無いが、所詮は冒険者同士の小競り合い。ギルドの中でのみ行われ、ギルドの中でのみ収束した些末な出来事に近い。防衛騎士団団長が言いたいのは、そんな事では無い。


 紅朗がロレインカムに到着した時から一昨日まで、彼は町に居なかった事実がある。異形……つまりは【齧り取る蛇】の捜索に出かけていたのだ。それでなくとも団体を治める立場に居る身。そんな日常に有り触れた些細な事件など、いつまでも彼の脳裏にこびり付く事は無いだろう。


 では何が言いたいのか。それは、「調べは付いている」という事。ギルドに直接赴き、紅朗の行動を知っているという事。言外に、ギルドと防衛騎士団は繋がっているのだと匂わせているのだ。主導権を握る為に。



「しかし君は、我が隊の副団長、アマレロ・ゴードウィンを下した。これは些か、由々しき事態だ。だが私はそれも許そう。全てが、という訳でも無いが、ゴードウィンの弱さが招いた結果でもある」



 主導権さえ握ればこっちのもの。威勢の弱い奴は直ぐに跪き、弱くなくとも鼻っ柱を少しは弾く事が出来る。それで隊の被害が少しでも減少出来るのなら、それに越した事は無い。



「この二つだけなら良かった」



 故に言う。故に彼は紅朗の前に立つ。ロレインカムを護る矜持を持ち、被害を最小限にするべく揺さぶりをかけた。



「この二つだけで収まるのなら、私が手を下すまでも無かった。君はここ(ロレインカム)で、三つ目の騒動を起こそうとしているという事を、理解しているのかい?」



 全ては、ロレインカムに安定と平和を(もたら)す為に。



「は。それがどうした」



 しかし眼前の紅朗は、微塵も退く気を見せず、口角を釣り上げた。明らかな反逆の意思。明確な動乱を望む者。スカイクォーツ・コンソルディはその返答に嘆息し、右手を挙げた。



「そうか。では仕方ない」


「総員、抜剣!!」



 スカイクォーツの合図によってアマレロは怒声を張り上げ、周囲の騎士団が剣を抜く。シャリン、と三十人余りの者が一斉に剣を抜いたとは思えない程にズレの無い抜剣音は彼らの練度を物語り、しかしズレは無くとも同時の抜剣音は相応の大きさとなって紅朗達を包み込んだ。



「君はこの町で、第三の騒動を起こそうとしている。私の管轄である、ロレインカム防衛騎士団が所属する町で。それを許せる程、私は穏やかではない。君を、第二級犯罪者、自己的な快楽目的の騒乱、及び公務執行妨害の罪で逮捕する。大人しく捕まる事をお勧めするよ」



 町の平和を預かる者としての矜持を持って、スカイクォーツ・コンソルディは紅朗に刃を向けた。




・スカイクォーツ・コンソルディ


 ロレインカム防衛騎士団の団長。アマレロ・ゴートウィンの直属上司。山羊のような湾曲した角を持つ丸角族。流石に手足の先も山羊の様な蹄という訳でも無いが、爪は分厚く蹄のように固い。


 命名は何時もの様に適当に語感優先で付けた。ちょっと気に入っている俺がいる。

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